1-7 着任
ルベルドの昇格異動の内示より、1ヶ月と2週間。
メンディズーク領は王都から馬車で1週間の道のりだった。
領地としては広くはないが、それでも端から端まで馬車でなら往復2週間以上かかるような土地だ。
執政官となったルベルドと、代官のドランダントがやってきたのは、半分廃墟となった町だった。
外壁はほとんど壊れて野ざらし、町並みは見る影もなく外側から特に壊れた瓦礫の山。
元は舗装してあった道も、ほとんど割れてデコボコの穴だらけ。枯れた草も伸びていた。
それでもやや南側に位置する領事館に近づくにつれてかろうじて家などが残っており、破損したところを応急処置しただけの家なども多かった。人通りは少ない。
灰色の町だった。
――これらを、今から統治する。
すでに半分しか機能していない町を見て、心が折れそうになっているルベルドだった。
この町に来たことがあるらしいドランダントは、思ったより平気そうではあった。相変わらず陰鬱に変わりないが。
「就任おめでとうございます、ドランダント殿、そして執政官であるハーク殿」
元々代官が使っていたというひときわ大きな館に到着すると、そこには先行させていたハルーシルと文官数名数名、騎士団の一部がその前に出迎えに来てくれていた。
そして――
「ようこそ、アシスの町へ」
見覚えのない、中年の男が一緒に並んでいた。にこにこと笑顔を見せていて、歓迎してくれるらしい。体型はやや太く背は低めだ。髪は薄茶色できれいに撫でつけている。瞳は青いらしいが、笑顔でほとんど目尻が皺になり埋まってしまっている。
服装は破けも汚れもない、古い形だがしっかりとしたジャケットを着込んでクラバットを着けている。
「私は町長を務めております、ナドーナ・ベンと申します」
「どうも、こちらが……代官のマテオ・ドランダント殿です。私は執政官として着任しましたルベルド・ハークです」
「これはこれは……」
ドランダントを見て、驚きと不可解そうな表情になった町長のナドーナだが、すぐに笑顔に戻る。
「英雄殿をこの町にお迎えできて、大変光栄です。……では、中にご案内します」
礼をして、町長は館の扉を指し示した。
一通り中を案内され、この後の予定を伝えてくれるまでが町長の役目だったようだ。
歓迎の晩餐会のことを伝えた町長は、笑顔で領事館を辞した。
ルベルドは自分の執務室になるという部屋にはいり、顔を見せに来た文官たちに挨拶した。
「……まずはご苦労、リルミト君」
「ははー、お褒めいただき光栄にございます。って何やらせるんですか」
ノリで深々とお辞儀したハルーシルは、一度怒ったふりをしてから破顔した。
「ですが本当に大変でした。報告はぜひとも一度お休みになってから聞いたほうがいいと思いますよ」
「うん?なんでまた」
疲れてはいるが、概要を受けるくらいはしたかったのだが。
「……とっても、大変です。聞くだけでもおそらく」
「……分かった。ご忠告に従おう」
ハルーシルは笑顔だが、よく見ると目の下にクマができている。他の文官もあまりいい顔色ではないので、親切心で言われているなら休んでしまおう。
「ドランダント殿には、お部屋へお食事を運んでくれ」
表情が暗いので、ドランダントに先に休むように促した。
食事もエミリオと一緒にとってもらえばいいだろう。エミリオは長年従者をしていただけあって、主人の機微はよくわかっているので任せていた。
「とりあえずは、あったかいスープが飲みたい」
旅の後半は腹を満たすためだけの、穀物を粉々にして焼いて固めたとかいう携帯食が中心で、味気のあるものは朝に干し肉かチーズがひとかけらつくだけだった。
ハルーシルは少し困った顔をした。
「スープは用意できると思いますけど……具材とかがほとんど入ってないものかと……」
「そんなにか。まあいいさ、あったかくて味があれば。あと配給班に声をかければちょっとは恵んでもらえるだろ」
覚悟はしていた。
王都から同行した文官たちは、街の様子を見て慌てて今日の配給の計算に入ったと今しがた報告があった。予想以上に困窮していたのだろう。
実のところ代官一行の諸経費は町の財政と別計算だが、この状況なら少しくらい会計上の融通は利くだろう。
「その……ですが、食料に関して不可解なことが」
