1-5 『仲裁官』の出動
ドランダントの屋敷を出れば、昼にさしかかる頃だった。
「ちょうど昼時だし、どっかで食っていくか」
「そうですね!」
午後の仕事のために王宮に戻らなければならないが、どうせ今から戻っても時間が遅くなり、食堂では昼にありつけないだろう。
さて、どこがいいかな、と選ぶくらいには街の飯屋を知るルベルドだ。ハルーシルとああでもないこうでもないと美味い飯屋の基準と今日食べたい料理のことを話しながら、大通りに近い道を行くと。
「あれ?お前たち」
「え、カデリオさん?」
声をかけられたと思ったら、その人は偶然にも内務大臣室付き第一書記官――自分たちの先輩である。
「俺よりも先に出たのは知っていたが……例の人のところに?」
「はい」
ドランダントの代官派遣は内務大臣室では全員知っていた。本来なら内密の話だが、特に王宮でも人事の話題には敏感な部門なうえに、そこの下っ端が引き抜かれていくのでさすがに無関心ではいられなかったようだ。
「そうか。一緒に飯でも食うか、奢るぞ」
第一書記官は王宮の外にある公的機関のドサ回りだったらしい。
「え?そこまでしていただくのは」
「いや、前のお前の『仲裁』の礼をしてなかったと思ってな」
「……ああ」
あの面倒な案件を送り返した件のことか。
その直後に色々あって、忘れていた。
気にしません、と言おうとしたら、横のハルーシルがひょっこりと前に出た。
「えっじゃあそうしてもらいましょうよ!ネッ」
「お前ちゃっかりしてるなあ……お前には奢る理由がないが?」
「えー慣れないことに疲れてる後輩労ってくださいよー」
「まったく、いいからまとめて奢るから。いくぞ」
「先輩太っ腹ですねえ」
「まあ、もうすぐ旅立っていく後輩にこれくらいはなー」
にっと笑う年上の文官は、この時ばかりは頼もしく見えた。まあ、仕事のことではないので多少である。
王宮の外で食べるメリットは、好きなところで好きなものを食べられるという当たり前のこともあるけれど、出先から戻る時間を稼げるというところも大きい。
王宮は広い。官僚たちの通用門から入って、大臣の部屋ともなると奥に位置するため四半刻以上移動にかかる。そんなものだから出先からともなると、予定より長く離席しても誰も文句は言われない。
そうやってたっぷり昼飯に時間をかけ、自分の机に戻ると。
「今帰ってきたのか?ルベルド、お前にご指名があったぞ」
同僚に言われて、渋面になったルベルドだった。
――こういう言い回しは、正規の仕事ではないので。
案の定、同じ内務部門とはいえ、かなり別のところからの『ご依頼』である。
「仲裁を頼みたい」
官としては高齢な、内務侍官というお人である。
部門でも10人といないエリートで、任命が王家からというロイヤルな役職だった。
侍官というのは元王家付きの重臣の家系が務めることが多い。
はるか昔、王宮と王家ひいては国庫と王家の財産が区別がついていないときに、時の国王に重用されていた侍従が権力を持っていた。その強い侍従が、約80年ほど前に起こった国政改革の際に、現在の王家の使用人の立場である侍従より分かれて、王宮の政治的な国王直轄の役人となった。
内務大臣室では大臣に次ぎ、内務官長と並んで偉いお方である。
つまり――下っ端のルベルドは断れない。
この忙しい時に、という感情は心に押さえつけて隠した。
「……どちらとのでしょうか」
「行政大臣室の、出納官だ」
「……また珍しいところが出てきましたね」
ちょっと素が出てしまった気がするが、ご容赦願いたい。
出納官とは、財務大臣室に所属しない会計係である。大昔から各部門にあって今なお役職として残っているため……伝統的に頑固である。
とはいっても立場的にはルベルドのような書記官と大して変わらないはずだが、なぜかこのように侍官にまで尊大な態度を取る。
その軋轢が、内務侍官を悩ませているらしい。
(はあああ、面倒だな……)
とは、おくびにも出せず、ルベルドは背を正して内容を聞いた。
その3日後。
とある王宮内の一室。
「……このように、この件は我々の責任はない。これ以上はそちらで検討していただきたい」
「ではどちらにこの誤謬は相談すれば?財務官に、ただの記載間違いから膨らんだ予算と計画を計算し直してくれと?そもそもこのずさんな管理はどちらのせいでしょうか」
「それそのものなら、3年前に内務大臣室は移管の旨を伝えている」
「それ以前の資料の責任もお持ちにならない、と。それが侍官のご主張でございますね」
「内務大臣室の総意である」
きっぱりと言った侍官に、ややたじろいだ出納官。
その隣に座るのは行政大臣室の第一書記官。彼は体面のために連れてこられただけであまり事情を知らないようだ。別部門のとはいえ侍官を相手に正直生きた心地がしないだろう、顔色が白い。
なぜか強気の行政部門の出納官だが、口では言っているものの、侍官の隣にいるルベルドのほうをちらちらと見ている。
まだ何も発言していないルベルドに、何を期待しているのか。
侍官との話し合いの最中によそ見とは、いい根性をしている。拍手をしてあげたい。
(まあ、期待通り言いますけど?)
侍官が目配せをした。
彼は大臣付きとして『話し合い』をするとは言ったが、相手はここまで侍官に言わせても引く気はないようである。
話し合いが決裂した今、ルベルド『仲裁官』の出番だと仰っている。
「失礼」
満を持して、横からくちばしを突っ込むと、全員が一斉にこちらを見た。
「その論点の4年前の資料ですが、原本を見たところ、おかしなところが」
「……どの点が」
じろりと出納官がルベルドに目をくれる。すこし動揺しているように見えるのは気のせいだろうか。
「使われている紙です。原本はアネリー紙を使っておりましたが――」
ここで、ぎょっとあちらの書記官が目を剥いた。
「おかしいのですよ、内務大臣室、および各大臣室が使う紙をアネリー紙と定められたのは2年前です」
「……なんと?」
ビクリと肩を震わせた出納官が、かたわらの書記官を振り返り、その表情を見てなおさら顔を強張らせた。
つまるところ、案件の内容はルベルドにはどうだっていい。
自分の役割はこの場を収めること。
「それまでは特に使う紙に決まりはなかったのですが、内務大臣室では主にコジョ紙を使っておりました。アネリー紙は高級紙ですからね、4年前だとそうそう王宮内で出回ることは……ああ、王家からの直々の書には、たまに使うことがあったようでしたが……まさか、王家からの書を内務大臣室がこしらえたと勘違いなさって……今一度、王家侍官に確認を……」
「そ、そのようなことはない!何か手違いがあったのだろう!」
ようやく、原本が問題だったと認める気になったようだ。
原本を作成したのは記録上内務室になっていたが、どうも事実関係が確認できない。
そして出納官は、作成時期と合わない紙を使用していたその資料の内容を、まるでそれがすべてだと言わんばかりに証拠としてあげつらう。
(思った通りだ、知っていたな)
根拠としていた資料が捏造か偽造であることを。




