1-3 メンディズークの現状詳細
クンシストファー王国と隣国スジェフス王国との戦争は、きっかけは領地をめぐっての小競り合いだったという。
メンディズークは元は豊かな土地で、その豊かさと、周囲から見ても比較的攻められやすい地形だった。
メンディズーク領を狙う隣国の貴族と、当時領主だったソタム伯爵がにらみ合いの末武力衝突となった。
このクンシストファー王国は領土は台形のような形で、短い上辺の国境は北西に、長い下辺は南東に位置している。メンディズークは北東の国境に位置していた。領地と隣国の境は森と川だけで、山や渓谷などの人の行き来を阻む困難な地形や障害物はなかった。
「……川も浅く緩やかな流れで、隣国との行き来用の橋はありましたが、戦争中に破壊されたり急造されたり、何本も造られたり……その間に別のところから川を渡って攻められたこともあったようです」
そこが一番激しい攻防戦が繰り広げられたところだろう。
地図をテーブルに広げ、ルベルドの解説を真剣に聞くのは3人の男性だ。
ドランダントの屋敷で、もう3回目の話し合いである。
「橋の急造ってどうやったんですか?さすがにソタム伯爵……というか、国も監視はしていたはずですよね?」
率直に聞いてきたのは、ルベルドの隣にいる後輩のハルーシルだ。
いかにも好青年といった風貌の年下で、銀髪に明るい碧眼、童顔でよく実年齢の19歳より下に見られている。
彼は今回のメンディズーク行きに際して、ルベルドの補佐として同行することになった。
元主戦場だった僻地ということでかなり不安がっていたが、給金は上がるということで納得したらしい。
(補佐役希望に俺が指名したことは黙っておこう)
世知辛いのである、そういうことにしておこう。
さて、ルベルドは武官でもないので当時の様子をうまく言葉にできず、ハルーシルの質問にどう答えればいいのかと考えていると……
「……これはあまり知られていないが」
聞いたことのない低い声が、横合いから聞こえた。はっとそちらを見ると、ドランダントが地図を見下ろし、手を動かした。
指先を、橋があった川のところにトンと置く。
「敵側に魔法使いがいたとのことだ。一度目は俺は川側にはいなかったから見ていないが、二度目は遠くから見た」
描き込まれた川の線を無骨な指先がなぞる。
「魔法で幻覚を見せられて、いつの間にか橋をかけられ、敵兵が渡ってきていた。一晩……長くても4,5時間のことだっただろう。気づけば浮橋のようなものがいくつも架かっていて、敵兵は川沿いに隊列を組んでいた。それがメンディズークが二度目の主戦場になった発端だ」
じっと、ドランダントの金色の目が地図を見つめている。
メンディズークは10年の隣国スジェフスとの戦争の間に二度主戦場になった。そのうちの1回は、ドランダントもそこで剣を振るっていた。
「何度か川を挟んで押し合いになったが、そのうち森の方からも伏兵が現れ、またもや幻覚で惑わされ川側からも別働隊が……」
ドランダントはとうとうと語り、その途中ではっと我に返ったように口を閉じた。
そろりとこちらを見るので、ルベルドはにこりと笑った。
「さすが、見てこられた方のお話は資料とは比べものになりませんね」
これは本心だったが、ドランダントがどことなくバツが悪そうになったので、対応を間違えたかもしれない。
流してしまおうと、再びルベルドは地図を示す。
「魔法使い……彼らは魔導師と自称しておりますが、彼らの使う魔法というものは侮れませんからね……幻覚は特に」
「幻覚と言うと、あるものがないように見えたり、逆も……ということですよね」
ハルーシルの言葉に、頷く。
「見れば驚くと思います、本物があるようにしか見えないんですが……目の前に幻覚の犬を出されて、触ろうとしたら手が中に入ってしまった」
もちろん触感はなく、目には犬の眉間あたりに手が埋まっているように見えるのでかなりシュールだった。
「お詳しいんですね」
そう言ったのは、今まで話をじっと聞いていた、ドランダントの近くに控えていた青年。
彼はドランダントの従者だと紹介された。見た目はハルーシルとそう変わらない年齢だ。茶色の少しぱさついた髪をなんとか切りそろえ、小さく丸い黒い瞳は興味深そうにルベルドをまっすぐに見ている。背は高い方で、ひょろりとしている。
「ええ、彼らとは少し縁がありまして。知り合いもおります」
「あれ、先輩、『神の枝』となにかあったんですか?」
ハルーシルの軽く驚いたような様子に曖昧に笑っておく。
