一、交点 2
今回はちょっと長いです。
放課後。することもなく、人間観察もできるため、私は飲食店でバイトをしている。
正直今日バイトが入っていて助かった。最期の授業、まだ語り足りないと言わんばかりにそわそわしている友達と同じ教室で、授業が終わったと同時に席までやってきたのだ。
筆箱にシャーペンもろくにしまわないで、前の席の男子をどかすように陣取って、喋る気まんまんに私を見つめていた。
流石にあのまま聞かされては骨が折れると言ったものだ。
「お疲れ様です」
「おー玉乃さん、ちょうどよかった。面接の子来てるから通してあげて」
「あ、分かりました」
新しいバイト面接の人か……。どんな性格の人かな
少し浮かれた気分で向かうと、そこには高身長の男性が立っていた。
「バイト面接の方」
「あ、はい」
意気揚々と喋りかけた気持ちに、振り向いた男性の顔で一気に覚めた。
その顔に私は見覚えが合った。つい最近、どこかで見た顔だ。知っている顔となれば、別にそこまで人間観察もはかどらない。
えっと誰だっけ……
「あれ、玉乃さん。ここでバイトしていたんだね」
この落ち着いた喋り方。この微笑むような笑顔。万人受けしそうな顔を見て思い出した。
ああ、佐江月さんか……
私服姿だったから、いつもと違いすぎて気づかなかった。
「怪我はもう大丈夫?」
心配しているのか、また患部に手を伸ばしてきた。
そんなに触られても治るものじゃないし、逆に痛いというのに。
「はい。大丈夫ですよ」
でも頭の痛さよりももっと辛いことがある。
それは、また媚びへつらわないといけなくなってしまったことだ。
困ったな……
「本当にごめんね」
「いえ、お構いなく」
会話も続かず、気まずくなった私はささっさと裏に通して仕事に専念した。
佐江月さんは悪くない。でもあまり、いい気はしない。本当に出会って当初の元カレにそっくりだから。
今日は人が少ないな……
佐江月さんを裏に通してから、もう数十分が経過した。いつもなら混雑している職場なのだが、珍しく今日は人が少ない。
バイトに来た時間は夕方になったばかり。時間も相まって人が少ないことは分かるが、少ないときでも今日よりは人が来ていた。
店内を見渡す限りじゃ、まだちらほら仕事帰りだろうサラリーマンを見かけるくらいの客数だ。空席が目立つ。
これじゃあ人間観察ができない……
少しでもそばに寄って人を観察したい私は、ホールに回った。
大丈夫って言ったけど……やっぱり、まだ若干頭が痛い……
頭をさすると、少しだけ膨れていた。それを確認した私は怒りがまたぶり返してきた。
別に普通の男子にやられるならまだここまで怒らない。というか、多分本当に怒らないだろう。〝サッカー部〟がだめなのだ。
元カレもサッカー部。今は少しでも元カレを忘れたいから、色んな情報を遮断したい。
面倒くさいな、もう……
腹の居所が悪くなり、自然とテーブルを片付ける手つきも荒くなっていると、すぐ近くのテーブルから呼び出しがかかった。他の人は近くにいない。またとないチャンスだ。
この注文で一旦忘れようと足早に向かった。
よしっ……
「ご注文お決まりですか」
決まった。特大の営業スマイルだ。
「はい。あ……」
ええ……
注文を取りに行くと、その席には佐江月さんが座っていた。
私のお得意の営業スマイルはすぐさま剥がれ落ちていった。
なんでまた……
忘れようとしたのに、今一番会ってはいけない人だ。最悪なタイミングすぎる。
「ごめんね。ちょっと小腹が空いちゃって、嫌じゃない?」
「あーはい。別に気にしないで大丈夫ですよ」
いいから帰ってくれないかな……
心でそう思っても、私の心で少し別のことにも意識が回っていた。
「ならよかったよ。あまりバ先にクラスメイトが来るのは嫌って言うじゃん」
「あー……ですかね」
「あれ、もしかしてあまり思わない?」
「そうですね」
「そっか、それなら心から安心した。でも一応、ごめんね」
……心から
佐江月さんはいつもこうやってみんなに気を遣っているのだろうか。
不思議と、佐江月さんの微笑む顔を見ていると、元カレとはまた違った温かみを感じる。
「面接はもう終わったんですか?」
「うん。入ってすぐに明日から来いって言われたよ。これからよろしくね玉乃さん」
「はい。あ、ご注文伺います」
今日だけで、何回佐江月さんの口から「ごめんね」を聞いただろうか。
あり……かも?
