1-12 領事館取り囲み事件
盛大にやらかした。
英雄にあの態度はない。
いくら限界を迎えていようと、しかるべき人にしかるべき態度も取れないとは、王宮にいた文官としてはあり得ない。
王宮では高位貴族にほいほい会う機会は巡ってくるので、常日頃から口調や態度は徹底しているのに。
(くっそー弛んでる!)
今日から気をつけなければ。
まずは謝罪だ。一晩休んで、朝になったため心機一転だ。
「申し訳ございませんでした!昨日はあのような物言いをしてしまい、ご不快になられたのでは」
朝食前にギリギリのマナーだが、この時間しか空いていない。英雄の部屋を訪ね、頭を下げると、その後頭部に少し戸惑った気配を感じる。
「……顔を上げてくれ」
おや、と思う。ドランダントの声だ。
おそるおそる頭を戻すと、いつものように暗い顔だが、特別怒っていたり落ち込んでいたりというわけでもないようだ。
「……その」
ゆっくりとだが、ドランダントは言葉を続けた。
「俺は、あまりいい生まれじゃない。そう丁寧に……される方が、落ち着かん」
「いえ、ですが、」
「……つまり、気にならん、ということだ。その、分かるか?」
「許してくださると?」
「……」
なんだか困ったような目をしてドランダントは首をかしげたが、頷いた。
「ありがとうございます」
どうやら昨日のルベルドの言動は怪しかったが、ドランダントを傷つけるものではなかったらしい。
後ろでエミリオとメイドがにこにこと満面の笑みだ。彼らの様子からも、大丈夫そうだ。
エミリオははっと口を開けた。
「そうです、執政官様、よろしければ朝食の席を一緒させていただけませんか」
「え?あ……喜んで」
食事を摂るのは各々好きにしていて、食堂で広いテーブルに着くときもあれば、部屋でとることもある。
今日は久しぶりに食堂でとは思っていたのだが。
(ドランダントは初めて食堂に来るのでは?)
食堂だと使用人に料理をサーブされるので、彼には煩わしいのだと思っていたが。
(いいことじゃないか)
慣れてきたのかもしれない。
では、と部屋を一緒に出て、食堂への廊下を歩く途中エミリオとばかり話していたが、ドランダントは無言でも今までで一番機嫌がよさそうだ。
「あ、執政官!」
館の正面近くの広い廊下に差しかかると、こんな早い時間にハルーシルの姿がむこうに見えた。家から早起きでやってきたらしい。
「はよ、どうした」
「おはようございます。あのですね、昨日ご相談しそびれて……」
「おはようございます、執政官殿」
「おはようございます、大司祭殿」
いるのは気づいていたが、ハルーシルの影に隠れていたスミオール。浮かない顔をしながらあいさつはしてくれた。礼儀正しい。
スミオールはこの館にしばらく滞在するから、朝食へ向かうのだろう。
さて、どういった理由でふたりが一緒にいるのか。
だが、ここで予想外のことが起きた。
「え?マテオ様!?」
急にエミリオの声が上がった。ハッと振り返るとドランダントが踵を返しているところだった。
遠ざかっていく英雄の背。ぽかんと見つめてしまった。
エミリオは彼を追いかけていき、残されたルベルドたちは顔を見合わせた。
「……朝食に向かわれるのだったんでは?」
「ああ、そういう話で一緒に来たんだが」
「……今のは、かの英雄殿でしたか?」
そういえばスミオールには紹介していなかったか。
昨日はだいぶ頭がおかしくて、失敗したとかなり後悔した。
「ええ、ご紹介のタイミングが掴めず、申し訳がない、」
「私は英雄殿にも嫌われたのでしょうか……」
どんよりとスミオールは表情を暗くする。
「……も、?」
「えっと、説明と相談を。まずは食堂に行きませんか?」
ハルーシルも困惑しているが、彼に促されて、ルベルドたちは歩き出した。
食堂に来るのは実は久しぶりだ。昨日やっと提出した報告書に数日かかりきりで、館の優秀な使用人たちは言いつけを守ってそっと部屋に食事を運んでくれていたのだ。
先ほどのドランダントのことを彼の使用人に言伝て、任せた。心配だがこれ以上はお節介だ。
ハルーシルは昨日の夜にスミオールになにやら相談されていたらしい。徹夜でフラフラだったルベルドが部屋に引っ込んでしまったため、起こすのも気が引けたようだ。悪いことをした。
そのことで朝に領事館に来たため、ハルーシルも朝食はまだだった。
一緒に食事をしながら、相談会になった。
「その、スミオール司祭が、どうやら町で嫌われているらしいと」
「……うん?」
ちょっと理解が追いつかない。いろんな意味で。
「イチからお話しいただけますか?」
「はい……」
しょぼしょぼとスミオールはフォークを置いた。
「昨日、執政官殿とお会いしたあと……」
スミオールは教会になる予定の家屋を視察しに行った。
