1-13 商隊の到来
翌日。
町がスミオールに嫌悪を示す理由をそれとなく、両一日で調べたのだが――
「教会の前任者のことは聞けませんでした」
「……そうか」
執務室で聞いた報告は芳しくない。
町での聞き込みは、難航した。あまり期待はしていなかったが、町民に聞こうとするとあからさまに話題を避けられた。ひとりやふたり、口を滑らせてくれるのではと思ったりもしたのだが、あてが外れた。
教会の前任者は、この町とは別のところに教会があったため、ときおり仕事で来ることもあったらしい。けれど印象は薄いのだろう。
それ以上に町民たちは教会については口を閉ざす。
嫌っていると同時に、何かを恐れているようだった。
町長にも再度町民の暴挙の理由を尋ねたが、はぐらかされた。
「前任者がこの街で狼藉でも働いてくれていればわかりやすかったんだが」
「そういう感じではなかったですね」
執政官の執務室で報告してくれているテリーがこの件を直接担当してくれたが、彼もお手上げといった感じだ。
「そんなことだったら、教会がこういうことをしましたと訴えれば良いのですから」
「しかし……本当に分からない。町と教会の関係が悪いなら悪いとはっきりわかるならまだ対処しようがある……仲裁だって、やぶさかではありません。
だが、町全体としては、そんなことはないの一点張りだ。教会からの物資だって受け取っていますし……」
「あるいは、物資を取り上げられると思い、問題がないふりをしている?」
「いえ、ハルーシルがそのあたりを聞いたようですが、そうではないと」
結局、その嫌う問題は何なのだろうか。そして国の役人に隠そうとする理由は。
(隠すってことは、知られては都合が悪いってことだ……)
正直、げんなりとしている。
ただでさえ領地全体のことで頭も胃も痛いというのに、拠点がきな臭いなんて。
本当に頭痛がしてきて、こめかみをもみほぐす。
テリーがわずかに眉尻を下げた。
「お疲れですか?連日激務ですから……」
「……まあ、たしかに疲れてはいますが、そうも言ってられないので」
「我々は休みをいただいていますが、執政官は?」
「落ち着いたらまとめてとらせてもらいますよ」
まだ大丈夫だ。これは気疲れである。
たしかに環境が変わり、激務ではあるが、距離のある王宮と家を生き来したり、自分のことを自分でしなければならない王都での生活と比べ、職場で仕事をしていながら身の回りのことを使用人にしてもらえるという面では、非常に楽をしているといえる。
と。
執務室の扉がノックされた。
「リルミトです」
「入ってくれ」
「失礼します。……あの、商隊が町に来ました。例の、塩の……」
「お出ましか」
ハルーシルが、神妙な顔で入ってくるから、何ごとかと思えば。
たしかにいよいよといったところか。
渦中の商隊である。
「物資のベリーズ内務事官を呼んできてほしい」
立ち上がりながら、ハルーシルに言った。
「俺は警備の騎士を貸してもらえるように声をかけてくる」
「わかりました」
ハルーシルがうなずき、3人で一緒に部屋を出ようとして、あ、と思いつく。
「テリーさん、お願いが……俺の代わりに騎士団に行って……」
例の商隊は、町に来るといつも中心より北側の場所に露店を構えるのだという。
そこはちょうど、町としてかろうじて機能している南側と、瓦礫のままで朽ちるに任せた、貧困層の生活圏の境になるところだった。
領事館からは少し遠い。警備のためにも馬車でその場所に向かう。
ルベルドたちが馬車でその商隊が停留した場所に乗り付けると、すでに人だかりができていた。
馬車を見て、困惑した者もいれば、はっと気づきわずかに緊張した者も。ざっと民たちの身なりをみる限り、この場所のとおり貧困とそれよりマシという人々が混在していた。
ルベルドが馬車から降り、さらに続けて降りた人物――英雄ドランダントの姿に、ざわめきが広がった。
この町で彼の顔を知っている者は少なくない。戦火に巻き込まれた際、駆けつけたドランダントとその仲間たちに救われた人間が多いのだ。
ドランダントとエミリオ、それとハルーシルが同行し、騎士が3人護衛についてくれた。
「……その、貴方様方は……」
近づいてきたのは、商隊の責任者らしい身なりは普通の30代くらいの男だった。人当たりはよさそうな――揉み手が似合う。
戸惑っているその男に、ルベルドは朗らかに笑いかけた。
「失礼。私、王都からこの度赴任してきた代官の補佐を務めるルベルド・ハークと申します。そしてこちらが――」
「……」
相変わらず英雄は表情が暗く無言。
「……マテオ・ドランダント代官殿です。ご存じかと思いますが、」
「まさか、メンディズークの英雄の……!?」
「はい。この度代官としてこの地を治めよと王命がありまして。少し前からこちらに」
驚いてぽかんとした男は、はっと我に返った。
「は、はあ、すみません、なにぶん私は国をまたいで行商を行う下っ端でして。この国にはあまり詳しくはなく……まさか、代官さまが再びこの地にいらっしゃるとは!」
言いながら、笑みを取り戻した。
「この荒れた土地も、今度こそ救われるのでしょうね、英雄殿ご帰還とは喜ばしいことです!」
「……」
ドランダントは無言だったが、かすかに頷いたようだった。
(おお)
感動した。
そこまで代官としての振る舞いを求めるつもりはなかった。
今回頼んだのは、ただ一緒に町の人間の前に出てほしいということだった。英雄の目が、町に届いているのだというデモンストレーションだ。
ドランダントが引き受けてくれるかは分からなかったが、ルベルドが頼みに行くと意外とあっさりと了承してくれた。
今もいつもの通りで緊張や嫌そうな素振りを見せないから、ひどく我慢しているというわけではなさそうだ。
