↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/5

第5話 恋敵の告白、上映します

「途中でキスしたら停止するから」


 私は非常停止ボタンの前で宣言した。


 高瀬澪は白い星形カードを手にしたまま、冷ややかにこちらを見る。


「映像に嫉妬する人、初めて見ました」


「嫉妬じゃない。安全管理」


「何から何を守るんですか」


「私の精神を、碧くんの唇から」


「順番が逆では?」


「二人とも」


 当の碧が、私たちの間で困った顔をした。


「俺の唇は危険物?」


「今は黙って」


「危険物には発言権がありません」


「俺の話なのに」


 昨日、床から現れた百通目のカード。


 送信者は澪。宛先は碧。


 中学時代の音声テストで録り、削除したはずの告白だという。


 旧原本ではないから、公共移管に必要な三十通には数えられない。それでも最終上映の候補には入る。つまり放っておけば、十七日後、澪の告白まで知らない観客に見られる。


 先に本人へ返す。それが返却班の仕事だ。


 分かっている。


 分かっているけれど、好きな人と恋敵が結ばれる未来を、自分の手で再生する仕事まで引き受けた覚えはない。


「陽葵」


 澪が初めて、許可していない呼び方をした。


「嫌なら、あなたは外にいてもいいですよ」


「嫌だからいる」


「論理が逆です」


「見ないで想像する方が嫌なの。澪が何を言って、ORBITが何を映して、碧くんがどんな顔をするのか。知らないままの方が、ずっと勝手に悪く考える」


 昨日、自分で決めた線だ。


 逃げれば、映像にも澪にも負けたことになる。


「最後まで見る」


 私は黄色い鍵を制御卓へ置いた。


「私も、勝手に止めない。澪が止めてって言うまでは」


 澪は少しだけ目を見開き、それから赤い鍵を隣へ置いた。


「では、見届けてください。私がどれだけ趣味のいい恋をしているか」


「その評価は上映後」


「負け惜しみは上映中でも受け付けます」


 碧が青い鍵を持ったまま、まだ動かなかった。


「澪。本当にいい?」


「昨日も聞きました」


「昨日と今日で、答えが変わるかもしれない」


 澪の強がりが、一瞬だけ止まる。


 それでも彼女は頷いた。


「変わっていません。再生してください」


 三つ目の鍵が置かれた。


 床の三色が一つにつながる。


 私たちは試写台を囲むように立っていた。


 澪は赤い鍵の前。碧は青。私は黄色。


 三色の光は同じ距離で星へ伸びているのに、誰と誰が近いかを決める線に見えてしまう。澪と碧の間だけが短い気がして、私はこっそり半歩前へ出た。


 澪も半歩出る。


 碧が二人を見比べた。


「鍵の位置は動かないよ」


「知ってる」


「床の傾きを確認しただけです」


「二人とも同じ方向へ傾いた」


「今はそういう観察力いらない!」


 笑えるうちに笑っておきたかった。


 星が開けば、しばらく笑えなくなると分かっていたから。


《送信者・高瀬澪。宛先・伊藤碧》


《未送信メッセージを再生します》


 白い星が開いた。


『碧くんへ』


 今より少し高い澪の声が、暗いドームへ降ってくる。


『好きです』


 たった一言だった。


 もっと完璧な文章を想像していた。


 碧の性格を分析し、過去の思い出を並べ、私が入る隙なんて一ミリもない告白。


 でも、十三歳の澪の声は震えていた。


『案内用の星を全部落とした日、碧くんは、大丈夫とも、手伝うとも言いませんでした。ただ隣に座って、一緒に拾ってくれました』


 ドームの床へ、小さな紙の星が広がる。


 中学生の澪が一人でしゃがみ込み、その隣へ同じ制服の碧が座る。彼は慰めない。事情も聞かない。ただ、青い星を一枚拾って箱へ戻す。


『私が一人でできるふりをしたまま、一人にしなかった』


 今の澪が、隣で息を止める。


『だから好きです。いつか、私がちゃんと自分の仕事を選べる人になったら、あなたの隣にいたいです』


 告白が終わる。


 ORBITの星空が、未来へ変わった。


 閉館するはずのドームに、新しい看板がかかる。


《セレスティア星見ドーム 再開館》


 大人になった澪が、満員の客席へ案内をしている。赤いペンは胸ポケット。言葉は今より柔らかいのに、迷いがない。


 投影室には碧がいた。


 少し伸びた黒髪。機械へ向かう横顔。澪がドアを開けると、彼は自然に椅子を半分空ける。


 澪が隣へ座る。


 上映を終えた二人は、客席の最後列へ降りた。


 満天の星の下で、手が触れる。


 指が重なり、碧から握り返す。


 あまりにも自然だった。


 大人の澪は、今より少し短い髪を耳へかけ、碧の肩に頭を預ける。映像の碧は驚かない。何年もそうしてきた人のように、彼女が楽な角度へ肩を傾ける。


 観客のいないドームで、二人だけが同じ星を見ている。


 派手な台詞はない。運命だとも、永遠だとも言わない。


 だからこそ本物に見えた。


 私が碧と話す時は、いつも一つの返事に一喜一憂し、触れそうになれば澪の赤ペンが飛んでくる。映像の二人には、そんな騒がしさがない。積み重ねた時間が、沈黙まで二人のものにしていた。


