4話
羊と共に最初に降り立った場所――
そこは、天秤が見守る星だった。
他の星々とは違い、この場所には騒がしさというものが存在しない。
吹き抜ける風は穏やかで、木々の葉が触れ合う音だけが静かに響いている。
白と黒。
善と悪。
感情ではなく、ただ均衡だけが存在する世界。
守護者はこの星へ来るたび、自然と背筋が伸びる感覚を覚えていた。
(やっぱり…ここは少し緊張するな)
静かだ。
あまりにも静かすぎる。
だが、その静寂こそが天秤の星が正常である証でもあった。
「やっぱりここは静かだね」
「天秤様がおられる場所ですから」
羊が穏やかに答える。
その時、一人の女性がゆっくりと振り返った。
黄金の天秤を携えた、美しい女性。
黄道十二宮――天秤だった。
彼女が立っているだけで、周囲の空気まで整っていくような不思議な威厳がある。
「守護者様、お越しでしたか」
優雅に一礼する天秤。
守護者も笑顔で頭を下げた。
「天秤様、お元気でしたか?」
天秤は困ったように微笑む。
「守護者様、そろそろその『様』はおやめください」
「何でですか?」
「私が守護者様を敬う立場ですので」
守護者は照れ笑いを浮かべた。
「でもー天秤様は黄道十二宮の中でも特に大切なお役目ですから、世界の均衡を守るなんて、私には真似できないよ」
天秤は静かに首を横へ振る。
「守護者様がいるからこそ、私たちは役目を果たせるのです」
「そう言われると照れちゃうですよ」
羊はそんな二人を見て小さく笑った。
昔から変わらない。
互いに相手を立てようとして、いつも同じ会話になる。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」
「今日はみんなに挨拶しようと思って」
「みんな元気かなって」
天秤は静かに空を見上げる。
「異常はありません」
「静かすぎるくらいです」
羊が穏やかに口を開いた。
「静かということは、問題が起きていない証です」
「良いことですよ」
「そうですね」
天秤も優しく頷く。
そして視線を羊へ向けた。
「羊、あなたはお元気ですか?」
「はい。おかげさまで健康です」
「それは何よりです」
穏やかな時間が流れる。
誰も声を荒らげず、誰も急かさない。
この星では、それが当たり前だった。
その時
ドゴォォォォン!!
空から轟音が響き渡った。
静寂だった星に似つかわしくない音。
天秤は額に手を当て、小さくため息をつく。
「…またですか」
守護者と羊が空を見上げる。
そこには獅子が右手に片方の双子を。
牡牛が左手にもう片方の双子を。
それぞれ首根っこを掴んだまま飛んできていた。
「あっ! 獅子さん、牡牛さん!」
守護者が手を振る。
「また会いましたね」
獅子は苦笑した。
「はい、守護者様がお帰りになられた直後ですよ」
「うん?」
「この子たち、私のたてがみを抜いて顔に落書きしたばかりだというのに、今度は射手から借りたおもちゃの弓で私を攻撃してきました」
牡牛も静かに続ける。
「私は笑いながら『やめなさい』と言いました、ですが二人とも『べー』と舌を出し、そのまま逃げ回っていたのです」
守護者は額へ手を当てた。
「ほーら!ダメって言ったばかりなのに」
双子は顔を見合わせる。
「えへへ……」
「暇だったんだもん」
その一言を聞いた瞬間。
天秤はゆっくり目を閉じた。
そして額を押さえたまま、短く告げる。
「クロです」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
双子の悲鳴が星中へ響き渡った。
「まだ何も量ってないじゃん!」
「審議すらしてないよ!?」」
天秤は静かに答える。
「量る必要もありません」
「判決は確定です」
獅子は笑いを堪え、牡牛は肩を小さく震わせた。
守護者は羊を見る。
羊も守護者を見る。
「行こうか?」
「はい」
「これ以上騒がしくなる前に」
二人はそっと後ろを向く。
「待ってぇぇぇぇ!!」
「守護者様ぁぁぁ!!」
双子の叫び声を背に、守護者と羊は静かに空へ飛び立った。
向かう先は、青く輝く海の惑星。
背後ではまだ、天秤の静かな説教と双子の悲鳴が響き続けていた。
「待ってぇぇぇぇぇ!!」
「助けて守護者様ぁぁぁ!!」
そんな悲鳴を背に、守護者は思わず吹き出した。
守護者は思わず吹き出しそうになる。
「ふふっ、相変わらず賑やかだね」
羊は小さく笑いながら答えた。
「天秤様には少し気の毒ですが」
二人は笑い合いながら、次の星へと向かっていった。




