1-6 疑惑の資料原本
「由々しき問題かと。資料室に厳重に保管されていた資料が、そのものを含めてかなりおかしな事実を露呈しておりますので。これではそれを骨子に使った事案自体、見直しにせざるを得ません……そうですよね、リダ第一書記官」
「お、おっしゃるとおりです」
「リダ!」
あちらの第一書記官は腹を決めたらしく、自分のするべきことを思い出したようだ。
「一度、資料の調査と事案の検討をいたします。資料室へも事情を聴きますので」
「馬鹿を言うな!今通さないと間に合わない、」
「通したあとに内務大臣室に『お話を聞いていただいた』こと、資料の疑問点に気づいていたのに精査しなかったこと、誤謬を『確認せずに』計算したこと、これら責任を貴方が取れますか?断言します、貴方の首だけでは済みませんよ」
気弱そうだと思っていたリダは、ここにきて強い口調で出納官をたしなめた。
出納官ひとりの問題ではなくなる規模の話だ。行政大臣室自体が何かしら罰を受けなければならないだろう。
その前に、留めて差し戻せば、傷は浅い。行政部門にはその後の計画があったのだろうが、その遅れより資料改ざんのほうが大ごとである。
「だが……これは今後の国を左右する……」
青くなった出納官が、何かよくわからないことをブツブツ言っている。
いち部門の出納官にそんな重要な案件は回ってこないはずだが。
内務侍官を見ると、彼も怪訝な顔をしている。
どうやらこの件、どこかさらに上の方へと報告が行きそうだ。
それはそうと、たったこの致命的な欠陥を指摘するだけでは、ルベルドの仕事ではない。
リダに改めて向き直る。
「どうでしょう、資料の件は内務大臣室が気づき、調査する……とするのは」
「……え?ですが、」
「この『話し合い』はなかったほうがいいのでは?こちらとしても、新しい事案を作りたくはないので」
どうせこのままでは第三者の財務大臣室に知られる。
外部に疑いの目を向けられながら調査、尋問、報告などの手間が大量にかかる。
行政部門と内務部門の内部調査、財務部門、状況によっては王家の圧力と調査、これらすべてをクリアするには1年は軽くかかる。
そんなもの、こちらとしても避けたいに決まっているのだ。
なら、内務部門が自ら資料についてのみ単独で責任を持つ。
(そして完璧に調査する)
内務大臣にも侍官にも、問題の資料に2年以上触れたことはないと確認してある――内務部門が偽造の犯人である可能性は低い。
だからこそ、調査をすれば。
(免責と、犯人が分かる)
これから発生する面倒事と手間が省ける。
これは行政部門にも言えることだろう。
「是非、お願いしたい」
意味が分かっているリダ書記官は、横でまだブツブツ言っている出納官を無視し、頭を下げる。
侍官を見れば、合格ラインだろうという顔をしていたので、ほっとする。
仕事完了である。
「これで良かったのですか?私ができる最大限ではありましたが……しょせん仲裁ですが」
部屋に戻る最中に侍官に聞いたが、彼は頷いた。
「どちらにせよ内務部門がある程度は被らなければならないことだった。私にはどうもその見極めがつかなかったのでな……資料のみの責任、しかも内部でのみ事を収められそうだ。最善だろう」
「そう言っていただけると……」
内務侍官としては、内々に処理したかったらしいのだ。
やたらと強気な行政部門に、王宮付きの侍官として強制的な対処も取れただろうが、それはおそらくいろいろなところから耳目を集める。ここに内務室の書記官という下っ端が絡めば、無理やりにでも内務室と行政室のいざこざとして話は収められる。
「……まあ、行政出納官がどうも怪しいがな」
「それは予想外でした」
偽造とわかる資料といい、また他部門とはいえ侍官に楯突いたあの自信といい、どうにも不可解だ。
「……資料改ざんは、彼の手によるものでしょうか?」
「自作自演ということか?管轄が資料室であるから、可能性は低いだろうと……思っていたのだが」
「本来なら、そうでありますね」
原本の紙違いはルベルドが気づいたことだった。
それを理由に、行政出納官にはとりあえず一旦手を引かせるつもりだった。
それ以上になると、権限がないルベルドの手に余る。それを分かっているだろう侍官は安心させるように微笑した。
「何にせよ、まずは調査だ。君はよくやってくれた」
「ありがとうございます」
「……あと1年以内に、君は内務事官になる予定だったのを知っているかね」
「え、初耳です」
出世の話だ。
そんなことを聞いた覚えはない。かなりびっくりしてしまった。
ちょうど侍官の部屋にたどり着き、招き入れられたのでおとなしく従った。
侍官は内務大臣室所属は5人いるが、今在室しているのは3人だ。ひとりだけこちらをちらりと見たが、すぐに自分の手元に視線を戻した。
自分の机に座った侍官は、続きを話した。
「……そのあとに、リルミト君が第二書記官になるはずだった。もうほとんど室内では決まっており、微調整後に大臣のサインがされるはずだった」
「……私とリルミト、どちらもいなくなりますね」
内務事官は書記官から1段階昇進である。けれど、その差は歴然としていた。雑用ではなく実務に関わるのだから。
それに――順番としては第一書記官を飛ばしてしまっている。
少し先輩に悪い気もするし、今となればこれでよかったかもしれない。
「ああ、なんとも間の悪く、もったいないことだ。有望な官をまったく別の者に取られてしまった」
すこし笑って、侍官は軽くルベルドの手を叩いた。
「この後が大変だろう。だが、君ならきっとやり遂げると思っている」
「……ありがとうございます。力を尽くします」
高齢の高官に言われると、なんとも胸に迫る。
感動しながら頭を下げた。