(……大丈夫そうだな)
少し嬉しくもあり、ほっとしたルベルドだった。
「ところで、貴方がたはいつもこの町に売買に来ていらっしゃると聞きました。仕事なもので、その様子を見させていただいても……?」
「え?……ああ、はい、まあ、見るだけなら……」
もうひとり、心配そうに近寄ってきた商隊の人間と男が二、三言交わし、どちらも不思議そうな顔をしながらも頷いた。代官が直接見に来ることに驚いているだけに見える。
今のところ、不審な点はない。
少し離れたところから、行商の様子を眺めることになった。
商隊は4台の荷馬車で、十数名の商人と護衛の人間が手際よく品物を出している。地面に敷物を敷いたり、箱を組み合わせて台を作って並べ、商品を並んだ町民たちに手渡ししている。
ときおり商隊の人間と客が会話しているところをみると、どうやら顔見知り程度であるらしい。
半刻と少し、人だかりは減っていった。ルベルドたちがやってきたときがピークだったようだ。
客がまばらになってきたころ、ルベルドは商隊に話しかけた。
「ずいぶんいろんなものが出てきましたね。いつもこんな感じで?」
「ええ、はい。国をまたぐので、いろんなものを道中仕入れるんですよ」
にこにこと何のてらいもなく先ほどの代表の男は答えた。
「今回はやや少ない方ですね、南の方で不作の地域があって、売るものがないと振られましてね」
「そんなこともあるのですか。ふむ、この芋は王都のものと違う気がしますが……」
「ああ、この国では珍しいかもしれませんね、イッカリー国はご存じで?」
「あ、俺知ってますよ、クンシストファーから北西に2つほど国を越えた、丘陵地帯の……」
ハルーシルがいつもの軽いノリで答えると、男は笑みを深めた。
「はい、その山で栽培するもので、寒さにつよい芋です。その国の主食になっているものです」
「こちらのくだもの…か?これは?」
「南東の沿岸部でよく食べられるシーズリというものです。生ですと苦みがあるのですが、火を通すとうっすら甘さが出てくるので地域では人気です」
「こちらの緑の……」
「ああそれは……」
他にもいくつか聞く。
こちらの相槌に気を良くしたのか、だんだんと打ち解けたように口数も増える。
「こちらの袋の中身は?」
「ええ、砂糖です」
「おお、甘味。うちの国のアロックス産?」
「ああいえ、それは……ミキエリント産ですね、やはり原料のクミィ草の産地では製造がさかんなので」
「……そうだな」
一度持ち上げた袋を、ルベルドはもとに戻した。
「素晴らしい品揃です。これは貴方がたの努力の賜物でしょうね、ええと、どちらから来られたと」
「商会の本部のラロモンドですね、そこから参りました」
「……なるほど、遠いところからはるばる。ところで、どうして客から代金を受け取らないんです?」
「え?」
きょとんと、男は首を傾げた。
「こちらの町の方針ですが……町長から一括で代金をいただいております。支払えない人もいるから、この町全体として買い上げると……」
「……ああ、たしか、帳簿とも合うな。いや、最近来たものだから、まだ覚えきれておらず」
「さようで。いやー頭の下がる思いですな、こんなにも町を思う町長とは」
「本当にな」
顔が崩れないように必死で笑みを保つ。
ハルーシルは既に嫌な空気を感じてか、遠くに退散している。ドランダントとエミリオは――不穏な内容の会話に気づいていないのか、大した表情変化がないので助かった。騎士たちもおそらく深く考えていない。
手をぐっと握り込んで、ルベルドはどうにか最後まで笑顔を崩さずに視察を終えた。
「ありがとう。邪魔をした」
「いえ、今後ともご贔屓に」
自分が何を語ったか、分かっていない男はにこやかに頭を下げた。
「……どうかされましたか」
騎士のひとりが、ルベルドの様子がおかしいことに気づいた。十分商隊から離れたあとで良かった。
「いや、考え事をしていました」
「予定なら、このまま町を視察されるのでしたが」
「ああ、予定通り」
領事館から出たついでに、報告書でしか知らなかった町を見ようと思ったのだ。
そんな気分ではないが、またいつ出てこれるか分からない。このまま行くことにした。
ハルーシルも顔色が悪いが、ちゃんとついてくるらしい。
そこに、いきなり、今まで黙っていたドランダントが、
「……このままで聞いてくれ」
ぎょっと、した。
横に立っていたのだが、いきなり耳元でしゃべらないでほしい。
「なにか」
「視線を感じる。……誰か、俺たちを見ている」
わずかに緊張した。
騎士たちがそっとあたりを伺う。
「……たしかに」
「危険……ですか」
「いや、襲ってくる気配はない」
ドランダントが低いちいさな声で、けれどここまで明瞭な話し方をしたのは初めてだ。
驚きつつ、ルベルドは頷いた。
「なら、監視かなにか、ということですね。このまま行きましょう」
にこりと、笑みを浮かべる。
たじろいだドランダントに、小声で言い返す。
「気づかれたくない。談笑するふりをします」
「……」
「騎士を誰か、その視線とやらの主を探せますか」
「……私が」
「見つけて、どこの手の者か調べてほしいです。捕まえなくていい。危なそうなら無理に追跡する必要はない」
「……では、お側から離れることになりますが」
「いい、俺やエミリオが見ている」
またもやドランダント。ちらりと彼の金色の目を見ると、真剣にあちこちを確認している。
「……では、そのように。お願いします。……聞いたか、ハルーシル」
「う、うっす」
「普通にしていろ、変な動きをするなよ」
「はいはい、大丈夫っすよ、危険がないなら」
呆れたような後輩は、このおかしな町にだいぶ慣れてきたようだった。
「では……参りましょうか」