 澪が望んだ未来だと分かっていても、胸は理屈どおりに動いてくれない。


 私が入り込む隙間なんて、最初からどこにもなかったみたいに。


 胸の中が、ゆっくり冷えていく。


 非常停止ボタンへ手を伸ばす。


 押せば消える。


 澪が望んだ未来も、碧が澪だけを見る顔も、私の前から消せる。


 指先がボタンへ触れる直前、止めた。


 これは澪の手紙だ。


 澪が止めてと言うまでは、私が終わらせてはいけない。


 昨日の私は、自分の映像を勝手に流されて怒った。その私が、見たくないという理由で他人の映像を切ったら、何も変わらない。


 手を下ろす。


 その瞬間、映像の碧が澪へ顔を寄せた。


「ちょっと待って、そこまであるの!?」


「停止」


 私より先に、澪の声が響いた。


 星空が、二人の唇の間で切れた。


     ◇ 高瀬澪視点 ◇


 私は、自分がこの未来を望んだことを知っていた。


 碧と二人でドームを再開する。並んで働く。客のいなくなった夜、言葉にしなくても手をつなぐ。


 何度も想像した。だから映像になった。


 幸せそうだった。


 陽葵が息を詰めたのも分かった。あと一秒見せれば、恋敵の心を折れるかもしれない。碧も、あれほど自然な未来を見れば、自分たちは似合うと思うかもしれない。


 そんな期待が、一瞬だけ浮かんだ。


 だから、私は止めた。


 正しいからではない。


 この映像で勝ったら、陽葵にではなく、自分の弱さに負けると思った。


 停止ボタンを押した指が震える。


 平気な顔を作ろうとしたが、うまく口角が上がらなかった。


     ◇ 北条陽葵視点 ◇


「幸せそうでしょ、未来の私」


 暗転したドームで、澪が言った。


 いつもの笑い方に戻れていない。


「腹が立つくらい」


 私は正直に答えた。


「そうでしょうね」


「最後まで見なくてよかったの?」


「よくありません」


 澪は停止ボタンから手を離す。


「見たかった。続きを。碧くんが私を選ぶところを」


「じゃあ、どうして」


「私が望んだ台本を、碧くんの答えにしたくないからです」


 澪が碧を見た。


「これは私の告白です。未来映像は、あなたの返事ではありません」


 碧は消えた星空を見上げたまま、ゆっくり頷いた。


「うん。これは澪の未来で、俺の返事じゃない」


 澪の肩がほんの少し下がる。


 私は安心しかけて、すぐに止まった。


「じゃあ、碧くんの返事は?」


 碧がこちらを見る。


「今、答えるの?」


「今じゃなきゃ、いつ?」


「待って」


「何を?」


「ちゃんと考える」


「それ、いつまで?」


 碧は答えられなかった。


 澪が先に視線を外す。


「陽葵。追い詰めなくて結構です」


「でも」


「今、映像を拒否した直後に返事を求めたら、今度は私たちが映像の続きを碧くんへ演じさせることになります」


 正しい。


 また正しい。


 でも、澪の顔は正しいことを言えた人の顔ではなかった。


 碧も、答えなくて済んでほっとしたようには見えない。言えない自分に、いちばん傷ついているようだった。


「二人とも、俺の未来を勝手に消さないで」


 碧が言った。


 私と澪は同時に彼を見る。


「だったら今しゃべって」


「しゃべってください」


「同時に言わないで」


「意見が一致したので一点」


