第24話「乖離点4」
終業式、私は智花に連れられてカラオケにやって来た。
「香澄さ、やっぱり稲吹さんの誕生日前日のデートでなんかあったんじゃないの?」
部屋に入るなり、マイクも取らずに智花は私の顔を伺った。
喋りたいけど、喋ると危ない。
でも、疲れた。
私はミュート中の稲吹くんの連絡先を映したスマホを机に置いて、ジュースを一口飲んだ。
「え……ん? 嫌いになったの?」
喋る気力もない私は、ただ黙って首を振った。
「嫌われた……?」
嫌われたってニュアンスでもないかな……
「元からだよ……」
小さく呟くと、智花は言葉を詰まらせた。
「……それは、ないと思うよ?」
「ううん。元から、稲吹くんは私の事が嫌いだった。好きだから近づいて来たんじゃない。私が降った理由を探しに来ただけだよ。私のことなんて好きでもなんでもない。ただの元カノで、別れた相手で、今は知人か友達の手前で止めてるだけで」
言葉を連ねる私の手を、智花が強く握った。
握られるまで、私の手は強く震えていた。
「そうじゃないでしょ」
智花は顔を背ける私に、強い念を込めて見つめてくる。
「違わない……」
「香澄」
「じゃあなんで……!!」
私はまた、智花に怒鳴ってしまっていた。
優しさが辛かったのもそうだ。でも、単純にそう思わせてくれないのが嫌だった。
もう向き合う力を失ったのに、それでも頑張ってほしいと誠意を込めて詰め寄ってくる智花に、心が苦しくなった。
「分かるよ……前、電話で言ってたもんね。そこまで深く考えてることだって気づけなくてごめんね……。映画の時誘っちゃってごめん……ずっと後悔してた。映画見に行くのが楽しみで、そこまで考えを回してなかったの……」
智花は珍しく涙を浮かべた。
「……映画の時にそれが誤解だって思って、またくっついてくれたらいいなって軽い気持ちで思ってたの……」
誤解……
「誤解なわけないじゃん……。事実でしょ? 事実なの……! それでいい。それがいいの……!」
智花は下唇を噛みながら、俯いて顔をそむけた。
まるで、心の中で私に絶望を描いたように見えた。
――違うよ
違わない……!
「私はもう“稲吹くん”と関わらないし、向こうもそれを望むはず。私はあくまでも稲吹くんのことも考えて――」
「それって本当に稲吹さんの事考えられてるの……?」
――ないよね。聞いてないじゃん
うるさい……!
「違う……違う……違う……! 考えてるよ!」
「香澄……逃げないで、話をしてみようよ」
智花が私の肩を持って、決意を持った目を浮かべた。
これで全てを決めようと思っているのだろう。
ここで私が拒絶したら、きっと智花はもうこの件には関わらない。
いや――関わってくれない。
「わ……や……」
二極化する脳内で、了承を求める声と否定を求める声で別れる。
言葉が出ず、ただただ発作的に息を吸う音だけが響く。
「落ち着いて……いいんだよ。冷静になろう?」
智花がジュースの入ったコップを私に渡した。
決められない心が泣き叫ぶ。
智花からコップを受け取って、喉の痛みを消し去るようにジュースを飲み込んだ。
とても冷たくて、美味しい。
「話、一回だけでもしてあげたら」
私はまた喋る気力がなくなって、ただ黙って頷いた。
「じゃあさ、ここに呼んでもいい?」
「え……」
「もともと、古江達から遊びに誘われてるの。実はね」
そう言ってにこやかに私の鼻を押した智花は、いつも通りの明るい智花だった。
「香澄――決断は変わる前にするのがいいよ」
そう言われて、私はまた首を縦に振るだけしか反応できなかった。
今日はもうクリスマスか……
終業式も終わって、俺は二人を残して学校を帰った。
今は一人で居たい。いつ玉乃さんとの記憶がよみがえってくるかも分からないから。
このキーホルダーも……捨てないといけないのか……
二度目の水族館で買ったキーホルダーを外す最中、スマホが鳴った。