教会関係者でこの町に来たのは、支援物資を運んだ者以外では、スミオール大司祭、その助祭、それと護衛としてつく教会の兵士3名の計5名。彼ら全員で町へ降りたのだが……
「私や助祭は規律で人前ではこのローブを着ております。ですので私たちの服装で教会だと気づかれたのは当たり前だと思います。ですが、気づいた住人の方を中心に、何をしに来た、町を出ていけ……と」
「教会関係者と知って、その暴言ですか?」
「はい……」
「おかしいでしょう?最大勢力ですよね、宗教団体としては」
ハルーシルの言葉通り、どこの小さな村でも信者がひとりやふたりいるくらいに教会の力は強い。
対抗勢力がいるならまだしも、とは思うが、それもここしばらくは大陸のどこでも宗教的な対立は聞いていない。ましてや、2年も放置されていた土地で、特定の団体に、そこまで敵意を向けるのは。
さらに言えば、
「俺たちは歓迎されてましたよね、だからよけい不思議で」
「ああ、おかしいな。……その暴言だったり態度が悪かった住人はどれくらいいましたか」
「……2、30人程度でしょうか。何か誤解があったのならと話し合おうとしたのですが、だんだん騒ぎが大きくなっていくので、護衛兵が領事館へ戻れと……」
「ご無事でよかったです」
これからこの地に根を下ろそうという大組織へ、初手で事件など起こされようものならすべて計画が狂ってしまう。問題が山積しているのに、王国と教会の関係も気にする羽目になるだろう。
ハルーシルが不審そうに顔をゆがめた。
「しかし……なんですかね、これ」
「本当にな」
不正かと思われる塩の取引。
教会関係者への敵意。
様子がおかしい。
それとなく館の使用人に塩の入手先と、代官一行に親切にしてくれる理由を聞いた。
塩は時折やってくる商隊から買えると町長に聞いたからという返答で、親切は代官はこの館の主人だから当然――と、その答えてくれた使用人たちに不審な様子はなかった。
「……スミオール司祭。もしどうしてもお嫌でなければですが、もう一度町に行ってみませんか。私も同行いたします」
「……そうですね、理由が知りたいところです。ぜひともよろしくお願いします」
スミオールは自分の役目をどこまでと思っているかは疑問だが、協力的ではあるかもしれない。見るからに善良そうであるし、このまま良い関係を築きたいところだ。
そのためには、まずは彼に対する町の反応の詳細を知りたい。
朝食後、いくつか報告を受けてから、時間を空けて町にいく準備をする。
だが、町に行くことはできなかった。
領事館前に、住人が集まっていた。
スミオール目当てらしい。警備についていた騎士が、住人の抑えに走っている。
「危険かと」
騎士が渋い顔をして押しとどめる。けれど、逆にスミオールに火がついたようだった。
彼は無駄に決意をした顔をし、
「いえ、話し合うべきです。止めないでください!」
「いや、ちょ、待っ、」
まずい、とスミオールを止めようとしたが、わずか差で間に合わなかった。
スミオールが扉を開けると、すぐそこまで住民は押しかけていた。
人が幾重にも巻くように……もしかしたら領事館は囲まれているかもしれない。騎士が並び間に垣根を作っているが、住民が扉を開け放ったスミオールを見た途端に、ざわりとざわめきが広がった。
「……こいつだ……!」
「なんでこんなところに教会が……」
「帰れ」
「そうだ帰れ!」
「落ち着いてください!私はこの町や領地に、救済を……」
スミオールの誠実な声は、すぐに怒声に消された。
「嘘だ、そうやっていい顔して町を占領する気だろう!」
「占領など、そんなことができるはずがありません!こちらには立派な代官様がいらっしゃるでしょう!英雄殿を差し置いて……」
「英雄様の名前を呼ぶな!教会が!」
「待ってくだ、……!?」
何か、入り口に向かって投げ込まれた。
全員がとっさのことで硬直し……スミオールが、横合いから伸びてきた手に腕を掴まれて引っ張られ、後退した。
かなりのスピードで投げ込まれたそれは、領事官の扉を越えて絨毯のうえに小さな音を立てて落ちた。
石だ、ちいさめの。
スミオールがそれを見て青ざめ、なおもいくつか投げ込まれるそれを見て、ルベルドはやっと我に返った。
「扉を閉じてくれ!」
騎士はすでに扉に手をかけていて、ルベルドの声と同時に閉まった。カンッ!と固い音がしたのは、扉に石が当たったのだろう。
「……司祭殿を守ってくださってありがとうございます、ドランダント殿」
スミオールの腕を引いて投石から守ったのは、さっきまではここにいなかったはずのドランダントだった。
「……」
「お礼申し上げます、代官殿!」
スミオールも腰を折った。が、ドランダントにふいっと顔を背けられて、彼は悲しげな顔をした。
(やっぱり司祭のことが嫌いなのか?)
