1ー19 責任と誘い
「ずいぶんと……珍しいお召し物でいらっしゃいますね、よく似合っておられます」
「……」
「マテオ様の一張羅です!ねえ、マテオ様」
「…………」
ちょっとあけすけに言ってしまったが、本当にマテオの服装は今まで見たことがないタイプだった。
いつもならシャツにズボン程度のラフな格好が多く、せいぜいシンプルなコートを羽織るだけだった。
ロングコート。全体は臙脂色で襟が黒く金縁だ。どこかの軍の制服と言われてもおかしくないくらいカッチリとして、かっこいい。
エミリオは機嫌がいい。きっと本当にドランダントが一張羅で、それに加えて、剣を提げているからだ。
これも、帯剣はほとんど見たことがない。
彼は騎士叙勲されているから、正式な場面での帯剣は当たり前だ。今までが必要なかったせいもあるが――これはいい傾向、だろうか。
「……同行くださり、感謝します。町長がなにを言ってくるか、予想がつかないところがありますが……私としては穏便にいけばと願うところです。いつものように、私が直接やりとりするということで大丈夫でしょうか」
「ああ」
ドランダントは、いつもより暗い顔で、けれどはっきりと答えてくれた。
今いるのは馬車をつけた馬場だ。今から約束通り町長の家に向かう。
空はうっすら曇っていて、あまり良くはないが雨は降らないだろう。
なんとなくちらりと空の薄雲を確認してから、ルベルドは馬車の扉を護衛の騎士にあけてもらった。
町長の家につくと、当人が玄関前で出迎えてくれた。
「ご足労願い、誠に申し訳ございません。ようこそおいでくださいました」
いつものようににこやかな表情。
変わったところはないようだが、しきりに家の方をちらちらと見ているので、緊張はしているらしい。
「お願いがございまして。その……皆様の武器を預からせていただきたいと」
「なぜ?」
純粋な疑問と、若干の不信を含めてルベルドはすかさず聞き返した。
正直、無礼である。代官も、その護衛も騎士だ、彼らから最も大事なものを手放せという、一介の田舎の首長ごときでは言えないような言葉である。
騎士の気配もひりつく。ぎょっとしたらしく、町長は顔色を変えた。
「も、申し訳ございません!ですが、使用人含め家族は荒事が苦手で!おびえさせるのは忍びなく……」
「……そうは言ってもこちらは騎士の方々ですよ」
「そこを、なにとぞご容赦を」
「人払いをしてください」
「なにとぞ」
「……町長、」
「いい、預ければいいのか」
ドランダントが、ふと手早く剣を鞘ごとベルトから外した。
こちらが唖然としている間に、使用人が出てきておっかなびっくりとそれを受け取った。苦手というのは本当らしく、震えて青くなっている。
渋々、エミリオや護衛の騎士たちもそれにならう。
一度町長は深く腰を折った。
「ありがとうございます。では、中へ……」
中に入ると、すぐに細い廊下が真っ直ぐに伸びていて、両脇の部屋や壁は古びているがしっかりとしていた。が、一般の邸宅の域で、しばらく館ぐらしだったこちらの目には手狭に見える。王都でルベルドが暮らしていた家はもっと小さかったはずだが、ぜいたくになったものである。
「……」
「?どうしました?」
ドランダントが一度足を止めた。だが、すぐに首を振りつつ先を行く町長に続いた。
予定通り騎士やエミリオは別の部屋へ。
ルベルドたちは、一番奥の応接間らしい部屋に通された。装飾のたぐいはないがかなり広めで、灰色の絨毯と、中央にローテーブルとソファの一対が備えてある。
「どうぞ、おかけください」
町長の言葉にうなずいて、座ったのは、ルベルドだけだった。
「ドランダント殿?」
「……ここでいい」
ソファの横に、後ろ手に組み、かるく足を開く直立不動の姿勢。
あわてた町長が、どうぞ代官様、と再度促してもいつもの無言で動かない。
「……町長、お話ください」
ふとドランダントの動きに思い当たり、ルベルドは町長に声をかけた。
「……ええ」
町長が、仕方なさそうに自身も反対のソファに座った。目をルベルドに据えて、すっと表情を――変えた。
バン、と扉が音を立てて開かれたのはこの時だった。
「!?」
ぞろぞろと部屋を埋めるように入って来たのは、一様に黒いローブと覆面をした集団。中には剣や斧などの武器を持っている。
ルベルドは腰を浮かしかけた。それを、横に立っていたドランダントが押さえた。
見上げると、ドランダントの表情は鋭く真剣だ。
(もしかして、気づいていた?)
彼は気配に敏感だ。これだけの人数が集まっていては感じ取れそうだ。
(……落ち着け)
あちらには話すつもりがありそうだ、武器をちらつかせながらも襲って来ない。
(なら、まだ打つ手はある)
冷静さが戻り、一度跳ね上がった心臓を意識的に落ち着かせる。
喉に唾を流し込み、ルベルドは口を開いた。
「……これはどういったことでしょうか」
「貴方がたが悪いのですよ……」
出会ったときから柔和な表情を変えなかった町長が、今はひどく固い顔である。
「こそこそと町を疑い、荒らし回って。我々が貴方がたを害するつもりはなかったのに、ですよ」
「世迷言だと思いますがね……」
ルベルドは肩をすくめた。
「お聞きしたいのですが、前任の代官殿はどこにやったのですか」
ざわ、と黒いローブたちがざわめき、町長はさっと青ざめた。
ドランダントも、さすがに驚愕してこちらを見ている。
「な、にを」
「予想はしていました。当たっているとは思いたくなかったのですが」
思いついてから、今まで考えないようにしていたのに。
「前任は4カ月くらいでしたか?……ずいぶんと私たちにはお早い反応で」
「前任の代官殿はその点愚鈍でしたから。いえ、こちらに興味がなかったのでしょう。来てそうそうさっそく疑われ、調べられているのに悠長なことを言っていられないのはお分かりでしょう。その上、教会まで連れてくるとは」
町長の苦々しい言葉に再度肩をすくめる。
「私が説得してせっかく連れて来たのですが。そうですか……なるほど」
「ずいぶんと余裕だが、状況をわかっているのか」
黒いローブの、ひとりだけ前に出て町長の近くに立っている人間が言った。
ルベルドはにっこりと笑った。
「ええ、このままだと脅迫されてお前たちの駒にされるか、殺されるか」
「……なんなんだ、お前は」
黒ローブも、町長も、あげくにドランダントにも怪訝な顔をされたが、続ける。
「ですが、私にも考えがない訳ではないのですよ。町長、取引をしましょう」
「おい、」
「私は町長に話をしています。ベン町長、このままでは町全部が王宮からの罰を与えられることになります」
「……!」
「おい、聞くな」
「黙っててな。町長、町がそそのかされ、彼らの――別の団体の手を借りたことは想像がつきます。彼らの支援が、あの商隊ですね?だから品を選べず密輸入になってしまった。前任者まではそれもよかったでしょう、ですが、今度は違います、そのための英雄殿です」
「だが、国は何もしてくれなかった」
吐くような声音で、町長は言う。
「日に日に痩せていく、死んでいく民に何も私はしてやれなかった。子どもが、ひもじいと泣きながら……長く生きた老人が、親が。隣人、友人が。毎日死んでいく。訴えても、のらりくらりと無視を続けたのはそちらではないか」
ぎろり、と、鋭い視線がルベルドを貫く。
「だから、彼らの、『月影光』の提案に飛びついた。食料を恵んでくれるかわりに、彼らの神を信仰すると」




