9話
守護者は、昨日発生した亀裂について話し合うため、十二星座を会議室へ集めた。
そこは長い間、使われていなかった場所だった。
つまり、それだけ事態が深刻だということだ。
「昨日、亀裂が発生しました。だから皆さんを集めたんです」
最初に口を開いたのは、羊だった。
「私は何も感じませんでした。ここへ集まる前に皆さんへ聞いてみましたが、誰も分からないようでした」
守護者はしばらく考え込むと、一枚の石板を机の上へ置いた。
「ここに書かれている『あの日』が来たんじゃないかと思っています。何か知っている人はいませんか?」
「初めて見ました」
「私も初めてです」
「お役に立てなくてすみません」
すると、山羊が何か疑問を抱いたように石板を見つめる。
「でも、あそこに黒く染まっている部分は……?」
「十二の形……皆さんの姿はあります。でも、あの黒く染まった部分については、一つだけ心当たりがあります」
天秤は壁画をじっと見つめたまま、小さく息を吐いた。
「つまり…本来は十二ではなく、もう一つ星座が存在していた可能性があるということですね」
守護者はゆっくりとうなずく。
「確信はありませんー 全部、私の推測です」
(でも…あの黒く塗り潰された場所を見るたび、胸がざわつく)
会議室に静かな空気が流れた。
誰も軽々しく口を開こうとはしない。
やがて守護者は全員を見渡しながら微笑んだ。
「だから皆さんにお願いがあります」
「このことは、まだ他の星座たちには話さないでください!もし噂になれば、不安が広がってしまいます」
「分かりました」
「はい」
「まずは静かに調べましょう」
最初に一歩前へ出たのは獅子だった。
「承知しました、牡牛と私で各地を回り、情報を集めます」
牡牛も力強くうなずく。
「なるべく目立たないよう行動します」
射手は肩に弓を担ぎ直し、いつもの調子で笑う。
「じゃあ俺は周辺の警戒だなー 何かあれば真っ先に知らせますよ」
「お願いします」
守護者は安心したように微笑んいた。
そして最後に視線を向けたのは、羊と天秤だった。
「羊、天秤さん二人は私と一緒に来てください」
「承知しました」
「はい、守護者様」
それぞれが役目を胸に会議室を後にする。
重たい扉が静かに閉まった。
ゴォン…
部屋には誰もいなくなる。
ただ一枚だけ残された壁画。
黒く塗り潰されたその部分だけが、
まるで誰かの視線のように不気味な存在感を放っていた。
会議が終わったあと。
守護者は羊と天秤を連れ、神殿の奥へ歩いていた。
普段なら決して足を踏み入れない区域。
長い回廊を抜け、
何重もの扉を越え、
誰も近寄らない静かな場所へ辿り着く。
羊が小さな声で尋ねた。
「守護者様…ここは…?」
天秤も辺りを見渡す。
「まさか…守護者だけが立ち入れる場所なのですか」
守護者は静かにうなずいた。
「うん、それだけ今回のことは重大だと思ってる」
羊は表情を引き締める。
天秤も真剣な眼差しになった。
「私たちをここへ案内したということは…」
「何か見せたいものがあるのですね」
守護者は巨大な扉の前で立ち止まった。
古びた石造りの扉。
長い年月、一度も開かれなかったかのように厚く埃が積もっている。
守護者はゆっくりと扉へ手を掛けた。
ギギギギ……
重たい音を響かせながら扉が少しずつ開いていく。
その先に広がっていたのは――
果てしなく続く古い書庫だった。
何百年、
いや何千年もの歴史を刻んできた書物が静かに眠っている。
守護者は迷うことなく最奥へ向かった。
そして、一冊の古びた本を棚から取り出す。
革表紙はひび割れ、
紙は少し触れただけで崩れてしまいそうなほど脆くなっていた。
最後のページには、
乾き切った赤黒い染みが残っている。
守護者は静かに本を開いた。
「…ここです」
羊と天秤が息を呑む。
そこには、
歴代守護者だけに受け継がれてきた記録が記されていた。
――第一の記録。
『星座は太古より存在し、長きにわたり我らを守り続けてきた』
――第二の記録。
『私一人の力では足りない。このままでは皆が滅びる』
――第三の記録。
『彼は言った"それ"を行えば全てを救える。
調和も秩序も永遠に続くだろう、と』
守護者はゆっくりとページをめくる。
――第四の記録。
『何を言っている!それを行えば、お前は―XXXXXX!!
やめろ!! お願いだから!!』
最後の文字は強く乱れ、紙には深く爪を立てたような跡が残っていた。
部屋の中に重い沈黙が流れる。
守護者は何も言わず、さらにページをめくる。
――第五の記録。
『彼はそれを喜んで受け入れた。
その結果、すべての星と秩序は守られた。
だが―― 私は、この結末を喜ぶことができない。』
――第六の記録。
『次代の守護者よ。
どうか、お前だけは平和な時代を生きてほしい。
私のような悲劇を、決して繰り返してはならない。』
守護者は思わず息を止めた。
(悲劇…?一体、何があったの…?)
震える指で最後の数ページをめくる。
――第七の記録。
『だが、彼は必ず戻ってくる。
いつか復讐のために。
私は、その日を待つことしかできない。』
最後のページ。
赤黒く変色した染みが紙の端まで広がっていた。
守護者は静かに読み上げる。
――最後の記録。
『彼が来た。
恐れていたその日は、ついに訪れた。
彼は今なお、
憎しみと怒りに囚われ続けている。
どうか… その憎しみが、私と共に終わることを願う。』
守護者は静かに本を閉じた。
パタン――
「ここまでです…これが、歴代守護者から受け継がれてきた記録です」
天秤は目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。
「私も初めて見る記録です、"彼"が誰なのか、まったく見当がつきません」
羊も静かに俯く。
「申し訳ありません、守護者様… 何一つお力になれませんでした」
守護者は小さく微笑み、羊の頭を優しく撫でた。
「ううんー 羊なら、何か知っているかもしれないって思っただけだから」
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ…!!
地の底から響くような轟音が神殿全体を揺らした。
「!?」
天井へ一本の亀裂が走る。
パラ…パラ…
細かな石片が落ち始める。
そして――
バキッ!!
大きな音とともに天井の一部が崩れ落ちた。
「守護者様!!」
羊が咄嗟に守護者を庇い、
天秤も剣へ手を伸ばす。
守護者は立ち上がり、崩れ始めた天井を見上げた。
(まさか… 本当に… 始まってしまったの…?)
(お願い… みんな、無事でいて…)