次の日、バイトに行くと早速佐江月さんもやってきた。
「佐江月 裕也です。バイト初心者なんですけど、精一杯頑張ります。よろしくお願いします」
裕也……いい名前だね
世間への向き方もいい。声も落ち着いている。優しくて、責任感もありそうだ。
何より、世間一般的に見たらこの人はイケメンの部類。この人なら、色んな人物とも関わってきたことがありそうだ。
つまり、私との関わり方も前のデータから引っ張り出して、しっかりと考えてくれるかもしれない。
バイト終わり、私は佐江月さんを外食に誘った。佐江月さんは怪我のお詫びもしたいと、快く誘いに乗ってくれた。
「玉乃さんとさしで喋るのは初めてだね」
「そうですね」
歩道でも率先して車道側を歩く。話題の振り方や、声のトーンなんかも完璧だ。文句のつけどころがない。
「言い辛かったらいいんだけど、何で俺を誘ってくれたの?」
「何となくです」
「そうは見えないけど。そうだね、あまり聞かないでおくよ」
ふむ……
私の突き放すかのような言葉に狼狽えず、表情もさほど崩さない。そして言葉をいい感じに流してくれる。詮索するようなこともない。
私が今、とても必要としている人だ。
「また、誘ってもいいですか」
「え、まだご飯を食べてもいないよ」
そう言って笑う佐江月さんに、久しぶりに笑顔が溢れた。
「玉乃さんが笑っているところ初めて見た」
「そうですか?」
「うん。綺麗に笑うね。そんな綺麗な笑顔見たことないよ」
「そうですか」
ところどころに私を褒める言葉をおいている。やはり、世間への向き方も素晴らしいものがある。
離したくないと思った私は、佐江月さんと二人で休日に出かける予定を立てた。てっきり断ってくるかと思っていたが、佐江月さんもどこか乗り気のように感じた。
この人なら、元カレのことを上書きして、忘れさせてくれるかもしれない。
「お待たせしました」
「ん、俺も今来たところだよ」
休日の佐江月さんは、その高身長をふんだんに生かして、落ち着いているのにおしゃれな格好をしていた。バイト面接の時なんかよりもよっぽどおしゃれな格好だ。
一言目が凄い。そんな言葉になりそうなくらいには、私の好みドンピシャだった。
私も頑張っておしゃれをしてきたつもりだったが、その努力が薄く見えるほどだ。
久しぶりに緊張と、胸の高鳴りを感じた。今、私は恋をしている。
「じゃあ行こうか」
佐江月さんは私のことを本当に知らないのか疑うほど、私の好みそうな店や場所を選んではそこは絶対に外さず、それ以外でも静かで穏やかなスポットに連れて行ってくれた。通りでモテるわけだと、初めて痛感した。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、もう辺りも暗くなってきた。
「玉乃さん、帰りは電車かな」
「はい」
「じゃあ、そろそろ解散しようか」
「あ……最後に、あのお店に寄ってもいいですか」
「うん、玉乃さんが行きたいなら着いていくよ」
そう言って天女のように優しい顔で微笑む。本当に優しい人だ。
「今日はありがとうございました」
「そんなに畏まらないでよ。楽しめたならよかった」
「はい。最高でした」
「ふふっ、じゃあ玉乃さんさえよかったら、また遊ばない?」
「ぜひ、お願いします」
「じゃあ、また学校で」
「はい」
佐江月さんとはスムーズに言葉を交わせて、スムーズに事が進んでいく。これほどまでに完璧な人は初めて見た。
本当に、完璧だ。
別れてから幾日が経ったのだろうか。
「稲吹、元気出せよー」
「はぁーー…………」
香澄は、今何をしてるかな……
今頃はその事ばかりを考えてしまう。本当に好きだった。
振り回された感じもあるけど、表情も、声も、行動も、性格も、何もかもが好きだった。
