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生命線上に独白の告発を  作者: 為世 斐文


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第3話「知ってるよ」

 あの日から何日が経過しただろう。俺はろくに飯も食べずに家に引き篭もるようになってしまった。

 分かっていた。なんとなく分かってはいた。香澄は、君はとても可愛くて、強くて、賢くて、優しくて、でも謎めいた深みがあって、モテるには素材ができすぎていることは、分かっていた。

 だから俺が付き合えたのも、夢のまた夢だったんだ。

 だけど、あんな顔……見たくなかった

 自動ドアが開いた瞬間に見えたあの笑顔。その眼差しは隣の男性に向けられた笑顔だった。俺もまだ見たことのないような綺麗な、穏やかな笑顔だった。

 〝負けた〟 なんて安っぽい言葉で今の俺が表せるわけがない。気分は地獄の底だ。一生、浮き上がる事が出来そうにない。

「李月、まだ出てこないのよ……」

「そうですか……これだけ、李月に渡しといて下さい」

「ありがとね」

「いえ、じゃあ失礼します」

 下からは友達の声が聞こえる。心配しているんだろう。そんな心配、今は向けられたくない。俺が最低な人間だと拍車をつけてしまう。死ねと、あの時香澄に言われた気がした。

 俺は何を間違えた……

 分かっている。そんなことは。



 街中の本屋で、偶然にもあなたにあってから少し日が経った。

「裕也、知ってる?」

「ん?」

「トリュッセンってお店のね、ケーキが美味しいの」

 またあなたの温もりを感じてしまった。

 早く忘れないと、私の感情がぐちゃぐちゃにされる。

「名前だけ聞いたことがあるよ」

「今度さ、裕也の誕生日に一緒に食べない?わた——」

「いいね。じゃあうちで用意しとくよ?」

「……うん」

 また、裕也は興奮している。何かに反応していそうだ。

 私の言葉を遮ってまで、ケーキが食べたいのだろうか。それとも、誕生日が楽しみなのだろうか。

 そんな楽観的なものではきっとない。もっと深い貪欲だ。

 用心したほうがいいのかな……

 あなたをちゃんと忘れたいのに、裕也がこんな調子じゃ気持ちが晴れ晴れとしない。

 あの日に見たあなたは、ひどく、やつれた顔をしていた。してやったなんて思えなかった。少し、心が痛んだ。

 もう一度、あの時のようにはなれないと思う。

 だけど、あんな態度を取ってしまったことだけは謝りたい。裕也はきっと反対するだろうけど、私は一度だけ、最後にあなたに会おうと思う。

 昔の情景を、今の光景から思い出してしまう。本来逆になるはずなのに、なんでなんだろうか。



 久しぶりに外に出た。

 俺の気持ちとは真逆の綺麗さを誇る空。夕映えに君の表情を思い出す。とても美しく、輝いて見えた。

 俺は……何に向かえばいいんだ

 その綺麗さは俺を殺した。

 気がつけば、足取りは君の家の近くにある公園に向かっていた。昔はよくここで待ち合わせをしたり、放課後にここで話しをしたものだ。

 最期に会いたかったなんてことはない。他意はない。

 どうせ、この時間には君は帰ってきていないだろうし、きっとまだ時間がかかるはずだ。

 少しだけ……

 俺は君の座っていた方のベンチに腰掛けた。

 香澄からは、どんな風景が見えていたんだろう……

 その景色に、俺は大層な違いを見出せなかった。

 なんだ、何も変わらないじゃないか……

 涙を押し殺し、拳を固く握りしめて立ち上がった時、誰かに肩を掴まれた。

 ん……?

