第8話「――ないキーホルダー2」
みんなで映画を見てから数日が経った。結局あの日は映画を見るだけでそのあとどこかで遊ぶことはなかった。
それも三人の子供がはしゃいでいたからだ。談笑で全ての時間が失われていった。私と李月くんは二人して黙っていたが、三人は別れる直前までそれには気づかなかった。
まあ、楽しめたんならそれでもいいけど。少し、いやだいぶきつかった。
私だって何も考えていないわけではない。むしろ、色々と考えている。だから、ちょっと心が苦しかった。それなのに、今日という日はやってきてしまった。
「お待たせ、李月くん」
今日は週末。李月くんは〝デート〟ではなくて、あくまでも〝話しがしたい〟と遊びに誘ってきた。
断ってもよかったが、私も別に「らしくない」と言った理由を話さないようにしようというムーブは考えていない。むしろ、言おうと思っている。
でも、それはきっと今じゃない。そう思っているだけ。
だから、いくら誘われたって話すわけじゃない。でもそれを李月くんは知らない。これじゃ、喋るタイミングも分からなくなってくるといったものだ。
「じゃあ行こう……か」
「どこに行くの」
李月くんは大層、おしゃれをしている。私はあまりおしゃれをしていないのに。これでは李月くんだけが変に目立っている状態だ。
高校デビューか、それともまた違った意味を持っているのか。やはり、福笑いで、かつ着せ替え人形みたいだ。
「まあ、着いてきてよ」
「……分かった」
そう言って向かった先は街中の方ではなかった。
どこに向かって……
「電車乗るけど大丈夫?」
あー……そう来たか
「うん」
私は今さっき使ってきたばかりの駅の方面へと、また歩いて行った。
「到着」
「水族館だったんだね」
目的地はどうやら私の一つ隣の街に新しくできた新型の水族館だったらしい。
リサーチしてきたのかは知らないが、私もここの水族館に行きたいと思っていた。たしか、智花と話をしていたはずだ。それを聞いたんだろうか。
でも、まさかこんな早くに、そして気まずい相手と行くことになるとは思っていないかった。
「嫌なら来なくてもいい。一人でも行ってくるし」
水族館を前にして立ち止まる私に、李月くんは吐き捨てるように喋って歩き出した。
別に誰も嫌とは言ってないよね……
「私も行くよ」
私に見向きもしない李月くんの斜め後ろを歩いた。
背……伸びたな。前まではまだ頭半分くらいしか差がなかったはずなのに、今じゃその倍以上……
昔付き合っていた頃はよく背を比べたもんだ。最初の頃は李月くんが私よりも若干低いくらいだった。おちょくっていたりしたのが懐かしい思い出だ。
でも今じゃ、すっかり背も伸びて、顔立ちも良くなって、がたいもしっかりしている。前とは比べ物にならない。
きっと部活動も頑張っているに違いない。
せっかく来たなら楽しまなきゃね……
私は気持ちを奮い立たせた。
「今更なんだけど、李月くん部活とかって大丈夫なの?」
「今日はグラウンド使えないんだ」
「そっか」
李月くんは今どこのポジションなんだろ……どうでもいいけど
「サメだ。珍しい……」
「知らずに私を連れて来たんだ」
「いいだろ別に」
――そんなの気にしてないよ
「クラゲって脳みそないんだってな」
「ただ浮遊してるだけ。海の波に身を任せてだって」
「なんか、かわいそうだな」
――そうかな
「イルカのショー行く?」
「うーん」
「あんま好きじゃないか」
――そうじゃないんだけどね
「なんだこいつ」
「チンアナゴだよ?」
「あー、名前だけしか知らなかったわ」
――ふふ、なにそれ、そんなことある?
「これサメの肉使ってんだ……」
「ふーん」
――どう、美味しい? 私のも、あれ……楽しい……?
「帰るか」
水族館に着いてから二時間弱、李月くんは私の顔を伺った。まるで見透かしてるよと言わんばかりのすまし顔。
何も分かっていないくせに。そんな言葉は飲み込んだ。
「もう?」
「別にここ好きじゃないんじゃないか?」
――私がいつそう言ったの?
いっつもそうだ。本当の私を知りもしないで。
「そうだね……帰ろっか」
こうやって言う私もばかなんだけど。
でも確かに、あなたと回るのはやめた方がいいかもね……
「うん」
「あ、お土産だけ買ってくるね」
「分かった。待っとくよ」
私の心の声はうるさい。
久しぶりに二人で出かけると、どう接していたのか、どんな顔をしていたのか思い出す。どうせ言わないのに、いちいち考えてしまう。言ってしまいそうになる。
分かっている。もう私たちは付き合っていないことなんて。
だけど、どこか延長線上に立っている気分がする。お互いの握る線が一度離れても尚、どこかで交わっている。それがとても苦しい。
そして、怒っていたのに楽しんでいる自分がいることも、とても辛い。
感情が分からない。ぐちゃぐちゃにかき乱されていく。久しぶりに涙が出そうだ。
大丈夫、大丈夫だから、私……
私はどちらかというと、水族館は好きな方だ。
静かで暗くて、穏やかな気持ちだけを感じ取れる。そんな場所が嫌いなはずがない。
綺麗なものは好きだし、静かなのも好きだし、穏やかなのも好きだし、暗いのも好きだし、鮮やかなものも好き。水族館は好きなものが多い。
なのに李月くんは何も分かっていない。本当に何も理解してくれない。あなたといるのがどれほど苦痛なのか。一度でも考えてくれたことがあるのだろうか。
私は少しの間、誰にも見えないような場所で、お土産を選ぶふりをしながら涙を必死に押し殺した。
下唇が痛い。こんなの堪えれるわけがない。
――もう、どうしたらいいか分かんないよ
十数分は経っただろうか。私は下唇の痛さでなんとか涙を誤魔化せた。
前を向くと、そこはキーホルダーの欄だった。
このキーホルダーかわいいな……
――りつ、お揃いの買おうよ
うるさい……
「これ下さい」
「はい。随分悩んでましたね」
「あ、はい。どれも可愛くて選べなくて」
「え……そ、それは、どうもありがとうございます」
――りつはどっちがいい?
うるさいよ……
分かってる。本当の私は、まだあなたと付き合っている気分でいるってこと。
別れたのは別れた。でも、私がいつ「もう別れよう」なんて言ったのか、あなたは知らない。
それもそのはず、 〝言っていないんだ〟 私は。あなたもそんな言葉は言っていない。あなたの早とちり。
今ある現場は、あなたが招いた悲劇。
だから、私があなたから離れたのは「らしくない」と言った数日後。あなたが無視し続けたから、私はあなたを思って、もう無理なんだって感じて、別れた。それをあなたはまだ知らない。
別に、もう少しなら付き合えた。佐江月くんのような余熱じゃない。十分に熱はこもっていたんだ。なんなら、また火を生み出せるほどには。
その火をどうにか火種まで持っていけたのに、火を小さくできていたのに、あなたはまた近づいてきた。その火に空気を送り始めたんだ。あなたが勝手に。
――本当はね、りつと
「買ってきたよ」
――これ、お揃いだよ
「ん、じゃあ行こうか」
渡せるわけがない。その資格もあるわけじゃないんだ。
いらないキーホルダー、どうしようか。
「……うん」
ばかなんだ、君も私も。
それが、とても、とても苦しい。昔なんて忘れたいのに。
怒ってたのに、今日という日を楽しんでしまったもう一人の自分がいた。
※この作品は他サイトでも掲載しています。