相変わらずの浮かない顔で無言のドランダント。エミリオも剣を持って一緒に来ており、困った顔で主人をみていた。
外では騒ぎは続いているが、騎士に任せるしかないだろう。
ハルーシルは最初から最後まで固まっていたが、まあ荒事に縁が無い文官なのだから無理もない。
「ハルーシル、町長を呼ぶように使いを出してくれ」
「……あっ、ハイ!」
はっと我に返ったハルーシルは、慌てて館の奥に駆けていった。
(これは根が深い話か?)
何も分からないが、それでも一つだけ理解する。
話はこじれそうだということだ。
動揺していたスミオールだが、気丈にも町長に事情を聴く席に同席したいと自ら申し出た。
急いでやって来たらしい町長に、応接室で話を聞く。
「……いやはや、申し訳ないことでした」
すまなさそうな顔の町長は、いちおうは代官と大司祭に頭を下げた。
「何があっても冷静にと皆には言っておいたのですが……」
「原因は何ですか?領事館に向かって石を投げるとは……反逆罪にも問われかねませんよ」
実際、ルベルドがそう判断すれば、少なくともあの時領事館前にいた住人全員を捕縛することができた。むしろ何人か捕まえておけばよかったのでは?と駆けつけた行政官に言われてはっとした。
こういうところも学ばなければならない。
町長は困り顔の中にうろんげな気配を漂わせた。
「いえ、それは今から関係者に事情を聞いてまいります。ですが……何か住民にも思うことがあるのでしょう」
「……こちらに非があると?」
「いえいえ滅相も」
あえて教会と領事館を区別せず、責任を押し付ける気か?というと、町長は慌てたように首を振る。
「こちらの司祭殿に、なにか恨みでも?」
スミオールはやや迂闊なところがある気がする。今は黙って聞いているように、と言い含めるとそれは了承したようだ。今はいつもの沈黙のドランダントと並んでじっと座っている。
「そのようなことは……」
続けて首を振る町長。
「教会は、メンディズークに支援を申し出てくれた。その善意に対しての返事がこれとは、まことに遺憾です」
「それは……そのとおりです」
「……石を投げた者は町のほうで厳重な処罰を。この地を治める代官の名のもと、次はありません」
「はい。この度は本当に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げた町長は、そそくさと部屋を出ていった。
「……町長が主導かと思うくらいだが、どう思います?」
騒動を聞きつけ館に来てくれた行政官のカッセンと町担当のテリーにも同席してもらっていた。町長の様子をつぶさに観察していた彼らも首を縦に振る。
「首謀かどうかというと断言できませんが……」
「中心核にはいますね、あれは」
「……何を思って、何を目的としているのか、分からないのがな」
表向きは代官と協力しようとしているが、裏腹の何かを抱えているのは確定だろう。
「今館にいる者たちで話したい。喫緊の案件がなければすぐに会議室に来るように周知してくれ。……お疲れかと思いますが、できればスミオール殿にもご同席いただきたく」
「分かりました」
所在なさげなスミオールにも声をかけると、どこかほっとしたように頷かれた。ちょろい。
(教会は教会でどうにかしてほしいんだけどなあ)
だがヘタに動かれても困るので、ちょうどいいかもしれない。




