1-8 なにやら、塩
戦前は外壁もしっかり組んであり、人が住みにぎわい、店を開き商売をし、畑も作っていたような、メンディズークでも有数の町であったことだし、活気はあったようだ。
戦火に巻き込まれたのは4年前。町の半分が焼かれ、多くの人々は住まいをなくした。
しかし復興の話は元領主の逃亡、その後4人もの代官の喪失でまったく進まず、現在に至っている。
「町長は町の人間からかなり信頼されているようですね。移住者も多いのですが、壊滅状態の村で困窮するより、罰金があっても……ということらしく。実際はもう領地全体で税は何年も払えていません。税自体集めておらず、移住や、犯罪やその他の罰金も『現場判断』だそうで」
「……懐に入れてると。まあその点はよほど悪質なもの以外は過去はなかったことでいいでしょう。第一記録がないのでは、調べようがない」
「分かりました」
「先ぱ、違った、執政官、そこなんですが……」
ハルーシルが口を挟んできた。本題らしい。
「町全体なんですが、秩序が整いすぎている気がするんですよ」
「……詳しく」
「そのう、今のところ違和感だけなんですが……食料が特に怪しいです。他の町や村も執政官の言われた通り調べたのですが、わずかですが、一番事情がいいんです、この町」
「町長や町のものが頑張ったから……というのでは説明できないと?」
「その……俺だけおかしいって言ってるんですけどね」
町担当のテリーは苦笑している。
しかしハルーシルは眉を寄せた。
「わずかですが……次に人口が多いリンヘーグという町よりも出回る食糧は多いです。その食料はどこから手に入れたと聞くと、町長のおかげだと……」
「うん?どこから手に入れたかなのに、町長のおかげ?」
言い回しがおかしい。
ハルーシルもそこが言いたかったらしい。
「はい。つまり町長の名で買い付けているということだと、本人から説明があり、帳簿も見せてもらいました」
「こちらに来ている文官数人で見ましたが、おかしなところはありませんでした」
「……現状、ハルーシルの考えすぎとしか言いようがないんだな?」
「分かってます。けれど、……その、厳密な個人店などはもうないですが、昔あったそれの組合やギルドなどの枠がちょっと残っているらしいんです」
ハルーシルはどうも納得できないらしく、焦りながら繋ぐ。
「こんな状況で、キレイすぎます。あと、犯罪率も低すぎる気がするので……」
「……本来ならもっと、どうしようもない状況であるはずだと思ってるんだな?」
「そうなんです!町長は悪い人ではないとは思いますが、それでも、その……俺よりも事務処理はヘタです」
「地方の町長程度じゃな。けど……なんとなくお前の言いたいことが分かったぞ」
予想以上に、治安がいいということだろう。けれど、理由がわからない。
見たところ、町の警備などが維持できているとも思えないし、町政が特別素晴らしいとも思えない。
それをハルーシルの勘でおかしいと思っていた。
「ハルーシルは詳細資料をまとめてくれ。疑わしいかは微妙なところだが、お前の言うことだしな、今後調べてくれ」
「……ありがとうございます!」
ハルーシルのこういう勘は9割方当たる。
ましてやここは王宮などという彼の言葉を借りればキレイすぎる場所じゃない。用心し過ぎることはないだろう。
しばらくは領事館が領地の中心になる。その所在地である町のことを知るのはむしろ義務でもある。
晩餐会は盛大に行われた。
領事館にホールがあり、そこに町の有力者が集まり食事とわずかながらの酒が振る舞われた。
たしかに、燻製肉中心だが肉類もあり、生ではないが野菜も量が並ぶ。潤沢とは言えないが、聞いていたよりはるかに良い状況だ。
しかも、味がある。
――塩をはじめ、多少の調味料があるということだ。
これは王宮で行政関連を担当する先輩文官に教授してもらったのだが、まずは荒廃した土地で気をつけるべきは水と食糧。
幸いにして水はメンディズークは川に囲まれた土地で、河川の放置などの問題はあるようだが、解決すれば調達できないという事態にはならなさそうだ。
食糧。これはどうしようもない。
なにせ農地が荒れていれば作物は育たない。作物がなければ次の種も苗も消える。その農地を整える人員がいなければ話にならない。人員が腹をすかせて動くこともできなければ耕せない。耕せなければ作物は育たない。
中でも、食料としては特殊だが、ないと厳しいのは塩だ。
主に海や、時折山奥などでも採れることがあるらしい。それを買っている。
ともかく買うしか入手する方法がなく、塩は産地が特定されるため、運搬や市場の状況で不足しがちなのも塩なのだ。
メンディズークでは塩は採れないことは記録で分かっている。
――それが、アシスの町にはある。
たしかに気になることだ。
ともかく……
晩餐会は着席して食事をしたが、そんなことは意味がないくらい人がひっきりなしに立ち上がって特に英雄に群がった。
町長に、役場に勤める役人をしている数人の年嵩の男性たち。昔から大店を経営していたという元商人、閉鎖したギルドの長だった者、今は自警団と称して治安維持をになっている隊長、土地を手放さず持っている元豪農……
英雄はこの地で活躍した救世主にも等しい。だから一目会おう、一言話そうとするのは不思議ではない。
が、ドランダントには負担だ。
こんなことで疲れさせるわけにはいかない。
予想していたため、騎士分隊長や執政官の自分でドランダント近くの席を固めてあしらっていたが、疲れるほどだった。
彼の食事が終わったのを見計らって退室してもらった。
ドランダントのことを説明しておいたはずの分隊長のひとりが、彼の様子を見て不思議がっていたが……近いうちに理解するまで缶詰だ。
だが、これで町の有力者の顔と名前は覚えた。これから否応なしに付き合わなければならない人々である。
自分たちもしばらくして引き上げ、そこで晩餐会はお開きになった。
代官と執政官、警備上騎士団分隊長らはこの館が住まいということになる。ハルーシルたちは立場上館にはとどまれず、空いた家を修復して何人かで共同生活しているらしい。
自分の部屋で、報告書を読み込みながら考える。
(妙に歓迎ムードだったよな)
代官で英雄。中には戦争中に英雄軍に助けられたという人もいたようで、ドランダントについてはそれほどおかしくはない。
だが、ルベルドや騎士団分隊長などにも壁が低い。
待ちに待った代官一行だと口々に言われたが……むしろ、判を押したように同じ態度だと感じたのは気のせいだろうか。
(ハルーシルの感覚に引きずられたかもしれんが……)
それよりも、やはり気になるのは塩だ。
(明日……調べて……)
疲れがやはり抜けないのか、報告書を抱えたまま寝てしまった。