声を潜めてハルーシルが言った。
頷いて、後で聞くと無言で伝えれば、彼はぱっと表情を明るくした。
「ではスープのリクエストを厨房にしてきます。お部屋にご案内を」
後半は控えていたこの館のメイドに言って、ハルーシルは先に執務室を出た。
「ご案内します」
「よろしく頼む」
メイドは自分より少し年下だろうか。落ち着いた雰囲気の女性だ。歩き出した彼女の後ろにつく。茶色の髪をメイドキャップにきっちり押し込み、緑の瞳があまり感情を見せずにルベルドを見ていた。
「君はここにずっと勤めているのか」
「はい、これで5年経ちました」
「5年か……いろいろ苦労があっただろうな。君のほかに残っていた者はいるか」
「はい。僭越ながら、お教えいたしましょうか。……執事がひとり、従僕がふたり、メイドがメイド頭の私を含めまして3人、それと……厨房に3人です」
「それだけ?」
「はい」
「ありがとう。すでに聞いたと思うが、ドランダント殿の身の回りの世話は王都から連れてきたものたちに任せることになると思う。その他我々は君たちのお世話になる。使用人の再編はするが、解雇などは考えていない」
「恐れ入ります」
一度立ち止まり、お辞儀をするメイド頭。
職場をいきなり追い出されたりするのは誰だろうと堪えるだろうし、まともな職にそこそこの人物が就いているだけで社会は全体的に状況は安定する。
王都のドランダント邸はなにかしら帰ることもあるだろうとそのまま残し、使用人は半分がこちらに同行した。執事と数人のメイドだが、意欲的で長旅にも音を上げなかった。
領事館に元いた者たちも継続して雇うから、かなりの給金の計上になるが、そこは国が多少面倒を見てくれるらしいというので期待している。……まあ、未だに具体的な金額の回答がないので期待しすぎないようにはしたい。
案内された部屋は、古びているがきれいに手入れされていた。
備え付けの小さなテーブルセットにチェスト。壁紙も張り替えたのか、模様はないが十分だろう。ベッドにはマットレスがある。地方は未だに藁にシーツをかぶせただけのものが多いなか、それだけでも好待遇だ。
「ふぃー……」
マントや上着を脱ぎ、靴から足を引っこ抜いてベッドに転がる。思わず息をついてしまったが、誰もいないのでいいだろう。1週間馬車に揺られていて野営が続いていたのだ。安全面は同行した騎士隊が信頼できていたが、数年王都で優雅な生活を送っていた文官にはかなりの苦行だった。
(しかし……一番マシな町がこれか……)
人口が激減しているという。
通常は納税とともに人口管理が行われているが、少し金を持っていれば移住は可能だ。
幸運な者は逃げ出し、残るは農民などの土地を持つものか小作人、それ以上に金を稼ぐ手段がない者たち――彼らは飢えるに任せて死んでいった。
この町は一度戦火に巻き込まれ、その時壊れたところは復旧できずに手つかずのまま。比較的無事だった領事館の周辺だけに人が集中し、およそ300人が住んでいるという。
(人口が読めないのが痛い)
代官がいなくなり、1年放置だったから、最終報告から減っているだろうとしか予測できない。
赴任前に先立ってハルーシルたちを派遣したのはこのためだ。人口を主に、できるだけ調査を行ってくれているはず。
ハルーシルは性格は軽いが、仕事はできる後輩だ。妙な勘のようなものが働き、特に調べものについては逸材だと直の上司だった内務大臣に褒めそやされるほどだ。
引き抜いていったのは悪いが、正直ルベルドの考えは当たっていた。ハルーシルならこの困難も一緒に乗り越えてくれるだろう。
代官と執政官は4年という、こんな状態を目に見てしまえばあってないような赴任期間だ。実際は復興の目処が立つまでは離れさせてもらえないだろうし、うまくいけば正式にそのままそっくりドランダントの領地になる。
ルベルドは……その時になったら身の振りは考えることにする。家族はいないし、安定して住めるようになるなら王都じゃなくてもいい気がする。
ハルーシルは臨時の補佐官であり、他の文官や騎士団とも一緒の半年という期間だが……
(半年で帰してやらん)
こんな好条件でこき使える人間はそうはいない。何としてでも引き延ばす。
そんな悪巧みをしながら、食事を待った。




