1-4 そして、出来ること
「教会とも話したのですが……」
別の資料を出しながら、ルベルドは遠い目をした。
「教会も似たような状況でした。戦争前はふたつあった教会は、戦時中にひとつは閉鎖、もうひとつは――最後まで残っていた司祭が戦闘に巻き込まれ死亡して、それ以来再建はできていないと」
クンシストファーの国教で、ウィンリド神を主神とした神々を崇める宗教組織が教会だ。世界的にも多くの信仰を集めている教会だが、たった一地方の面倒はそうそう見ていられないようだ。
「ので、協力を要請しました」
「え!?」
「ええ!?」
「……そんなに驚くなよ」
思わず素で漏らしたが、ハルーシルはともかく従者の方は疑わしそうな顔である。
「あの教会ですよ?先輩、あんな頑固……ええと、融通が利かな……ええと、ともかく、お話し合いができたのですか」
ハルーシルの言葉ももっともだ。
なにせ二言目には信仰だの神の教えだのと、ともかく自分たちの信念は貫き通したがり、国ともあまり協調しようとは考えてない利己的な組織だ。
けれども、排他的にもなりがちだが、信仰のためならアクティブな組織でもある。
そして何よりも、国をまたいでこの大陸でも有数の大きな組織だ。
「ちょっとした取引ができた。物資や救済のことは、何割かは貸し付けだが目処は立ちました」
「え!?何割かの貸し付けで教会が支援してくれるんですか!?」
目を剥かんばかりのハルーシル。
「おうよ、俺の有能さがわかったか」
「天才ですか!?」
そこまで驚かれると、ルベルドもまんざらではない。
ノリがいいのでこの後輩のことは気に入っている。
さておき、ぽかんとしているドランダントの従者と、少し動揺して見えるその主人も、驚いてくれたようなので満足した。
「教会はドランダント殿の着任にともなって司祭を派遣するそうです。よって再建した教会の安全面もこちらが請け負うことになりましたが……今度は、兵についてでしょうか」
はっと顔色が変わるドランダントとその従者。
それに気づかないふりをして、下敷きになっていた資料を上に引き出した。
「正直、騎士団を率いていきたいところですが、示威行為にもなりかねませんからね……隣国にも、現地の人々にも」
王国騎士団を大量に連れて行くと、制圧、あるいは再びの戦争の匂わせともとられて無用な警戒をされてしまう可能性がある。
それに、一領地にそんなに国の戦力を割くことは、戦争以外ではできないという法律もあるようだ。
「王国騎士団は我々代官一行を守り、その駐屯地である町の防衛程度の戦力……第三騎士団の第二、第三分隊を半年貸してもらえるとのこと」
総勢約50人だ、思ったより多いと考えたルベルドだったが、こういう軍事面は慣れないからだろうか。
「ああ、それと、戦力という意味ではありませんが、文官を10人程度配属の予定です。これはどう使うかはおいおい決めることにしまして……問題は、戦力がおそらく圧倒的に足りないということです」
資料を指さしながら、
「治安維持やただの警備なら十分すぎるほどですが、盗賊です。確実にいます」
ドランダントがわずかに顔をしかめた。
「1年前、代官が行方不明になる前には、襲撃が各町村に繰り返し行われていたという報告をあげています……中にはその後連絡が取れなくなった村もあるとか」
「……占領か、壊滅か」
ぼそりと、ドランダントが呟いた。
ルベルドも同意見だった。
「そして、その盗賊はただの盗賊ではない……おそらく、敗残兵が混じっている」
敵国の兵士が帰還が遅れたり、あるいは脱走したりして国に帰らず、盗賊に成り果て略奪を繰り返している。
その元兵士たちは、戦闘に慣れている。
討伐は当たり前として、けれど容易ではない。
「現状、同行する戦力はどこからも集められておりません。傭兵団にギルドを通していくつか声をかけていますが、おそらく条件が悪すぎて、請け負ってくれるところはあっても1,2カ所でしょう」
騎士団の派兵が半年だから、それに合わせての契約だが、傭兵にとっては旨味がなさすぎる。
