第23話「乖離点3」
「李月、元気出せよー」
「はぁーーーー………………」
「デジャブだなぁ」
次の日の放課後になっても玉乃さんから既読すらつかない。
やっぱり完全に嫌われたんだろう。俺がまた何かしてしまったのだろう。
「まだ既読すらついてないんだよ……」
「え、まだ?」
「維吹、お前は少しは気を遣え」
「え、でもまだ既読ついてないのはやばいだろ」
そうだよな……
「でも、スマホ壊れたとかある話しじゃねぇか?」
スマホが壊れて……か
「違ったらどう責任取るんだ」
「試してみるか?」
「お前な!」
もしあの時の笑顔が本物だったんなら。遊びに誘ってもくれて、遊びの誘いにも乗ってくれたことが本音だったって言うんなら。一縷の望みにかけてもいいだろう。
「いや奏吾、やってみる価値はあるかもしれない」
「李月……」
「既読ついてもいい。やってみてくれ」
どうなったっていい。これで既読がついたっていい。俺は、信じている。
きっと維吹の言う通り、スマホが壊れたとかだろう。
きっとそうに違いない。
「李月ぃ……」
維吹が分かりやすく申し訳なさそうに顔を青ざめた。
「……分かった。ちょっと、ごめん。俺先帰るわ」
「李月……」
そんな……
私の思っていた悪寒が当たってしまった。まさか稲吹くんからまたメールが来ているとは思っていなかった。
しかも昨日の朝に来たメッセージだ。ほぼ二日も未読無視状態になっていた。
でも、いつも通りの挨拶からの定型文。話がしたいと書いてある。そこには温かみを感じない。
だからと言ってこの状況を稲吹くんにどう思われただろう。向こうは私が嫌いになったなどと勘違いしてしまったんじゃないだろうか。
私はもう一度距離を取ろうと考えただけで、別に嫌いになったわけじゃない。
どうしよう……
スマホに急いで謝りの返事の文章を入れる。
……いや落ち着いて私
元から、稲吹くんはそんなに好意を向けてきたりなんてしてこなかった。
おしゃれはしていたけど、それは単に高校に上がったから挑戦してみていただけだろう。誕生日に遊びに乗ってきたのもやっぱり、降った理由を聞きにきただけ。
稲吹くんの誕生日の日だって全部私の行きたい場所みたいだった。それで私の機嫌をとって、話を聞き出そうと考えていたんじゃないだろうか。
なによりも私の誕生日のとき、稲吹くんは私の前で実演した。私がどれほどのことをやってきたのか。それがどれほどの苦しみを生むかを、稲吹くんは私に知って欲しかったんだ。
やっぱりあれは「俺も諦めはついた」「俺もこんなところは嫌いだった」なんて、私の誕生日に合わせてやってきたんじゃないだろうか。今までの鬱憤などを返すように。
だからいつも送られてくる言葉は冷たい定型文ばかりで、話がしたいという言葉しか出さないんだ。
私がどれだけ思っても、向こうは振り向くことは決してない。
それなら一層、このまま離れるのが正解なんじゃないだろうか。そもそも、この関係を続けるのがいけなかった。
ストーカーの一件がなければ、そこからの遊ぶ約束がなければ、きっと私はまだ自分を見直していない。稲吹くんが全部悪いって決めつけていたはずだ。本来、この気持ちを知ることはなかった。
一度私たちは別れている。私たちは一度関係を終わらせた。だから、本来は会ってはいけない人間だったんだ。節度を保った行動をとらなくちゃ、いけなかったんだ。
「権利は別になくはないんじゃない?」いいや、違う。私に権利はない。私にそんな言葉を言う資格はない。
だって謝ってないんだもん。いくら優しい稲吹くんも、怒るよね。
――さようならがお似合いだよ
降った理由を聞きにくるだけの関係なんて、前に分かりきったことだ。
苦しいだけ。だから、元に戻すだけ。もう会わないのが、一番いい。
いつまでも稲吹くんの優しさに甘えてはだめだ。いい加減、私も自立しなければいけない。
謝りの文を消して、そっとスマホの電源を落とした。
くそっ……なんで俺は君に大切なことを伝えられないんだ……!
