1−20 後悔は後からやって来る
それに返す言葉は、何もない。
「……それは、我々の、国の責任でした。不幸が重なったとはいえ、後手に回ったのは事実。謝罪します」
ルベルドが頭を下げると、かすかに息を飲む音が複数した。
「ですが、王宮の役人に手を出してはただで済むわけがありません、しかもそれを許容する町であれば。ベン町長、私は事実を隠蔽することはできませんが、ある程度便宜を図ることはできる。少なくとも町を懲罰対象から外し、民の安全を確保することは約束しよう、もちろん復興は続ける。
だから、彼らと手を切り、投降してください」
「英雄を我が神の前に跪かせればいい話だ」
黒ローブが、町長とこちらにだろう、言い聞かせるように声を張り上げた。
「我々はますます力をつけて、さらなる神の威光とともにこの町は発展する。国の役人など微塵も役に立たないのは身にしみていただろう!」
「――そうだ、だから私は、英雄殿を歓迎し、我らの希望とするために……」
「町長!ここに国が認めた英雄がいるんだ!その意味を考えてくれ。そして、我々に何かあれば、今度こそこの町は王宮に睨まれる、クンシストファーを敵に回すつもりか!」
「……」
町長は脂汗を浮かべ、頭を抱えた。
「――あいつをやれ!黙らせろ!」
黒ローブが叫び、黒ずくめ数人が武器を構え、ルベルドに向かって動き始めた。
ざあ、と血の気が引く。
だが。
ざっと、視界が臙脂色に覆われた。
ドランダントのコートの色。
その左脇の裾がバサリと揺れた。
「な――」
「なぜ武器を持っている!?」
黒ローブたちの動揺が伝わってくる。
そう、ドランダントは、武器をコートの下に隠し持っていた。
一張羅とは、そういう意味だった。着席しなかったのも、馬車でそっと中の武器を外しているのをみれば理由は分かった。どこまで彼がこの事態を想像していたか分からないが、隠し武器ということはそういうことだろう。
「くそ、英雄ひとりだけだ!押しつつめ!」
ルベルドが戦力外だとバレている。
(交渉決裂か……)
無力さが体を重くする。
けれど、何よりもまずはこの危機から脱しなければ。
周囲にいる黒ずくめたちがじりじりと近づいてくる。
ダンッ、と強い音がした。
どうやらドランダントが足でテーブルを蹴ったか乗せたらしい。
びく、と黒ずくめたちが一度動きを止めた。
「何をしている――」
黒ローブの焦る声と、目の前の、震える英雄の体。
(ああ、そうか)
なんとなく、彼の気持ちが分かってしまった。
「なあ、あんたが何を考えてるか、感じてるかは少しはわかる」
びくり、とドランダントは肩を跳ねさせた。
「だが、後悔を、今はすべき時じゃないと思わないか?」
すべきことができる人間だ、英雄ドランダントは。
今まで彼を見ていて、それは感じ取れた。
何らかの理由で、勇気が引っ込んでしまっただけだ。
「後悔はあとからやってくるもんだ、頭を抱えてのたうち回るのは、あとからでもできるんだ、なあ?」
まだ、英雄はやれる。
じゃ、と、何かものが擦れる音がして、ドランダントが、動いた。
があん、と大きな音がした、と思ったら、テーブルが横に吹っ飛んでいた。
「え」
「ぅおあっ」
何人かがそのテーブルに巻き込まれて倒れたり座り込んだりしている。
どうやら、蹴りで吹き飛ばしたらしい、ドランダントが。
その隙を狙って、横からひとり、剣を振り上げ、襲ってきた。
「できるだけ身をかがめてろ、動くな」
これはルベルドに言ったのか。
反射的にソファの座椅子部分に身を倒したルベルドの前で、ドランダントがわずかに腕を動かし、小振りの剣を振った。わずかな動きだった。襲ってきた男は、その一振りで弾き飛ばされ、尻もちをついた。そこに英雄に剣を突きつけられて、ぼうぜんとしている。
「え……」
「次だ!数人まとめてかかれ!」
わあっ、と、思い思いに飛び掛ってくる、黒ずくめたち。
数は多い、だが――
(奴さんたち素人、か?)
