1-14 現状把握
町は報告書のとおり、町並みは崩れ壊れたところはそのまま、煩雑で鄙びていて、静かで退廃的だった。
外側の、貧困区域は特に危険だからと足を伸ばせなかったが、そこでなくても人が住む町とは信じられなかった。
形がのこっていても、半分は空き家だ。
「おわっ」
「大丈夫か?」
足元も悪い。割れてはがれでこぼことした、元は石の舗装がされていたらしい道がそのまま放置だ。
ハルーシルがけつまづいて、近くにいたエミリオに支えられている。
人の気配はなく、昼間なのに冷たく薄暗く感じる。
それでも時折、通りかかる人がいるのは、商隊が来たためだろう。わずかながら物を抱えて足早に家に帰る者をたまにつかまえて、話を聞く。
「町長おかげ、か」
「だいたい全員言ってますね……」
気味が悪そうにハルーシル。
彼が町がおかしいと言い出した当人だし、先ほどの商隊のことも気づいている。
(財務官かベリース内務官がいたらもっと気づくことがあったかな)
警備上大人数で来ることができず、さらに彼らは視察というより監査の方に長けているため、怪しい商隊の探りを入れるには適していないとついてこなかった。
たしかに、ルベルドですら何度かぎょっとする羽目になったのだ、子爵の財務官たちは立場上おとなしくできていられないかもしれなかった。
目的は商隊の逮捕じゃない。
今は、ただ、様子を見るだけ。
「……」
ふと、ドランダントが足を止めた。
「どうされました」
「……人の声がする」
「え?」
「……こっちだ」
ふらりと方向を変えたドランダント。
わけもわからずついていくと、少し行った先でやっと何か言い争うような声が聞こえてきた。
「耳が、いいんですね……」
騎士も驚いている。
ともかく、少し歩くと……
町の比較的人の気配がある場所にやってきた。
家の前で怒鳴りちらす人がいた。
怒りや不快感を顔に出している男女数人と、その前に肩を落とすふたりの女性。
「え?」
「あれ?」
ルベルドとハルーシルには、その女性達に見覚えがあった。
「……どうされました!?」
ハルーシルが反射的にだろう、駆け出して女性達に近づいた。
「え、ハルーシル様……」
「代官様!?」
気づいた女性たち――領事館のメイド頭と、たしかメイドが、はっとこちらを見て声を上げた。
「何事ですか」
ゆっくりと近づくと、怒鳴っていた男と、その近くでメイド頭たちに剣幕だった数名はたじろいだ。
「……いえ、これは、その、身内のことで」
「お身内?領事館をやめろ、と、そうおっしゃったように聞こえましたが」
「……その、それは、誤解で」
「私はやめない」
メイドが、目を赤くしながらきっぱりと言った。
その肩を抱くメイド頭は心配そうに彼女を見ており、ハルーシルはその近くに、じっと様子をうかがっている。
「今まで頑張ってきたのに。戦争で家が壊れて、仕事もなくなって、私は少しでも父さんたちのためにって、館の厳しい訓練も耐えて、やっと、代官様が来たのに」
「なにを!お前はぬくぬくとデカい館にいればいいのだろうが俺達の立場を考えて、」
激昂したのは父親か。
いいかけてはっとこちらを見て口を閉じる。
「……ともかく!うちに入るなら身ぎれいにしてこい!」
それが捨て台詞だった。
父親と、母親だろうか、それと2人の若い男と老人に近い男が家の中に入っていく。
バタン、と煤けた扉が大きな音を立てて閉まった。
「……大丈夫?」
メイド頭のレニティが、同僚の肩をなでる。
メイドの――たしか名前はキアだったか、彼女はしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げた。
「大丈夫。ありがとう」
「尋常じゃなかったが、ご家族で?」
ルベルドが声をかけると、慌てて彼女たちは館でする使用人の礼をしてしまった。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」
「いや、ここは館じゃない。気にせず……は無理かもしれないが、こちらは咎めるつもりはない。なにか事情があるみたいだが」
やはり言いにくいことなのか、ふたりは黙ってしまった。
「……申し訳ございません。ご容赦を」
わずかに前に出て、メイド頭のレニティがさらに深く腰を折った。
言えないのか、それとも言う気がないのか。
頑固だが、理由があってのことだろう。
「……分かった。ともかく、この時間なら館に戻るのか?」
「はい。お休みをいただいてこちらにまいりましたが……」
キアがちらりと閉まった扉を見て悲しげな顔をする。
「どうやって来たんだ?私たちも戻るつもりだ。よかったら一緒に馬車に乗るといい」
「え!?めっそうも……」
「ここから歩いて1刻以上だろう?危ないし、疲れるだろうに」
「いえ、使用人が代官様と執政官様の馬車に……」
「うちの使用人である以上、命令は聞くこと」
わざと居丈高に言い放てば、彼女たちは顔を見合わせて小さく笑った。
「……ありがとうございます」
「感謝いたします」
また礼をされてしまった。
馬車に戻り、また座席で揉めたが、結局ドランダントとルベルドが御者席、ハルーシルとメイドたちが中へということになった。
