第4話「知ってるよ2」
週明け、私が裕也と街中を歩いていたとの噂が学校で流れていた。当然、友達も私に尋ねてきた。
「付き合ってたの?」
そうだね……
「その言葉の選び方が一番、合ってるよ」
「え? ほんとに?」
「うん」
友達は羨ましそうな、でもどこか応援していそうな顔を浮かべた。
「また話し聞かせてね」
「うん。いずれね」
「やっばー、激アツ展開すぎるよー。それでー」
やっぱり、この友達は一度興奮すると止まらなくなるようだ。どんなデートをしているのかと、包み隠さず聞いてきた。
放課後、裕也がデートをしようと言ってきた。
私はここで全てを決めるつもりでいる。もうすでに私の心は冷めかけている。余熱で続けているようなものだ。
「香澄、〝俺の家〟でケーキ用意してるよ」
「ありがと。一緒に食べよ」
今日は裕也の誕生日だ。
でもどうせ、裕也はケーキなんて買っていない。
公園で香澄にあってから数日後、久しぶりに学校に登校した。
死のうなんて軽い気持ちを持っていたが、ちょっとだけ生きたい。彼の結末を知りたくなってしまったから。そんなゴミみたいな理由から、今は生きられている。
「でも本当に良かった。李月がまた学校に来てくれて」
「迷惑かけて本当にごめんな……」
「でも、もう大丈夫なのか?」
「ごめん。もう少し迷惑かけていいかな」
「馬鹿だなぁ、断る理由がねぇよ」
「ありがとう」
俺はあの日、彼がどうなるか。大体の結末は目に見えた。
あの顔を浮かべた香澄は、もう止まらない。
きっと、この一週間のうちに別れるのだろう。そこを狙って付き合う。なんてことは出来ないだろうが、ちょっとでも話がしたい。
香澄の気持ちを少しだけ、知りたい。それだけでいい。
「でもなんか、また胃がキリキリするんだよな……」
「お前、腹下しすぎだろ。乳製品摂るの一旦やめとけよ」
「いや、今日は食べてないんだよ。李月と会う前はそんなに痛くなかったのになぁ……」
俺と奏吾は目を合わせた。多分そうだ。また、俺が香澄に会うか、あの二人が衝突するかのどちらかだ。いや、どちらも起こるかもしれない。
「維吹、お前って本当にいいやつだよな」
「今だけは同感だ」
「え、なに? 俺そんなに信頼されてんの? 嬉しいなぁ。そんなに言われたらー、俺なんか奢っちゃうぞ!」
「頼む」
「……ええ? まあ、いいけど」
本当に、いいやつだ。
デート中、裕也はどことなく上の空を見ている。
わかりやすいところまで似なくてもいいのに……
「ねえ裕也」
「ん?」
「私……ここはあまり好きじゃない」
「え?」
「ごめんね。でも、ちょっと居たくないかなって」
「そ、そうなの?」
「うん。ごめんね」
「いや、いいよ」
でも案の定、裕也の狙いが狂い出した。きっとこのあと、何かある。
焦っている。モヤっとした感情を抱いている。目つきがいつもと違う。声色も変に軽い。笑顔がぎこちない。そわそわしている。
らしくない。本当に、らしくない。
維吹がさっきから道に迷っている。
いつもならすぐさま指さして「あっちだ!」と言ってくるのに。
「こっちの方は?」
「だから、俺は別に変なものの探知機じゃないって!」
「頼む維吹。もしかしたら、〝香澄〟が危ないかもしれない」
それを聞いた維吹は急に真剣な顔を浮かべた。
「分かった、そうなんだな。集中する」
「頼んだ」
時間が立つごとに、裕也の様子にもっと懐疑点が生まれてきた。
「裕也、ちょっと早いよ」
「ああ、ごめん」
歩くスピードが変だ。手を良く頭に置いている。そして首をよく掻いている。周りを見ずに一点だけを見ている。まるでそこに行きたいみたいに、まっすぐと。
「裕也、早い」
「ごめん」
余裕がなさそうに見える。言葉に暖かみも、優しさも、穏やかさも、静かさもない。
まるで、獣が狩りをしている時のように荒い。
言葉の向かう先がこちらではない。別の場所にあるみたいだ。
「裕也」
「ごめん」
ごめんしか言わない。会話がない。手汗がひどそうだ。
らしくない。
「これどうぞー」
ティッシュ配りの人が隣から話しかけてきた。
「いいです」
「ありがとうございます」
おかしい。絶対におかしい。
いつもなら上機嫌に私の分まで受け取っている。しかも感謝を忘れない。