だから俺はずっと深掘りして、仲を深めたいと思っていた。
君への迷惑を考えれていなかった自分が悪い。
でも贅沢を言わせてほしい。付き合えなくてもいい。またどこかで一度だけでも、面と向かって喋りたい。最初の頃に見せてくれたあの笑顔を、もう一度だけでも見せてくれたら諦めがつく。それだけ。
「アイスおごっからさぁー」
「トリュッセンで頼む……」
「ほんとに好きだなトリュッセン」
香澄が好きだったんだ……。俺も好きになったよ
デートを何回か繰り返し、私は佐江月さんいや、裕也と付き合い始めた。
「玉乃さん。俺も下の名前で呼んでもいいかな?」
「構わないよ」
「じゃあ、香澄って呼ぶね」
「うん」
敬語も抜けてきて、また今前に進んだところだ。
ゆっくりでいい。少しずつ、仲を深めていけたらそれでいい。
いや、その暖かさが心地いい。
また幾日に時間が追加されていった。
学校に行けど、部活に行けど、家に帰れど、何も楽しいことがない。日々が億劫だ。
君を失うとこんなにも世界が薄い色に見えることが、初めて分かった。
「稲吹、土曜遊びに行こうぜ!」
「……遠かったら行かない」
友達はいつだって元気だ。羨ましい限り。
「奏吾。稲吹これまだいじけてる感じ?」
「あんなけ好きだって言ってた玉乃さんと別れてんだから、当たり前だろ」
「まあそうだよなー」
「迷惑かけてごめんな……」
高校に入学してから、俺はまだあまり元気な姿を見せられていない。
もう別れてから二ヶ月ほどは経っていると言うのに、ずっと未練たらたらで馬鹿みたいだ。
「いいってお前は気にすんな」
「俺たちはぁ、友達だろ!」
「維吹、それ言いたいだけだろ」
「奏吾が怒った。ふるえろ維吹……」
「奏吾、聞いたか。元気になってるって。頼むよぉ、言葉責め結構くるんだよぉ……」
「お前はいつもうるさいんだよ。李月は真剣に悩んでるだろ」
「うっ……」
香澄のこと、早く忘れないとな……
土曜日、俺は友人に連れられて街中に遊びに来た。
「遊ぶぞー!」
「主役はお前じゃない」
「わぁってるよ」
香澄は、こんな場所には居ないわな……
自然と君を探してしまう。どこかに居ないかって探ってしまう。
でも知っている。君はこんな街中のうるさい場所は好きじゃなかったこと。だからここにはきっと居ない。
でも、俺のことだ。知らない君の一面もきっとあるんだろうな。
「おい、李月」
「ああ……悪い奏吾」
考え込んでいた俺を、奏吾は心配そうに見つめていた。
いつまで俺は友達に迷惑をかけるつもりなんだろうか。
「全く……。今日は全部俺らが奢るから。また俺らで遊ぼうぜ」
「そんな、」
「いいんだぜぇ。ただし、罰ゲームの稲吹呼びはもうやめていいか?」
「そんなんでいいなら」
「よっしゃ、堅苦しくて嫌だったんだよーこれ」
「もう絶対に後先考えてない言葉言うなよ」
「もう言わないよぉ……」
友達は二人とも優しい。
俺は今、愛されているんだ。何も君にだけ執着する必要はない。
「今日は、めいいっぱい遊ぼう」
「おう」
土曜日、今日も裕也とデート中。
「裕也、本見ていってもいい?」
「いいよ」
裕也とは上手くいっている。焦りも感じないし、何もかもが順調だ。本当に裕也は優しい。
たまには……
「裕也、この本さ。どうかな」
「ん、いいね。いかにも香澄が好きそうな本だね」
「うん、でしょ」
言おう。この人にはもう言える。
「裕也も一緒に読まない?」
「え?」
「どっちかの家に……行ったりしてさ」
少し裕也の側に寄ったが、鼓動が早すぎる。
この鼓動を聞かれてないだろうか。りんごみたいに赤くなった顔を見られていないだろうか。 見せられない表情になっていないだろうか。
「もちろんいいよ。俺の家近いし行く? すぐそこなんだよね」
ん……?
