1-17 親切で、おそろしい
昼の定例会議の前に、騎士分隊長のマーダンが部下を連れて執務室にやってきた。
「監視を命じられていた廃屋の詳細報告を」
「頼む」
「このジルから」
部下の騎士が担当してくれていたらしい。
「僭越ながら報告させていただきます」
商隊を視察していたこちらを見ていた人物が、最後に入っていったのは廃屋だったらしい。
その廃屋は、人の出入りがあったようだ。
数日間見張っていて、町の人間が多数入り込んでいた。
「通常の見回りに加えて、ご命令通り人目につかぬよう監視もしておりましたが……奇妙なことに、町の人間以外にも、周辺村の人間も混じっていたのです」
「……ふむ?」
また、なぜだろうか、想像がつかない。
「それと、町長も……」
「町長も!?どんな様子だった、いつごろ、滞在時間は」
「昨日の昼頃です。様子は、あまりいつもと変わらなかったかと。滞在時間は、半刻程で。ああ、様子で思い出しました、廃屋に行こうとした何人かに声をかけたのですが……」
「……声を、かけたのか」
どうやら、どことなく様子がおかしかったらしく、巡回中であるために声をかけざるを得なかったらしい。
「……」
ルベルドは少しばかり頭を悩ませた。
「……執政官?」
「いえ、それでその人たちはどうしました」
「そのときは逃げました。一度廃屋の周辺から立ち去り、数人はしばらくあとに戻ってきたのですが……」
「はあ……」
思わずため息をついて、机に肘を置いて手の上に額を押し付ける。
(……人々はなにか目的があってその廃屋に来ているとして……騎士が近くにいることは知られた)
しかも声をかけ逃げられている。職務上しかたがないとはいえ、これがどういったことにつながるか未知数だ、あちらは何をかはしらないが隠したがっている。
「それと、関係はないのかもしれませんが」
「うん?なんですか」
ジルのためらいがちな声にルベルドは顔を上げた。
「町長の家の周辺を警備していたものから、町長が廃屋に向かう直前に、例の商隊の男が家に入っていったのを目撃したと聞いております」
「……たしか、商隊は昨日の昼に出発したよな」
「は」
これは、偶然か、それとも。
(町長、か)
一体何を隠しているのか。
……そろそろ、その疑問の答え合わせをするべきか。
どちらにしろ、こちらも町を探る行動は何度か見せている。今までどちらも腹の探り合いをしていたようなものだ。
「……分かった。廃屋を見ていた人員は通常通りに戻してくれ」
「は」
ふたりの騎士が退出し、ルベルドはペンを手に取った。
過去に自分で自分の感情を制御できないことは山ほどあったが、それを幾度も乗り越えればなんてことはないはずだった。
経験則とでも言おうか、この時に自分は嬉しく感じる、あの時に自分は怒る、悲しくなる、とタイミングが分かるようになればあとは簡単だった。
押さえつけるもよし、発散して消してしまうもよし。感情はただの行動の付随になった。
けれど、あるときから、それは不可能になった。
突然、何の前触れもなく悲しくなったりイライラしたり、最初は訳がわからなかった。
時々、あれだけ頼りにしていた剣すら嫌悪感で持つこともできず、徐々に自分は終わったのだと諦めるようになった。
剣を持てないなんて、傭兵ですらない。
英雄などと、分不相応な呼び名だ。
最初から自分には見合っていない。
もはや、何もできる気がしない、できない――だから、恥ずかしくなった。
偶然とはいえ、館のメイドの事情に手を出してしまった。自分に何もできないのだ、ならば関わるべきじゃない。何もしてやれないのに、また英雄気取りか。
押し込めていた後悔が、お礼を言われたことで噴き出した。メイド頭はなにひとつ悪くない、たったそれだけで過剰に落ち込む自分が、馬鹿馬鹿しくて嫌になる。
数日、部屋から出られなくなった。
そのうち落ち着いたが、周囲にはさぞや変な男だと思われただろう。
使用人は、影のように仕えるのだという。静かに、慌てず騒がず、ときには気配を殺して。道具と変わらない、と本人たちから聞いたときには衝撃を受けた、が、人間であるのには間違いない。
そのせいか、数日ぶりに部屋の外に出ても、誰も何も言わず、いつものように接してくれた。変わらなさすぎて、戸惑ったくらいだ。