 背後に首を向けようとすると、俺の視界はぐらついた。そして、頬に痛みが走った。血の味がする。多分、口内のどこかを切ってしまったようだ。

「お前、香澄の家の近くまで来て、何のようだよ!」

 殴ってきた犯人は、あの君の彼氏だった。後ろには慌てた様子で走ってきている君が見えた。

「何しにきたんだって聞いてんだ!」

 その彼氏に俺はまた、今度は腹を殴られた。

 痛い。苦しい。苦い。悲しい。虚しい。ネガティブの感情しか湧いてこない。

 怒りだとか、そんな気持ちが奮い立つ心はもう持ち合わせていない。

 なんで、なんでなんだよ……

 この男性は俺とは違って、ウルフカットのよく似合った高身長のイケメンだ。包容力とか、色々と俺は負けている気がする。

 やはり香澄も女の子。こういうかっこよくて包容力のある男性が好きなんだろうか。

 なんかもう、全てがどうでもいい。

 やはり、このまま死んでしまおう。

「裕也やめて!」

 俺と彼氏の間に、君は小さい体で立ちはだかった。こんなひょろひょろとした体でこの男性を止められるわけがないのに、勇敢だ。

「香澄、そいつストーカーだよ。絶対」

「違う……」

「じゃあなんで、あの日に本屋に居て、今日はここにも居るんだよ!」

「……偶然だよ」

 男性の怒鳴り声にビクついて、俺の方へと一歩下がってきた。

 やめてくれ……

「そいつ本当に顔見知りなのか?」

「そうだって言ってるでしょ」

 やめてくれよ……

「もういい! 警察に通報する。香澄、こっちに来い!」

「裕也!」

「もういいよ……」

 俺は彼氏を止めに行こうとする君の手を掴んだ。

 冷たかった。まるで氷を触っているように、冷たかった。

「香澄から手を離せ!」

「裕也、お願い。前にも話したでしょ?」

「でも!」

「私は大丈夫だから」

「でもそいつは……!」


「〝らしくないよ〟」


 え……

「は?」

 君は俺の手を引いて彼氏と少し距離を取った。

「それで、何か用事があったんですか」

 顔は合わない。視線も下に向けられて、俺が最期に見たかった顔なんかじゃない。

 でも、それは叶うはずもない夢物語。独白の告発で終わらせるのがお似合いだ。

「いや……特には」

 こうやって嘘を吐くことしか、君にできる罪滅ぼしはないんだ。

「じゃあ、ただ通りかかっただけなんですね?」

「まあ……そうだね」

 顔を上げた君は、あの時の苛立っている表情を見せた。それが俺に向けてなのか、あの彼氏に向けてなのか。俺には理解できた。どちらもの可能性があるが、一番大きいのはきっと彼氏の方だ。

「裕也にはそう伝えておきます。でも、その前に」

 君は少し和らいだ表情を浮かべた。

「前、本屋で会った時と、今の愚行を許してあげほしい。あと、私も感じが悪かったと思うので、すみませんでした」

 そう言って君は俺に頭を下げた。それに伴って、後ろで怒りの表情と何か変な感情をしていそうな彼氏が見えた。

「いや……元はと言えば、俺が君に迷惑をかけたんだ。謝られるほどのものではないよ……」

「そう……ですね。じゃあ、私はこれで」

「あ……」

 振り向きざまに見えた君は、どこか虚ろな目を浮かべていた。

「彼はどうするの……」

 あの時の、目だ。

 感情を全て呑み込まれる。無の感情にさせられる。そんな目。

「さあ……ね。このあと次第です」

「そっか……」

「じゃあね」

 その言葉に、安心した自分がいた。


 ――最低だ。


 家に連れてきても、裕也は落ち着かない様子で、ずっと苛立っている。

「裕也、お願い落ち着いて」

「無理だよ。香澄、君の身が危険に晒されているかもしれないんだよ?」

「そんなことないって」

「君の身体が危ないんだ」

「大丈夫」

 やっぱり、焦ってるね

 この人は何かを隠している。 何か負の感情がある。決しておもてに出してはいけないものだ。

「君が……君の身体が……」

おどおどと、目をぐるぐる回して、私の身体を見つめる。


 ――本当にらしくない。


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