「あー、もうちょっと選んでからでもいい?」
「あ、うん。いいよ」
「ありがと」
少し、違和感を感じた。
私の趣味は人間観察だ。今まで見てきた人たちの傾向を見て、今の裕也は少し焦っていた。
いや、少し……
――興奮していた?
何か自己啓発の本とかも置いてあるかもしれないと、俺はまず本屋に寄ることにした。
「最初から本屋なんて、カラオケとかボーリングとかじゃねえの? 普通ってさぁ」
「悪いか」
弱みを見せるようで少し気恥ずかしい。
「いや、いいけどよぉ、その……なんか嫌な予感というか、変な感じがするんだよ。胃がムカムカする……」
維吹の勘はいつも当たる。本当に変な時は、何か察して感情を殺さずに伝えてくる。今回のもまさしくそれだ。
言い換えれば「本屋には入るな」ということだ。
でも……
「今日発売の人気な小説があるんだよ。それそんなにやばいやつなのか?」
今の俺には自己啓発の本も、今言った小説も必要だ。
現実逃避と、そのあとの行動の助け。どちらも俺にないと困る。もうこの二人に迷惑をかけたくもない。
「いや……なんか、今まで感じたことのない暗さしてるんだ……。俺も初めてだよ」
「じゃあお前の勘違いだろ。お前朝に牛乳とヨーグルトに、チーズもプリンも食べてきたんだろ? 腹痛とかじゃないのか?」
奏吾は俺の背中を押すように、維吹の言葉を否定した。
「あ……うん。奏吾、腹は痛い。結構。でも……」
「じゃあそれだろ」
何かを言いかけた維吹を丸めて、奏吾はまた俺の背中を押した。
きっと俺が何を買うのか気がついたんだと思う。
「そうだな。わりぃ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
でも嫌な予感か……
俺と奏吾はあまり気にしないように、本屋に入った。
「おお、すみませ……」
「ごめんなさ……」
その刹那、目の前に――がいた。
「え……」
「え……」
ほぼ同時に声が出た。
俺は会えたことが少し嬉しく思えた。でも君はどう思っているんだろうか。
「あれ、知り合い?」
あ……
「あ、えっと……ただの顔見知りだよ。早く行こ裕也」
「待って……」
顔を背けて歩き出した香澄の手を取った。咄嗟に取ってしまった。
隣に男性が歩いているのに、この行動は邪魔になることだって、もう一度迷惑をかけてしまうって分かっていたのに、俺は香澄の手を取ってしまった。
「自分は無視したくせに……」
香澄の鋭く尖った言葉が俺の胸を深く突き刺す。
「ごめん。でも……」
久しぶりに見る香澄は、俺の知っている服装じゃなかった。いや厳密に言うと、付き合いたての頃に着ていたようなおしゃれで、綺麗で、可愛い服だ。
俺は知っている。この香澄の感情を、この瞬間だけの香澄の気持ちを。
「いや、そっか……」
「離して……」
「おいお前……離せよ」
その会話だけ、その会話だけを交わして、俺は香澄の彼氏に手を振り解かれた。
香澄を掴んだ俺の手が離れた時、何か俺の中で一本の糸がプツッと切れた気がした。
「行こう香澄」
「うん」
それは俺の、最後の、
――生命線だった
「李月!」
俺は友達を置いて走った。
「あれ本当に顔見知り?」
「うん。でもちょっと、過去に色々とあってね……」
「こんな顔させるなんて、嫌なやつだな」
「そう……だね」
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