(国のケチめ)
基本報酬額以上は出せないと言われてしまった。
そして、傭兵が数十人来てくれても、盗賊相手にそう何度も戦えないだろう。強さがどうかという話ではなく、単純に敵の量の問題だ。
そして――どんどん顔色が悪くなるドランダントの様子も気になる。
従者も、ハルーシルも気にしている。
けれど、誰も彼にどうしたと聞けない。
この場の暗黙の了解として、ドランダントに聞けないことがある。
「……ところで、こちらの1年前の町村の記録ですが……」
話題を変え、どうにか切り抜けた。
話し合いが終わったあとに、従者に引き留められた。
帰ろうとするルベルドたちにこそこそとついてきて、別の部屋に案内してくれた。
「その……英雄軍について、何かお聞きには……」
先ほどエミリオと名前だけ教えてもらった彼は、ひどくうろたえていた。
ルベルドとハルーシルは一度顔を見合わせ、
「いえ、『英雄軍の名はドランダント殿の前では出すな』と、これくらいで」
「そうですか……」
ほっとしたように、エミリオは肩を上下させた。
それからぺこりと頭を下げる。
「何卒、そのようにお計らいいただきたいと思います。ありがとうございます」
「理由は聞けないのですよね?」
「はい……」
おそらく、執事が口止めされている理由と一緒だろう。
――英雄軍。
対スジェフス戦争で最も活躍した兵団である。
最初は領地間の紛争だったため、王国はあまり注視していなかった。そのためいつの間にか戦火が広がり、気がつけばメンディズーク全体が戦場になっていた。
乗り遅れた王国軍の代わりに、戦っていたのは領軍と、傭兵などの民間兵と呼ばれる在野の戦闘員だった。それらはいつしかひとつにまとまり、その中でも抜きん出た統率力と兵力を誇ったのがドランダントとその仲間の傭兵たちだった。
その民間兵の一団を、『英雄軍』といった。
だが、彼らはドランダントを除いて……今はいない。
いや、どこかにいるのかもしれないが、ドランダントの代官の話が出て、その補佐として就いたルベルドが所在を知らないのだ。いないものとして考えるしかない。
「……マテオ様が、代官を引き受けられたのは、たぶん私のせいです」
悄然としたエミリオ。話が変わったな、と思いながら、これも聞きたいことだったので素直に聞き返す。
っq
「どういうことですか」
「……私はメンディズークの村出身です」
「あ、ああ、なるほど……」
ドランダントが代官を引き受けたのは、彼を故郷に返したいから、ということか。
「詳しく教えていただいても?」
「はい……」
ここは客間のようで、メイドが気づいてお茶を淹れてくれた。
「実のところ、私は正式な従者ではありません。その、メンディズークではおそばにおいてもらっていましたが……」
一度、やむにやまれぬ事情で離れたあと、どうしても諦めきれずにドランダントのところに戻ったのだという。
「そもそも、マテオ様は戦勝後に騎士になられました。その直後に私はおそばを離れることになり、戦時中はただの側仕え、今は従者として国には認められていません」
「ああ、ですから家名がないのですね」
「はい」
平民は基本的に家名はないが、国に認められると賜るのだ。
役人になったり、貴族の上級使用人になったり程度でももらえる。ルベルドも王宮に上がった時にハークの名を賜った。ハルーシルはリルミトという家名だ。
従者は騎士の卵で、外国では準騎士ともいわれる。だから従者となった時点で家名はもらえるはずだ。
けれど、ドランダントの従者エミリオは、その枠に入らなかった特殊事例だ。
「そのことについてマテオ様は特におっしゃったことはありませんが……ただ、あの方は心優しい方です。きっと僕、私の今の身分に……責任を感じていらっしゃるのではと」
「それで、故郷に帰そうと」
「はい。ですが、私は……もう生まれた村は焼けてしまいました」
ハルーシルが息を呑んだ。
