三、――ないキーホルダー
佐江月くんとの一件があってからバイトを辞めたこともあって、私はまた李月くんを見かけることが増えてしまった。なんでも、友達がいつも私の居場所がここら辺かも、で分かると言っているそうだ。そんなの嘘に決まっているのに。
やっぱりまだ、李月くんも賢くないみたいだ。誰だって連絡先くらいは持っている。それに気付かない李月くんは面白い人だ。
今もまた、あの友達に連れてこられて学校までやってきた。でも私は呼んでいない。どこにいるのか聞かれるから答えるだけ。
多分、今日は李月くんが来ようと思ったんだと思う。
いつもなら軽い会釈だけで終わるけど、少し嫌な予感がする。
「玉乃さん、三日ぶり」
ん……?
前回あったときは「香澄」で呼んできたのに、いきなり苗字で呼ぶようになってきた。少しというかだいぶ、違和感がある。
「別に香澄って呼んでもいいのに」
「いや、ケジメをつけたいと思って」
「ふーん」
李月くんは見ないうちに色々と変わった。身体的にも、性格的にも。
そう言った点ではらしくないと言えるけど、李月くんらしいと言えば、全てが李月くんらしい。
顔、身長、がたい、言葉遣い、性格、全てが違うようだけど、昔の李月くんも感じられる。
李月くんはよくコロコロと表情を変える。色んな表情があって、私は飽きない。そんな彼の観察が一番楽しかった。
今となればそれが全身にまで広がっている。つまりは、楽しみが増えてしまったというわけだ。
「ねえ佐江月くんと別れたって言ってから間もないのに、もう彼氏作ったの?」
「あー……彼氏ではないよ」
友達が私の背後から顔だけ覗かせた。
「へー、なかなかのイケメンじゃん」
「コロコロ表情が変わるし、変えれるから福笑いみたいだけどね。この人」
「ふっ福笑いって」
友達は鼻で笑いながら前に出てお辞儀した。
「私は古河 智花。よろしくね福笑いさん」
「おい、待て。か……玉乃さんのせいだからな」
言い淀むくらいなら香澄って言えばいいのに……
意地でも言わないつもりなのだろうか。
そのケジメって、必要なのかな……
「俺の名前はちゃんとある」
「ほう、どんな?」
「稲吹 李月だ。で」
「俺は船本 奏吾」
「うっす、俺は古江 維吹。別名、 〝震えろ、伊吹〟 だぜ!」
古江ろ、伊吹か……
「んでも香澄、これってなんの集まりなの?」
「おい! 俺らの自己紹介とボケは無視かよぉ!」
なんの集まりかなんて……
「智花、それは私が聞きたいよ」
「玉乃さんまでぇ!?」
大声をあげる古江さんを無視して、視線を李月くんに向けると、李月くんは一歩前に出た。
「俺、やっぱりまだ納得できてないんだ。無視しておいてまた近づくとか……本当に自分勝手で悪いと思ってる。何度も付きまとうようだけど、でも理由をちゃんと聞きたい。お願いできないかな」
「うーん……」
本気だ。 李月くんはたまに見せる本気の顔をしている。サッカー部に行く時もこの顔を見せる時があった。
「今は嫌」
そう言うほかない。知らせないつもりじゃない。でも、今はまだ言いたくない。
その理由は、私にもよく分からない。一つ言えることとしたら、まだやっぱり熱りが冷めていないんだと思う。
「じゃあ、いつ話してくれる?」
食い下がらないか……そうだよね。李月くんはそんな人じゃない。分かってるよ
「それなら今度、一度だけ遊びに行こうよ」
そう提案すると李月くんは困り顔を浮かべた。
「いやでも、玉乃さんはまだ……」
百も承知だよ……そんなこと
「そうだね……」
そうなんだよね……
まただ。またこうなるんだ。またそうやって、独断専行。だから嫌だったんだ。
「じゃあみんなで遊ぼ。李月くんもその予定だったんじゃないの? みんなを集めてるんだし」
「流石……だね」
李月くんは小恥ずかしそうに頭に手を置いて笑った。
おお……初めて見る仕草
「じゃあ、香澄! 今から映画見に行こうよ! 今上映中の映画、めっちゃ面白いの! アニメやってて、本当はアニメも見てほしんだけど、てか、原作が一番おもしろいんだけどね! 映画からでも全然見れるしさ! とにかく声優がね」