二人を置いて、俺は学校を飛び出した。行先なんてない。
こんなに苦しくなるのなら、会おうなんて思わなければよかった。
あの本屋で玉乃さんを見つけたあの日、俺は君に触れるべきじゃなかった。君の線をもう一度握るべきじゃなかった。
でも俺が何をしたんだよ……! 全部、君のために動いてきた……! 俺の何がいけなかったんだよ……でもごめん……俺が悪いんだよな……
苦しみから解放されたい心と、君をずっと見ておきたい自分がごちゃまぜになってまともに歩けない。
「はぁ……」
電柱に手を添えて立ち止まった。
俺って……弱いな
また、俺の中で生命線が切れた気がした。
「なんか今頃元気ないね。もう明日が終業式なのに。分かってる? 明日から冬休みだよ香澄」
「元気だよ。冬休み、楽しみだね」
もうクリスマスイブ。
結局、稲吹くんの連絡先の通知をオフにしてピン留めを外しただけにしてしまった。ブロックと消去ができないのは、私の悪いところだろう。
でも消去してしまえば、私の中にある生命線がきっと切れてしまう。だから、形だけでも残したかった。
きっと、これが正しい。
本当に会うべきじゃなかったんだ。好きになるべきじゃなかったんだ。
世界では何万ものカップルが日々別れている。私もその一員になっただけ。
――りつ、何食べる?
違う……正しい、正しいよ……?
「何かあったら言ってよ。私、香澄にひどいことしちゃったのに何もできてないんだから」
「うん。ありがと……」
でも別れるなんて、最悪なクリスマスプレゼントだ。
「な、なあ」
「うわ、むさ苦しい奴らが来た」
こんなプレゼントいらない……
悲しい、辛い、苦しい、苦すぎる。こんなのクリスマスにそぐわない不格好なケーキだ。
「た、玉乃さんってクリスマス用事ある?」
クラスの男子が群がってきた。大体が運動部の連中だ。
「うわ、私もいるのに」
「いいだろ別に」
クリスマスに用事か……
「……ないよ」
「え、まじで?」
「ちょっと香澄!?」
智花はそう答える私を驚いた様子で見つめた。
そんな用事は作れない。もう、私たちは会うことができない。許されない。
あの頃の線はもう、捨てないといけない。
「じゃあ俺らとどっかで遊ぼうぜ」
遊ぶ……
新しい恋を探す。佐江月くんを彼氏にした時みたいに? それがいいんだろう、きっと。
――りつ、お待たせ! 今日は寒いねー
「……やだ」
「やだって、なんで泣いてるの?」
なんで、なんで思い出すの……私のばか……!
「うわこいつら香澄を泣かせた!!」
みんなが悪いみたいになっちゃうじゃん……
「ええ、ごめんって!」
違う、私が全て悪いのに……
――また会いたい
「違う……」
「お前ら、何泣かせてんだよ」
佐江月さん……
私に群がる野次馬を、佐江月さんが一蹴し始めた。
「お、俺じゃねぇし! こいつだって」
「はぁ?」
「どうでもいいから、あんま見んな」
みんなに迷惑をかけて、佐江月さんを巻き込んで、智花も、古江さんも船橋さんにも、両親にも心配をかけた。
本当に最低だよ……
「香澄……ちょっと移動しよ」
『玉乃さん、ちょっと場所変えよう。あいつらうざいでしょ』
智花の言葉が稲吹くんの言葉と重なる。
――りつー!
私はそんなの望んでない……わけないよ……でも前に進まなくちゃ……これは間違いなの?
「分かんないよぉ……」
「香澄……」
涙が溢れる。会いたい。その気持ちだけが一人歩きする。どこにも行く宛がないのに、私を置いて歩いていく。
考えすぎだろうか。間違いだろうか。正解だろうか。
私は、どうしたいんだろうか。答えは明白だ。付き合いたい。またりつって呼びたい。手を繋ぎたい。今度はちゃんとキスだってする。謝る。ちゃんと向き合って、またゆっくりと進む。
でも会えない。会っちゃいけない。
「どの問題が分からないの? 俺が教えてあげるよ!」
「お前は全教科赤点ギリギリだろ!」
「お前だって平均点なくせによ!」
「お前らさぁ……」
「は、はい!」
「玉乃さん泣いてるんだぞ? 黙っててくれない?」
「は、はいぃぃぃ!!」
――私は、何がしたいの?
あれからもう四日過ぎた。もう一度だけ玉乃さんに連絡を送ってみたがやっぱり既読はつかなかった。
完全に嫌われたな……
俺の誕生日前日、あの最後のデートで俺がちゃんとしていればよかったのだろう。
思えば後悔ばかりが募っていく。あの時に行動していればってことばかり。そんなことばかりだから、きっと玉乃さんは愛想をつかしたんだ。
最初にも玉乃さんは言っていた「別に香澄って呼べばいいのに」と。
あそこから全て始まっていたんじゃないだろうか。俺とまた仲良くできるかどうかの判断は。
俺がちゃんと試合に呼ばなかったから。俺が佐江月に勝てなかったから。俺が不甲斐ないせいで、その権利を無くされたんじゃなかろうか。
最悪なクリスマスだ。
今頃、玉乃さんは誰かとまた笑っているのだろうか。
「玉乃さんごめん……」
ああまた、俺は香澄って呼べないんだな……
その資格がなくなったんだな。
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