「監視やらを追いかけた彼は?」
「まだ戻りません。館に直接戻ってくるでしょう。我々はこのまま護衛いたします」
「頼みます。エミリオは……」
「騎士様の馬に相乗りさせてくれるそうです」
少し嬉しげなエミリオ。御者役だった騎士が、戻ってこない騎士が乗ってきた馬を使い、エミリオも乗せる。たしかに騎乗はかっこいい。
この席順だった理由はある。
まあそれは後に分かるとして……
「馬車も御せるんですね」
ドランダントがあっさりと手綱を握り、苦もなく馬を歩かせたのには驚いた。
「……」
いつもの無言だが、まあ気にしない。
ここから馬車で館まで半刻くらいだ。
別に会話がしたくて同じ席に座ったわけではなかったのだが、動き出して数分後に、なんとドランダントの方から話しかけてきた。
――重要なことを語るために。
「え?買わない町民?」
「……ああ」
ドランダントが気づいたのは、正体不明の監視だけではなかった。
商隊でにぎわうその周辺に、近づかないがじっと見つめている住民が複数いたという。
「……町で買い上げているのに、なのに自分の分は買わない住民?」
「見るからに貧困層だった。……詳しい様子は距離があって分からなかったが、奴らは近づくつもりはないようだった」
「……だとしたら、買える人と、買えない人がいる?」
区別、あるいは選別が、住民の間に行われている可能性。
「……実は、あの商隊の露店の様子、つい今朝方同じものを見た気がしていたんです」
「……?」
ドランダントは首を傾げた。
「たまたま、配給の様子を見ようと思ったんです。朝と夕、町中を回って物資を配るんですが、最初の配給は領事館前でしょう?……それとそっくりだと思ったんですよねえ」
順に並び、自分の決められた取り分を受け取る配給と、自由に商品を選び買う商隊が、どうして同じに見えるのか。
数日後の夜。
ルベルドは自室で書類と格闘している。
相変わらずやらなければならないことが多すぎる。
着任前から行っていた領地内の調査はいったん区切りがついた。
どこもひどい有様で、支援もどうすべきか分からずただ物資を送り続けている。
根本的に解決にならないのは分かっているが、有効な手はベテランの文官たちでも思いつかない。
復興だ統治だというその本題にたどり着いていないような状況である。
最も厄介なのは――賊に占領されている村。
どういう一団か分からないが、非正規に武装した集団に占領されている村がふたつもあった。
一度騎士団と傭兵を動員し、奪還できないかと試したのだが、損害を出さずにそれは無理だという判断で撤退。
本格的な軍事行動が必要となると、戦力がまるで足りなかった。元の村の住民のことを思うと心苦しいが、今は手が出せない。
それ以外でひどいのは、疫病がはやっている村と、盗賊に略奪の標的にされている村だろう。
領地内を荒らす賊は、盗賊も含めておそらく大きく5つのグループに分かれている。
中でも元スジェフスの兵士がいるであろう強い一団が、繰り返し襲撃している村があった。今はダラダ傭兵団と騎士隊が守っており、周辺の村も警備はしている。
領地に3つある町は防衛力も最低限備えているが、そのぶん村々への襲撃が目に余る。
騎士隊や傭兵団が頑張ってくれているが、防衛が精一杯でそれ以上は戦力的に無理だという。
つまり、ただただ耐えている。
もちろん警備を配置してから略奪されることは少なくなくなり、村の人々には感謝されているようだ。だが、ジリ貧である。
そして、疫病は、事前に薬を準備していた。
いつ頃から流行っているのか分からず、またかなり長期だった。いったい何の病気かわからず対処療法だ。病気の致死率は低いが、何が原因か罹患者は増え続けている。
医者を十分に連れてこられなかったのが響いているだろう。そもそも疫病のことが分かっているような高位の医者なんて、各国王族や貴族が欲しがるものだし、僻地にくれるはずがないのだが。
(……一時的にでも派遣……あるいはどこか近隣の領地に有能な医者か薬師がいれば……)
王宮の対応を待っていては手遅れになるのではという可能性も出てきた。報告書には食糧とともに医者と薬は強く要望したが、どこまで汲んでくれるかは分からない。
王宮の要職に就いている方々は仕事ができる者がほとんどだと思う。組織の良し悪しは元書記官ごときに評価できないが、少なくとも他国と比べて劣っているということはないだろう。こちらの危機的状況を察知してくれるに違いない――と、思いたい。
他領――他の貴族からの調達は、できる限りしたくない。
否応なしに支援ではなく取引になるため、何もかもが間に合っていないメンディズークから対価として差し出せるものがない。
それに、どこからか調達できたなら、と王宮からの予算が減らされることも予想される。
そしてより予算の計算が複雑になり、手続きも処理も増えてしまう。
(内なる書記官の俺がものすごく抵抗している……!)
という冗談はさておくが、国内の医者の噂くらいは集めておくべきだろう、と別の文官に担当してもらうことにした。