魔導師とは普通の人間が持たない神秘の力を操り、不思議な現象を起こすことができる者たちのことだ。
神の枝とは、希少な存在である魔導師たちの組織だ。表立って活動する事は少ないし、どこの国にも所属せず、自分たちの理念に基づいてのみ動く……秘密結社とでもいうべきか。
ただ、どこにいても人間である以上、社会とは関係を切っても切れない。ルベルドはクンシストファーに支部を構えた神の枝と接触し、面倒事を解決したことがある。
「……神の枝所属かはわかりませんが、戦争に魔導師が参戦していたとなると、とんでもなく厄介だったかと」
「……」
ドランダントに水を向けたが、彼はまた黙ってしまった。
まあ、そこまで機嫌は悪そうではないので、このまま話を続けることにした。
「その主戦場になったメンディズークですが、4年前、戦時中に当時領主だったソタム伯爵が土地自体を戦争ごと放棄」
ぴくりとドランダントの従者が肩を揺らした。
「主戦力だったソタム伯爵家の騎士団が迷走し、一時不安定になった戦場でしたが、ドランダント殿らの活躍により戦線は維持され、そこに王国騎士団が王命により駆けつけ持ち直し、ほかの貴族たちも参戦し、数カ月後には勝利なさったと」
あとは川を挟んだ小競り合いに戻り、逆に隣国に食い込んだこともあったようだ。ともかくクンシストファーの優勢は覆ることがなく、和平を結ぶことになる。
「問題は、元領主のソタム元伯爵が領地と戦闘の放棄を理由に奪爵追放処分、領主不在で今日まで至っているということです」
「それで、マテオ様が代官に……」
なるほど、と従者は理解したようだ。
「和平が成立して2年ですが、未だにこの土地は混乱が続いています。荒廃した土地を復興できておらず農業はできず、敵の残党や盗賊などの悪辣な不穏分子に、十分な衛生管理すらできず病も流行っているとか」
本当は、実情はわからないのだ。
「4年前に放棄されてから、代官は数人派遣されています。ですが……」
ここからは暗澹たる事実が資料には連なっていた。
「一人目は戦争中に戦闘に巻き込まれ死亡。二人目は戦勝後に暗殺。三人目は病を得て帰郷し、その後王宮を去っています。四人目は行方不明で……」
「行方不明?」
ぞっとしたようにハルーシル。ルベルドもそれを聞いたとき身震いしたものだ。
「状況的に、何者かに連れ去られたようだが、見つからない。……それが1年前」
「手つかずの理由はそれですか……」
ハルーシルが青ざめている。
連続して代官が不慮の死や事件に巻き込まれていては、誰も行きたがらないし国としても行かせられない。代官クラスの人材をそう何人も失っていてはたまらない。
誰か貴族でまともな統治をできるものがいれば押し付けられただろうが、戦後にそこまでできる貴族もいないのが現状だった。
かといって、王領にすると立地や条件が他の貴族からやっかみを買うようだ。とくに、一度参戦した貴族からは、最初に何も手を打たなかった王家が新たに領地として接収するなんてもっての外だと。
件の土地は国境であり、防衛も強化したいところだ。その金は、結局貴族たちから集めた税。新たに税を創設しようものなら怒り出す貴族もいる。
そのパワーバランスの果ての尻拭いに駆り出されたドランダントは、相変わらず暗い表情で何を思っているのか分からない。
「代官派遣もままならなかったため、メンディズークの詳細はさっぱり分かりません。いったいどのような状況なのか……なので、最大限準備をしておこうと思います」
「先輩はたしかもう行政官程度の権限はお持ちなんですよね?」
「ああ」
まだ着任していないが、期日は決まった。それと同時に現地にいなくても執政官として振る舞うことができると一言添えられていたので、できる限りやっておかなければ。
執政官と行政官。実のところそう区別がつく官職ではない。
同じ執政部門の役職で、明確に分けられているわけでなく、しいていえば、なんとなく王都や王宮内部の政治を担当するのが執政官、それ以外の各領地の担当が行政官といわれている。
ただ、最終決定を行えるトップが政務大臣であり、王宮の役職であるから執政官のくくりで、だから執政官というとほんの少しばかり行政官よりも権限が強い。
今回のルベルドに付けられた執政官という肩書きは、通常の領地を担当する行政官では収まりきらない業務があるということだ。
おそらく戦闘がないだけで戦時中と変わらないだろう。物資に人員、支援や防衛手段……すべて一から準備しなければならない。
(俺、書記官だったんだけどなあ……)
嘆いてもしょうがない。