「敵から点はいらない」


 澪の口元が、やっと少しだけ戻った。


「規約へ追加します」


 赤い端末を開く。


「第三条。未来映像を、本人の返事にしない」


「異議なし」


 私も黄色い端末へ承認を入れる。


 碧だけが、青い端末の上で指を止めていた。


「俺にも適用される?」


「特に碧くんへ適用します」


「映像で答えたことにして、逃げる可能性が一番高いから」


「信用がない」


「今から作って」


 碧はしばらく私たちを見ていた。


 それから、承認を押した。


「作る」


 短い一言だった。


 告白の返事ではない。


 でも、何も言わずに逃げないという約束には聞こえた。


 上映が終わり、白いカードが澪の手元へ戻る。


 澪は《削除》へ触れかけ、止めた。


「今は決めない、にします」


「どうして?」


「今日の私は、負けないために消すかもしれないからです。処分は、明日の私に任せます」


「じゃあ、届けるのも保留?」


 問いながら、届ける相手が隣にいることへ気づく。


 碧はすでに全部聞いた。郵便としては、もう届いている。


 それでも画面上の《届ける》は選ばれていない。送信記録にして残すのか、自分だけの記録に戻すのか、消すのか。それは、告白を聞いた碧にも決められない。


「はい。言えたことと、保存することは別です」


 澪は白いカードを胸元へ引き寄せた。


「それに、今日の私は映像に少し負けています。そんな状態で最終決定をしたくありません」


「澪でも負けるんだ」


「今、好感度が上がりましたか?」


「ちょっとだけ」


「下げておいてください。競争に支障が出ます」


「それは無理」


 私たちは同時に碧を見た。


 碧は自分へ向いた二つの視線に気づき、わずかに後ろへ下がった。


「俺が何か言うところ?」


「言えるなら」


「期限つきでお願いします」


「二人とも、急に厳しい」


「今日の教材を見ていたら当然です」


 さっきまで痛かった空気が、少しだけほどける。


 四つ目の選択肢が、逃げではなく時間を取り戻すためのものだと、初めて分かった気がした。


 澪が赤い鍵を外す。


 私も黄色い鍵へ手を伸ばす前に、彼女へ赤ペンを差し出した。


 上映前に床へ落としたまま、客席の下まで転がっていたものだ。


「これ」


「拾っていたんですか」


「敵の武器がないと、勝っても張り合いがないから」


 澪は受け取った。


「百点には遠いですが、加点しておきます」


「何点?」


「秘密です」


 聞かなかった。


 今は、それでよかった。


     ◇


 三人がドームを出たあとも、制御室の灯りは消えなかった。


 真壁は、無人になった客席を背に、観覧ログを開く。


 陽葵が停止へ手を伸ばした瞬間。


 澪が自分で映像を切った瞬間。


 碧が返事を求められ、沈黙した瞬間。


 反応値のグラフは、その三か所で鋭く跳ねていた。


「届く形に、整えるだけだ」


 真壁は演出設定を一つ変更した。


《STORY BOOST:ON》


《三角関係反応値を学習》


 確認ボタンを押す。


 画面の下に、新しい処理が走った。


《北条陽葵カード――管理複製を作成》


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。