「両親も……その時どうなったか分かりません。バラバラに逃げたので……探したこともありましたが、見つからなかったので諦めています。それに、私はマテオ様のおそばにいたいのです。焼け出されて行く当てもなかった私を拾ってくださり、今もお近くに置いてもらっています。その恩を返したい。ですから……本当は、代官のお話はなかったことにしてほしいとお願いしたいくらいなんです」
「それは聞けない話だと、理解していますね?」
場合によっては王命に逆らうことになる。
エミリオは神妙に頷いた。
「はい。それに……そうマテオ様に言うのも……傷つけてしまいそうで……」
「たしかに」
あのドランダントの状態では、また悩ませそうだとエミリオは判断したのだろう、ルベルドもそう考えた。
「執政官様にお話したのは、そのあたりの事情を踏まえて、お願いがあったからです」
「何でしょうか」
「戦時中から一緒だった私がマテオ様の近くにいると知られると、まずいことになります」
「まずいこと?」
また微妙な言い回しだ。エミリオが首を振ったところを見ると『口止め』のたぐいなのだろう。
「……おそらくおかしなところから邪魔が入ります。ですので……私は従者ではなく、使用人のひとりとして数えてもらいたいのです」
「……ああ、そのくらいなら」
そもそも従者ではないという話だし、書類上使用人とするくらいならたいしたことではない。
絶対についていくとエミリオは態度で示しているし、剣を下げているから戦える人間ではあるのだろう、戦闘面でも役立つならなおさらいい。
しかし、所在不明の英雄軍といい、従者になれなかったエミリオといい――
(ドランダントを、孤立させようとしている?)
そうとしか思えない周りの動きだ。
いったい誰が、という話だが、国ではない気がする。
メンディズークに英雄を代官として派遣と考えていたのは国王その人だった。
たしかに、こんな混沌としている地に乗り込ませる他の人員もいないし、本人の状態が悪いとはいえ英雄の名前は有用だろう。『英雄が治める地』というだけで名は高まるし、変な横槍の牽制にもなる。騎士団の派遣も、万が一ドランダントが代官を断っていれば規模は縮小されるか、話自体が無かっただろう。英雄につける騎士という名目があったからこそだ。
国王の人となりはよく知らないが、穏健派であり、あまり計算高くないという話だ。英雄は英雄として素直に称賛し、スジェフス戦争の国の不手際を認めていたということ、それに今回の代官の話は追加の褒賞とも言えるし、また分かりやすく利用しようという意図が見えて裏がない。
ドランダントの精神状態はどこまで伝わっているのかは分からないが、せいぜい気鬱程度と考えていれば納得できる。
よって、国王が妬み、英雄をいじめたいわけではないだろう。
だとしたら、他には――
「先輩?」
ハルーシルの声にハッと我に返った。
「ああ、すまねえ。じゃあ、こちらではエミリオ殿は従者としては扱わない方向になるが、かまいませんか?」
「はい。ですので、エミリオと呼んでください。敬語もいりません」
「そうか。じゃあ俺も様とかはいらないし、名前でいい。もう仲間だしな」
「……!はい、ルベルドさん!」
「ずるいですよ先輩ー。じゃあ俺も名前で呼んでいいですよ、敬語とかなしで」
「あ、ああ、……ハルーシル」
「やめー照れるなー」
キャッキャと話し始めたふたりを遠い目で見る。
「……若いな……」
もう友人のノリだ。
(しかし、英雄殿はさすがに人望がある)
英傑がしおしおの見る影もないというのに、それをみんな心配し、彼のために役立とうと動いている。それは武勇だけでは説明がつかない。
(俺は……)
彼のためにどこまでできるだろう。
命令に背くつもりはないし、目の前の仕事はこなす。けれど、どこまでするか、というのは多分心持ちで気合の入れ方が変わるだろう。
ドランダントを気の毒には思っている。以前の彼を好ましく思っていたのも事実。
けれど、どこまで関わるべきかは、まだ決めかねているところだった。
覚悟が必要だった。