おかげで、ずいぶんと気が楽になった。
会議に復帰しても、いつもの通り、誰も気にせず目の前の紙の山に必死だった。そのくせ難解な報告書と議事録はその日のうちに回ってきた。
そして、さらに数日経った。
夕飯が終わった時間に、来客があった。
「……ルベルド様です」
エミリオが、おずおずと部屋に入れるか聞いてきた。
ルベルド。自分の補佐だという、王宮の文官。
年下だろうが、その仕事ぶりは目を見張るものがある。こちらへの態度はとても丁寧で、けれど度を越したような慇懃さはない。
そう、自然体だ。
それが時々、恐ろしく見える。
どうしてそこまでできる。何を考えている。
今まで会ったことがないような、謎の人間だった。
いい人間、ではあるのは疑いようがないけれども。
「……入れてくれ」
訪ねてこられた以上、追い返すのは気が引ける。
緊張したが、彼が自分を訪ねてくるなんてきっと何かあったのでは。
いや、なんでも卒なくこなすし、意見を求められたこともない。むしろ、彼がなぜ代官ではないのだろう。
「お休みのところ失礼します。ご相談がありまして」
ルベルドは若い男だ、ひょろりとした印象で、背は低くない。
ざっくばらんに切られた白っぽい髪に、目は赤みがかった黒。少し尖ったように見える風貌だが、声は落ち着いて柔らかい。礼をするしぐさも静かで丁寧だ。
彼は(エミリオが)勧めた椅子にすわると、単刀直入に言った。
「2日後にこの町の町長に呼ばれました。事の次第を代官と執政官(貴方と私)に説明したいと。経緯は報告書に上げましたが、ご存じでしょうか?」
ルベルドは小さな封筒を出して、渡してくる。
無言で頷く。
たしか、最初は塩の値段がおかしいと文官たちが騒いだ。
次に、理由も分からないまま教会の男が町で嫌悪され、領事館に向かって石まで投げられた。
そして、町を出入りする商隊が、この国では売ってはならないものを持ってきていた。
ひとつひとつは大きなことではない。
けれど、代官の住まう拠点で不審なことが続けば、腰を据えて領地のことができない。
ありていにいえば、このアシスの町は代官に隠れてなにかおかしなことしているのではないかと疑っているのだ。
とうとうルベルドが町長を問い詰める書状を送ったという。
その返事が来たようだ。
「……ドランダント殿があまり活動的になれないのは重々承知で、今回に限り切にお願い申し上げます。どうか代官としてこの面談にご出席いただけないでしょうか」
ルベルドは真剣に、こちらに訴えかける。
「これで、町のことは決着がつくかと。代官として姿を見せること、それ以上は望みませんし、これきりかと」
「……」
町長は、この町が戦火に巻き込まれたときからその立場で、自分のことを町の英雄と大げさに扱っている。
たしかに、あまり会いたくない相手だが、そうも言っていられない状況だ。
むしろ、率先してマテオが何かすべきことではなかったのか。――いや、自分に何かできるとは思えない。
今も、事実関係と話自体は理解しているつもりだが、細かなところは聞いているだけでは分からない部分が多い。
だから、自分が何かしてやろうなんて思ってはならない。
困惑しているこちらを見越しているようで、ルベルドは薄く笑った。
「これは王宮に仕える役人からの要請だと思ってください。責任は我々にあるので、貴殿には何の責任も理由もございません。嫌々引っ張り出されたということで」
「……どうして、そこまで……俺に……なんの目的が、」
見透かされていると思った。
けれど、彼はマテオに蔑みでもなく、ただ再度説得するだけ。
なぜ、どうして。
王都に行ってから、多くの人に声をかけられたが、こちらの反応が思ったものではなかったらあからさまに見下して、笑いながら顔を歪めるものもいた。
貴族風の言い回しなども知らなかったし、話自体も英雄としてすべきことだと言いながら、たんに相手の都合のいい道具程度にしか見られていないのはさすがに分かった。あえて黙っていると、まるでこちらがすべて悪いのだと言い捨てて行く者も多かった。
ルベルドは、見下すどころか、マテオが意気消沈していてもうまくとりなしてくれる。すべて任せろとすら言ってくれる。
――誰かを、思い出す。
胸のうちがどろどろと重くなる。
――奴とは、違う。