それくらい、圧倒的にドランダントのほうが強い。
一振り一人どころか、まとめて二人吹き飛ばしたりしている。持っている剣の大きさは預けたものの半分以下だったが、なるほど、あれば上等だが、なくても徒手空拳で全員相手にできそうだ。
強い、本当に、強い。
そのうち、エミリオと騎士が合流した。騒ぎを聞きつけたのか、あちらも何かあったのか。
「ご無事ですか!?」
「全員逃がすな!」
本職たちもさすがである。敵から奪った剣や、素手でも十分だった。エミリオもどこに持っていたのか短剣で、器用に敵を翻弄している。
倒すだけでなく、捕縛も始まった。
(うむ、自分が情けない)
だが、文官で一度も剣など握ったことがないルベルドは慌てず騒がず身を縮こませるのが精一杯だ。
数十分で、黒ずくめたちは制圧された。
こちらのわずか数名はほぼ無傷、あちらも死者はいない。
全員動けなくさせるか縛り上げて、応接間にいれると足の踏み場もないくらい数が多い。だが、どうやら数名が多少腕に覚えがあるだけでほとんど素人だった。
顔を改めると半分は町民、半分は見たことがない人間たちだ。
「ナドーナ・ベン町長」
床に座らされ、両手を上げた町長は、力なくこちらを見上げる。
「貴方を代官襲撃、及び不正輸入と前代官行方不明関与の罪で告発します。ひどいことはしたくない、おとなしくしていてください」
「……はい」
騎士に腕を取られ、町長は足をもつれさせながら連行されていった。
これから、領事館の地下にある牢に移送されるのだ。偉そうな黒ローブも一緒で、他は町の牢屋や、どこか場所を見繕って監禁される。多すぎるので。
「執政官、お休みになってください」
騎士の副隊長がやってきて、気を使ってくれた。
けれど、首を振る。
「いや、この件は終わらせてしまいたい」
「ですが、お顔色が……」
「やー……まあ、倒れるほどではないんで。あ、町長の家族や使用人は集まりましたか」
わざと話題をそらした。
今になって心臓はバクバクいうし、冷や汗でびっしょりだが、そんなことは言っていられない。
動いていないと逆に怖くなりそうだ。
荒事に慣れていない文官はルベルドもである。ハルーシルをどうこう言えないのである。
領事館に知らせを送ったので、誰か応援が来るだろう。さすがに一人では判断も処理もできない。
その前に――
「ドランダント殿」
戦闘が終れば、所在なさげに壁際に寄ったドランダントに近づいた。エミリオも付き添っている。
「すみません、あまりいい結果では終われませんでした。失態です」
「……いや、俺が何も言えることはない」
ドランダントは首を振った。
「その、戦闘……になってしまいましたが。どこまで事態を予想しておられましたか」
「いや、俺は、なにひとつ考えていなかった。ただ、同席だけはしてやろうと――」
ふと、ドランダントがコートの襟を見下ろした。内側にはさっきまで使っていた小さな剣をしまってある。
「ああ、以前から、偉そうな奴と会うときは剣を預からせろといわれることが多かった」
「なるほど、だから、念のために『一張羅』を?」
武器を取られては戦闘ができないから、日頃から備えてあったらしい。
「……実のところ、この一年、剣をろくに持てたことがなかった。念のため、というよりただの未練だと自分でも思っていた」
ぽん、と剣の吊ってあるあたりをドランダントは軽く叩いた。
「今日は剣を抜けた。前は毎日のことだったのに、今は不思議な気分だ」
少しはにかむような顔だ。
「そうですか。……ところで」
疑問がある。
「貴方、この邸宅に入ったときに、襲撃の人員がいたことに気づいていましたよね?なぜ教えてくださらなかったので?」
「え……いや、言う暇がなかった」
「何か、伝えてくださっていれば、もう少し備えられました」
「……ああ、だが、そっちも何も言わずにここまで来たんだ、何か計画でもあるのかと……」
「ありませんでしたよ」
「あ?」
「そのために英雄殿に臨席賜ったんです、事情説明程度、あとは多少交渉はあるかと思いましたがね、まさか話が飛んで、暴力沙汰になるとは……わずかに予想は立てていましたが、まずないと」
ドランダントとエミリオは、不思議そうな顔をしている。
「だが、前の代官の行方不明が奴らの仕業だと断定して……」
「ああ、ほとんどハッタリです」
「ハッタリ」
「でたらめというわけではないんですよ、あらゆる可能性は探っていました。
前任は貴族家の出で、悪い人間ではなかったけれど、やや傲慢なところが目についたそうです。領地のことだけに書類上目を向けて、困窮極めたお膝元の町を見ていない仕事っぷりの報告が残っていました。それと、消え方が不自然だった……」
まるで、煙のように消えてしまった。
領事館のものの証言だと、珍しく町に出ると言ったきり、馬車と御者ごと消えた、と。
「別視点ですが、遅まきにやってきて今さら支援を始めた我々は町に歓迎されていた。だが、関係が薄いはずの教会は嫌悪されている。どう考えても不自然です、町の人間の態度がほとんどが判を押したように同じなんです。これは思想の域です」
そして、他国からの堂々たる密輸。
「国外から何か町とは別の意思なり、秩序なりを持ち込まれている……と、予測はしました。それを前任にもさすがに気づかれ、邪魔になって始末したのだと。だが、推測しただけで証拠は乏しい。まずは関わっているだろう町長の態度を見極めて……だから……一足飛びにいるかも分からない本命のやつらが出てくるとは思ってなかったんですってぇ~」
遅れてやってくる後悔。
藪をつついて蛇を出してしまったかもしれない。
(報告書……どうしよう!?)
いきなり町を相手取って喧嘩、聞いたことがない邪教が出てきました、なんて。
人を殺す、他の神を嫌悪する信仰なんて、邪教と言われている。
「はあぁあ……」
しゃがみ込んでため息を深々とつくと、慌てて引き上げられた。嘆くこともできないのか。




