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英雄の窓口  作者: 鹿音二号


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11/13

1-11 泥沼ではなく…


会議が終わり、さすがに疲れてこれ以上頭が動かない。仮眠しようかとぼんやり上着を脱いでいると、まさかのノックの音。


「……………はい」


仕方がない。

扉を開けたのは、エミリオで、その後ろにドランダントもいた。


「どうしました」

「その、お話をしたく……」

「どうぞ、おかけください」


外にメイドが見えたので、きっとお茶の用意もしてくれるだろう。


「お話とは?」

「その……マテオ様がこのままで、良いのかと……」

「……すみません、具体的にどういったご質問でしょうか」


ちょっと頭が働かないし、かなり暗い顔をしているドランダントが気になる。

エミリオはぐっと膝の上で手を握り、


「会議には参加しておりますが、その、ただ席を賜っているだけです。代官である以上、何か、しなくてはならないのでは、と」

「……なるほど」


疲れ切った今聞いたのがその程度の悩みで良かった、と正直思った。

簡単な話だ。


「……まず、ドランダント殿は誤解をなさっています」

「誤解ですか」

「はい。代官ではありますが、私が……執政官が付いているので、実務に関しては文官に一任してくださるのが正しい形なのです。そもそもドランダント殿は武官寄りでありますので、連日の会議の内容と役割は噛み合いません」

「そう、なのですか」

「それでも会議に来て頂くのは、何をしているのか経過を見て、覚えておいて頂くという、責任に関するからです。何も知らないでは、この領地を治めるものとしては不適格ですので」

「……そうですね」

「それに……ドランダント殿は、英雄でいらっしゃいます。その功績は、この地では特に太陽のように光り輝いています。ドランダント殿がメンディズークにいるというだけで、民には希望が見えるし、結束も呼びかけられる……」


だんだん何を言っているのか、自分でも怪しくなってきた。

口から出てくるのは本心なのだが、言葉がまとまらない。


「ええと……ぶっちゃけると、いてくださるだけで大変助かりますね」

「……はい?」

「あ、間違えた」


音として耳に入ってから頭で意味を拾うにも時間差がある。


(もう限界……)


ともかく、言ってしまったものは仕方がない。


「英雄の名前はすごーく、すごいんで。名前聞いただけでビビっちまう輩も、拝んでくるお人もいるんで。ここに代官です英雄です、って座っていてくれるだけで、勝手に話が進むようなもんで。だから、いてください、それで十分お仕事されてます、俺たち本当に助かってます」

「え、ええと……」

「……いるだけで、いいのか」

「ハイ」


いつの間にかドランダントが喋っている。

それに返事をしつつ、目がもうシパシパして開けていられない。


「10年も戦った人は偉いです。ので、もう十分です。……あの、徹夜明けで、だいぶおかしいんで、これで失礼してもいいですか」


失礼も何も、自分の部屋だったがまあ伝わっただろう。

徹夜!?と飛び上がるようなエミリオを見た気がするが、もう視界もぼうっと霞んでいて、彼らが部屋を出ていったのを見届けられなかった。


それでもきっちりベッドには入っていて、数時間後に目が覚めて記憶が戻り、声なき悲鳴を上げたルベルドだった。




いてくれるだけでいいと、そんなことを言われたのは初めてだった。


いや、今までもそう言われたことがあったかもしれない。けれど、それらの言葉は妙に格式張っていて、何を言われているのか正直理解ができなかった。意味は、分かっていた。けれど、マテオの心には残らなかった。


今まで丁寧に接してくれていた執政官のルベルドだったが、今は訪ねたタイミングが悪かったらしい。どうやら彼は疲れ切っていたらしく、話すにつれて口調が怪しくなっていった……もとい、馴染みがあるような砕けた口調になっていった。


マテオは傭兵上がりで、生まれも卑しい。英雄と祭り上げられて、時が経つほどやたらと丁寧な物腰の人物とばかり会うことになり、戸惑うばかりだった。


それが、このメンディズークに帰ってくることになり、周りは王宮にいたような役人ばかりで肩身が狭かったのだが。


「……あんな方だったんですね」


呆然としているのはマテオだけでなくエミリオもだった。

執政官はいかにも王宮の文官だった。頭のいいことばかり発言していたため、どうやら勘違いしていたようだ。

おそらく、あれが素だ。

けれど、不快な言動ではなかった。マテオにまっすぐ届いた言葉は、飾り気がなく、けれど思いやりがあった。


「やっぱり、良い方ですね」


エミリオがしみじみ言う。それには同意したい。


自分が相当気難しい男だということはわかっている。誰に会うにも身構えるし、人の目が、嫌だった。

それを承知で、自分の役割だと淡々と、決して過剰な感情を見せることなく接してくれた執政官には感謝していた。


同時に、後ろめたさもあった。

もう、英雄としては資格を失っているマテオだ。彼に英雄と言われるたびに、違うと叫びたかった。


けれど――彼が、マテオの過去にだけ、意義を見出しているのなら。

決して自分一人だけの勝利だとは思っていない。けれど、剣を振るって生き残ったのは、確かだ。それで英雄と名をつけられた。


その名だけに価値があり、ただ付随するマテオがこの場にいるだけでいいなら。


(それくらいなら……)


心もそこまで泥沼のように沈まないかもしれない。



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