1-16 メイドの憂慮
「……差し出がましいかと思いますが、執政官様はお休みになられたほうが……」
「ん?いや、そんなに働いてはない……」
「連日お夜食をご所望でしたので、夜遅くまでお仕事をされているとお見受けしました」
「……そんなに頼んでいたか?」
「こちらにいらっしゃってからほとんど毎日です」
淡々と言っているが、そんな小言をメイドが口に出しているあたり、かなりの思いがあるのではなかろうか。心なしか彼女の緑の瞳がじっとりと睨んでいる気がしてきた。
「……でも、そんなに寝てないとかじゃ」
「日付が変わっても、お部屋に明かりがついていると、他の者からも聞いております」
「……油は貴重だもんな……冗談です」
「執政官様、今日はお休みください」
「分かりました……」
明日以降頑張ればなんとかなるだろう。
たしかに、たまにちゃんと休むことも必要だろう。
「ご無礼を申し上げました」
深々と頭を下げたレニティに思わず手を左右に振る。
「いや、そうやって気遣ってくれてありがたい。なにせやることが多くて、気が急くばかりで……こうやって、言ってくれる人がいるのはいいことだろうな」
「滅相も。代官様や執政官様のおかげで、町がずいぶん助かりました。とても感謝しております。そのご恩に報いるため、私どもは誠心誠意お仕えいたします」
「その点、相互扶助ってことになるのかね」
顔を上げたレニティがきょとんとしている。
そういう考えはなかったらしい。まあ、立場は館のあるじと使用人だ。
「必要以上にかしこまらなくていいってことだ。俺はもともと平民だしどちらかと言うと君と一緒で使われる立場だ。体面上はしかたないけど、うーん……お貴族様にするような礼儀はむしろいらないってとこかな」
「……で、ですが、お国の重要な方では」
「あー、俺王宮で雑用係だったんだけど」
「雑……?」
レニティはぽかんとしたが、はっとどうにか顔をつくろった。
それに笑うと、困惑したような気配がした。
「王宮にいたからって偉いっていうのは一部は当てはまらねえってこと。なので、そこまで緊張しなくていいよ、俺とかハルーシルあたりは下っ端だったんだ。あ、財務官のゲディネ様とかは本当に偉い人だから気をつけて」
「……執政官様がおっしゃるなら……」
「執政官様っていうのもあんまりなあ、歳近いよな?名前でいいよ」
「ハーク様……」
「ルベルドで」
「かしこまりました。では、お食事をお持ちします。……ルベルド様」
「あ、ああ」
そこで照れるのはやめてほしい。自分じゃなければ勘違いするだろう。
だいぶ彼女たちとは距離が縮まった気がする。
数日前の町で偶然出会ったあれが要因だろう。こちらとしても、町のことをまたひとつ知れて助かった。
ハルーシルに馬車でふたりに事情を聞いてもらった。
年下で朗らかで、愛想がいいハルーシルはすでに文官の間では弟分として可愛がられている。使用人とも仲がいいことは分かっているので、どうにか聞き出せと命令、もとい希望を託した。
見事に任務を遂行したハルーシルの口から聞いたのが――領事館に働く者と町民との軋轢だった。
領事館は、今は王宮から派遣された代官の館、つまり国の機関という位置づけになる。そして、その使用人は館の主人に仕えるように徹底した教育を受けていた。
メンディズークの元領主のソタム元伯爵が領地から逃げ出し、その後派遣された数人の代官によって領事館は運営されているため、使用人は王都仕様と言えるほど洗練されている。
そこが原因かと、レニティたちは思っている。
端的に言えば浮いていた。
いつの間にか、爪弾きにされていた。
それでも、先日のように家族にすら冷遇されるとは思っていなかったようだが。
あれは、メイドのキアの事情だった。
(それ以上のことは……ないのかね。彼女たちは分からないようだったが)
実の娘に帰ってくるなというほどのものかということだ。
(それに、立場がどうとか、言ってたな)
父親だ、特に町で重要な人物というわけではないようだが。
「……ド様」
「ん?」
「ルベルド様。どうなさいましたか」
「ああ、悪い。考え事をしていた」
はっとすれば、心配そうなレニティの目とかち合う。
「やはりお疲れでは」
「いや、そこまででは……」
「……」
疑わしそうな目である。
「……分かったって。ご飯、持ってきてくれるかな」
「すぐにお持ちします」
完璧な仕草で、食い気味にレニティは礼をした。
翌朝。
「え……ドランダント殿が部屋から出てこない?」
「はい……」
朝食の席で、珍妙な報告を受けた。今までになかったパターンだ。
王都のドランダント邸からついてきた執事と、館のメイド頭のレニティがそろってルベルドのところに来てしょぼんと肩を落としている。
食べ終わった食器を下げるメイドは例の家族にすげなくされたキアだが、彼女は内心を見せず職務に忠実とばかりに顔色を変えていない、プロだ。
ドランダントはエミリオしか部屋に入れず、しばらく放っておいてくれと言ったらしい。
エミリオを呼んだ。
彼はちらりとレニティを見て、
「……えっと、昨晩、そちらのメイドさんから、お礼を言われまして」
「はい。町でのキアのことをドランダント様にお礼申し上げておりませんでしたので……偶然お会いできたものですから」
エミリオはバツが悪そうだ。
「……マテオ様は、今ではご自分が活躍されることが苦手……でして。ご自分が余計なことをしたのだと、思われた可能性があります」
「……いや、わっからん」
お礼を言われて不調になるとは。
心を患った人間の考えることは奇々怪々だ。
何でも後ろ向きになるのだろう、そんなものだとは知っているけれども。
「……決してそのような意味では」
レニティはさあっと顔を青ざめさせた。エミリオはあわてた。
「もちろん分かってます。マテオさまも本当は……けれど、ちょっと、神経質なところが……あるので。しばらくすれば大丈夫です、気になさらないでください」
「で、ですが……」
「本当に、大丈夫ですので」
「そう言われても全然大丈夫じゃないだろう」
主人が気を悪くしたのが自分のせいだと聞けば、使用人が萎縮するに決まっている。打ち解けたと思った直後に失敗した。
「だけれども、エミリオもこう言ってるし、普通にしてるのが一番いいと思う。謝罪とかもいらないよ、多分また代官殿も気にされると思うし」
「……」
レニティは見るからに落ち込んでいるが、少しして、毅然と顔を上げた。
「かしこまりました」
ルベルドは胸の内で安堵のため息をつく。
(一歩前進かと思いきや、もとに戻ったかな)
いや、積み重ねだ、と今は希望を持たなければ。