なんだよ……
やさぐれた気持ちで無視すると、またスマホが鳴った。
「はぁ……」
仕方なくスマホを手に取ると、そこには信じられない画面が映っていた。
「は?」
とっさにその言葉が先走るほどには信じられなかった。
「智花……ほんとに変なこと送ってない?」
「うん。大丈夫だよ」
智花が勝手に稲吹くんのメールに私のスマホから連絡を送った。
スマホを返してくれないから何を送ったのかは分からない。でも智花の事だ。きっと誇張はしているのだろう。
うーん……
やっぱりまだ話したくない。
だいぶ落ち着いては来たけど、対面に来ることを考えると嫌に思う。
「私ちょっとトイレ行ってくるね」
「あ……うん」
智花は私のスマホを持ったまま、ジュースを飲みすぎたのかトイレに行ってしまった。
第一、何を話せばいいだろう。「スマホを落として返信できなかった」なんてことは別に関係ない。
でも「降ったわけじゃないの」なんてことは言えないし、「まだ仲良くしたい……付き合いたい」なんてことも言えるわけじゃない。
うう……考えてるとお腹痛くなってきた……
一度新鮮な空気を吸おうとドアを開けると、誰かとぶつかってしまった。
「ああ、すみませ……」
「ごめんなさ……」
そこには――稲吹くんがいた。
「え……」
「あ……」
ほぼ同タイミングで、困惑の声と逃げ出したい声が重なった。
私は顔を見れず、部屋に引き返した。
「玉乃さん……!」
稲吹くんは私の手を取った。
……あったかい
「ここ……だから」
「あ、うん……」
ぎこちない声を出すと、稲吹くんもぎこちない声で返事をしてきた。
その様子がちょっと心の緊張を緩めた。
「玉乃さん……俺の事、嫌いになったんじゃないの?」
席について早々に、稲吹くんはそう言って手を後頭部に添えて俯いた。
智花……なんて送ったのかな……
それが分からなければ、話ができない。
でも、それはそこまで重要じゃないってことも分かっている。
分かっている。ただこの現場から逃げたいだけだっていうことは。
「……ない、よ」
小声で言うと、稲吹くんは顔を上げた。
「じゃあ……話をしたいって、金輪際関わらないってことじゃなくて、嫌いって話でもなくて、別の話ってこと?」
話がしたいなんて……思ってはいるけど……
智花の送った文章が垣間見えてきた。
「うん……」
「それは……既読がつかなかったことに理由があったりする?」
「そうだね……」
そこまで話すと、稲吹くんは小さく溜息を吐いた。
「あのさ……あ、いや何でもないや……」
ん……?
「ごめん、忘れて」
「うん……」
何を言いたかったのだろうか。
「スマホが壊れてたの……」
「あー……やっぱりそうなんだ」
あれ……腑に落ちてない?
しっかりとした回答をしたつもりだったが、稲吹くんはどこか納得のいっていない顔を浮かべている。
あ、そっか……
「みんな既読ついたこと……知ってるの?」
「……うん」
「ごめん……なさい」
「あ、いや……いいよ。今、こうやって喋れてるならさ。気にしてないから」
でも悲しそうに笑う。
私はまた稲吹くんに傷をつけてしまった。
「ごめん……ごめん…………ごめん……」
私は泣くつもりなんてなかったし、それで許されるつもりもないのに、涙が止まらなかった。
「あ……責めてない。俺、責めてないから。だ、大丈夫。ほら」
そう言って焦りの表情の中、稲吹くんは笑みを浮かべた。そのせいで逆に怖い顔になっていることなんて知りもしないで。
でも私は、その顔と行動を見て、涙が収まった。
「泣いたりしてごめん……」
「いやいや……こちらこそ、ごめん。本当に責めてないから」
「……うん」
そうだったね……
私はいつしかの考えを忘れていたようだ。
――あなたは、あなたらしいんだ
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