今の裕也は裕也じゃない。
維吹がまた方向に狂い出した。
「こっちな気がする……あれ、こっちか? いや、あ、こっちだこっち」
「ほんとか?」
「……ごめん、ちょっとトイレ行ってもいいか?」
「お前さ……」
そんな様子に奏吾は苛立ちを隠せないようだった。
「いいよ。無理させるのは性に合わない」
「わりぃな、すぐ戻ってくるからよぉ」
俺も、少し余裕はなくなってきている。
頼む……早く、香澄に合わせてくれ
やっといつも通りの店にたどり着いた。
「裕也は何頼む?」
「俺は……」
判断が鈍い。いつもなら下調べでもしてるのかというほど早いのに。
「裕也、落ち着いて」
「え?」
「本当に、らしくないよ?」
「……それ、何?」
初めて突っかかってきた。聞いたこともない、低くて唸るような声だ。怒っている。誰でも直感で分かるほど、裕也は今怒っている。
でもそんなの私にはどうだっていい。
「いつもの裕也じゃない」
「らしくないの意味は分かってるよ! それを今言う必要というか……。な、なんで、今頃笑顔を見せないの? 服の好みも変わった?」
「笑えるものがないのに、笑えって言いたいの?」
「何、そんなに不満?」
「不満? ううん。満足してるよ?」
まるで分かっていない。
「いや、ごめん。なんか、違うよな……」
「うん」
気づいた……? やっぱり、李月くんとはちょっと違う?
「俺はこのステーキにしようかな。アイス一緒に食べようよ」
そう……あまり好きじゃない味だね
トイレに行ってからというもの、維吹の行く方向が定まってきた。
排便したら効果が強まるとでも言うんだろうか。
「多分、この飲食店に居たはずだぞ」
「今は?」
「また、離れてるな」
「冷静に考えたら、なんで分かんだよお前」
「お、俺にもわかんねぇよ」
「お前って、高身長以外にすごいとこあったんだな」
「いいから、早く行くぞ。多分、街中抜けようとしてるぞ、これは」
「了解」
夜道、もうすぐで夏に入る。でもまだ春だから夜は肌寒い。
「裕也、手が冷たいな」
「繋ごうか」
「うん」
やはり、手汗がすごいようだ。何かある。緊張というか、高ぶりというか、心の乱れを感じる。
私は、このまま着いていって平気だろうか。女の勘というか、危険サインを感じる。
ここらで落としとこう……たぶん、来てるだろうし
「ケーキ、本当に買ったの?」
「え?」
「何も相談受けてないなーって思って」
「あー、まかせて。絶対に気に入るから」
「分かった」
嘘だ。目が泳いだ。肩が上がった。少しだけだけど、手が離れた。それに比例して、手が熱くなっている。そして、ちょっと力が強くなっている。まるで私をどこかに引っ張るかのように。
「ねえ裕也」
「ん?」
「私たちまだキスもしてないよね」
「……ごめん。臆病だったかな」
違うよ……段階の話
「ううん。別にいいんだよ」
「そっか。今日する?」
早口で言う裕也に不信感が積もりに積もった私は足を止めた。
「香澄?」
だめだ。これ以上はだめだ。危ないと、言っている。李月くんなら、そう言って止める。
李月くんなら……?
「ちょっとさ、公園で話さない」
「え? でも寒いよ」
「私は平気」
「俺は寒いな……」
こんなにも手が熱いのに?
「じゃあ、上着貸してあげる」
黙ったね。黙ってまた少し私を引っ張ったね。本性だね。それが、佐江月くんの本性なんだね。
「分かった。行こうか」
「うん」
維吹に連れてこられて、街中を抜けて住宅街に入ってきた。
「ここら辺の公園とかじゃないか?」
「公園か」
「あ、あれは……」
俺の視界に見覚えのあるものが落ちていた。
「ん?」
それは、俺が香澄にあげたハンカチだった。
なんでもない日。一週間記念だなんて言って、背伸びをして少し高級なハンカチをあげた。そのハンカチだ。
「落とし物か? あとで届けるか?」
「そうだね。あとちょっとで届けられるよ」
「あーね」
なるほど……ご丁寧に何層にも折り曲げて、こんなのを隠してたのか
俺は少し先にある公園に歩いた。
「俺たち、ちょっと離れたところにいるからな!」
「おう。ありがとう二人とも」
「行ってこい」
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