「分かった、分かった智花」
智花は興奮すると止まらない。今も目を輝かせて、まるで子供みたいだ。
「古河さん。それってさぁ、このアニメだったりする?」
古江さんは智花にスマホの画面を見せた。
「え! そうそう! 知ってるの!?」
「んなもん当ったりめーだろぉ!」
ここはお似合いだね……
二人して興奮している子供は置いておき、残った三人は顔を見合わせた。
この三人は落ち着いている人たちばかりだ。きっと静かで、知性のある話ができる。
この意味をこの三人は理解できているはずだ。
「あ、あー……俺も知ってる気がするわー……」
嘘でしょ……
船本さんは困り果てた顔を浮かべながら古江さんに近づいた。
「おいおいマジかよ奏吾! おめぇってやつはよ! さっさと映画館行くぞ!」
「レッツラ、ゴー!!」
船本さんは半ば強引に子供たちに腕を引っ張られていった。
つまり残ったのは二人、私と李月くんだ。
船本さんを間に挟んで、いい感じに仲介役をしてもらおうと思っていたのに、これじゃあ気まずくてしょうがない。
「どうする? 俺らも行くか?」
なんて真顔で李月くんは言うが、本心は騙せない。
「行きたいんでしょ?」
私がそう言うと李月くんはまた恥ずかしそうに下を向いた。
「……そうだよ」
素直になればいいのに……
久しぶりに二人横に並んで道を歩き始めた。とても変な感覚だ。
「なんか、変な気分だな」
「そうだね」
――でも、嬉しそうだね
李月くんは笑っている。多分、自分では気づいていない。気づけないと思う。これは無意識の領域の感情だ。俗にいう深層心理というものだろう。
だから、これが李月くんの今の本性だ。
でもやっぱり、自分を見せないな……
自分勝手すぎる李月くんに対して、怒りの熱りは冷めていない。少し呆れに近い感情すらある。
だけど、こうして二人きりで道を歩いていると、久しぶりの感情が心で動く。怒りはあるのに、どこか可愛いように思えたり、かっこよく思えたり、愛おしく思えてしまう。それが少し苦しい。
「そうなんだよなぁ! あんちゃん分かってるぅー」
「そりゃそうよ! 何回見たことか」
前は随分と騒がしいようだ。後ろの私たち二人とはまるで真反対。
智花が楽しそうにしているから私もいいけど、少しばかりは気を遣ってほしい。少なくとも船本さんと古江さんは事情を知っていて、私たちは小学校から同じだったんだから。
「あいつらは元気だな」
李月くんも、
「なんだか嬉しそうだね」
「まあそりゃ、話し相手が出来たから嬉しいんだろ。そんなもんだと思うけど」
自慢げにすまし顔で前の様子について喋る李月くんは本当にばかだ。
――分かってないな
「そうだね」
李月くんは本当に何も分かっていない。
だから、ちょっと悲しい。
だから、私は君が見えないんだ。
「来るぞぉ!」
「館内だぞ。静かにしろよ」
「わってるよぉ!」
「言った側から……」
映画館。 その中で私たちはやはり隣同士にさせられた。
本当になんで気まずいのが分からないのか、私には全く分からない。
古江さんはともかく、察しのいい智花か船本さんのどちらかは分かってくれると思っていたが、案外にも船本さんもこの映画に乗り気だったみたいで、途中から子供三人衆に成り果てていた。
まあ、仕方ないだろう。人間は苦よりも楽を見がちだ。
はぁ……
ため息まじりに隣を見ると、李月くんもこちらを見ていた。
「どうしたのため息ついて」
疲れ切っている私とは打って変わって真顔で、淡々と言葉を吐いてくる。
本気なの……? と問いたいくらいにはすまし顔だ。
「いや、なんでもないよ」
李月くんはなんとも思っていないのだろうか。前だって普通に接してきたし、最初の頃は私が怒っていたのもあって敬語で距離を取っていたのにも気づいていないかのよう。今も何も気にしていないような顔を浮かべて、何かには焦っている。
でもそれを見せない。本当に分からない。
「それならいいけど」
「うん」
気まずい……
そうしている間に映画は始まった。
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