第17話「私 too 私3」
季節の節目、私はひとりで公園のベンチに座っていた。冬の風は寒くて、頭を冷やすのにはうってつけだ。
水族館に行ったあの日、偽りの私がヒートアップして全てを終わらせてしまった。
イルカショーに行って、お揃いのキーホルダーを買って、手を繋いで、笑顔で語らって。
最悪だ。
あれは私なんかじゃない。私はもっと依存しなくても生きていられる存在だった。
もう一度付き合いたいと、偽りの私はそう言った。
ふざけるな。ずっと甘えてきて、突き放したくなって突き放したんだろ? 全て自分の自業自得、りつは何も悪くない。悪いのは〝お前〟じゃないか。
今までなんとか耐えてきたものを軽々しく行動して、あんな雰囲気の中、温かいりつの温もりに触れたら〝私〟まで付き合いたくなってしまう。理性が自制できなくなってしまう。
偽りの私が、優しいりつによって生み出されていく。
りつと付き合う前、私はあんなに傲慢な人間じゃなかった。まるでりつだけが悪いかのような事を匂わせることもしなかった。
一人で全て卒なくこなして、一人でなんだって出来ていた。生きるのも、私一人で充分だって本気で考えていた。
なのに、昔にりつは私の手を取った。
初めて一人だけじゃない、みんなに責任が生じるような係りを任されたとき、一回目にして少し失敗をしてしまった。
みんな助けようともしなかったくせに、私一人の責任にして、嘲笑って、貶して、私をたたきたい放題だった。そんな時に、りつだけは笑顔で私に寄り添ってきたんだ。
「大丈夫? 俺も手伝うよ」なんて、柔らかい言葉で、私の冷えていた心を温めた。それに私は、縋ってしまったんだ。
どれだけ甘えても、りつは笑顔で許してくれた。それどころか、自分が悪いなんてことをよく私に喋った。だから私のりつに対しての防御策はすぐに崩れていったんだ。
人に甘えることができない分、りつに対しては必要以上に甘えて、傲慢な自分が成り上がった。それが〝偽りの私〟。
その時の感情を、今の状況で出してはいけない。だって付き合ってないんだから。
誰も「別れよう」なんて言ってない? そんなの関係ないんだ。今、実際に別れている状況なのだから、どうであれ別れているという事実に変わりない。
今度からはもっと厳しくしないと、またいつ私が私でなくなるか分からない。
やっぱり、一人で冷気に触れていれば、冷静になれる。
よしっ……
遠い太陽の光を浴びながら背伸びをして、私は家に帰った。
「智花、おはよ」
「あ、香澄! おはよう。あれ、キーホルダーまた買ってるじゃん」
新しいキーホルダーをつけて登校すると、智花がすぐに食いついてきた。
「そうなんだー。かわいいでしょ」
過ぎてしまったことは仕方ない。
「いいなー。どうせ、稲吹さんと行ったんでしょ」
いたずらに笑う智花の鼻を押して、私は複雑な心の周りをセメントで固めた。
「うん。まあ、成り行きで」
「え、てことは……」
「違うよ」
「えーまたまたー、付き合ったんじゃないのー?」
「ほんとに……違うの。あまり、言わないで……」
「あ、香澄ごめん……」
偽りの私の生命力は、アスファルトを突き破る花のように強いみたいだ。
タングステンで固めないといけないかな……
不意に涙が一粒、机に零れ落ちた。
違う……これも偽りの私だよ
「香澄、ごめん。話し聞くよ」
「私の問題だから大丈夫」
笑顔を繕ったのに、また涙が零れ落ちる。
違う、こんな醜い私、私じゃない! 信じさせないで! 見せないで……! ……私は一人でもいい。りつみたいな彼氏なんて必要ない。わかってよ……!
「香澄……いったん、保健室行こ?」
涙が、雨のように零れ落ちる。
醜い……
「香澄、何があったの?」
私の涙が落ち着いたころ、智花はゆっくりと話しかけてきた。
言えない。言ってしまえば、全てが崩れてしまう。
こんなにも弱いのかって、醜いのかって、嘲笑される。
それは恋だよって諭される。偽りの私も〝私〟だって言われる。
認めたくない。私とりつはもう付き合ってないんだ。別れている。今はただ、友達感覚で「こんな場所行ったよね」と、軽い気持ちで遊んでるだけ。
いや、別れた理由を二人で探してるだけ。
「香澄、ゆっくりでいいから……吐き出していいよ」
智花は私を包み込んだ。
まるで、りつみたいに。
そう感じてしまった私の目からまた、大粒の涙があふれだしてしまった。
「違うの……私、違う……」
「うん。うん……」
結局、私は智花に思っていること全てをぶちまけた。
智花はそれを優しく受け止めて、反論もせず、ただただ頷いて聞いてくれた。
「香澄、それが恋だって気づいてるんだもんね」
「うん……」
「えらいね」
智花は私の頭を撫でた。
「私、そこまで人の事考えれたことないや」
智花は少しとげとげした表情を浮かべた。
「認めたくないけど、認めたい。前に進みたいけど、進んでいいか分からないか……。香澄はさ」
智花は優しい笑顔で私を見つめた。
「稲吹さんとまた付き合ってもいいよって、私から言われても深く、深く悩みこんじゃうでしょ」
それは……
「あ、責めてるわけじゃないし、悲しいとかって思ってるわけじゃなくてね」
「よかった……」
「ふふっ、でもちょっと〝嫉妬〟しちゃうな」
「え……」
智花は私の肩をもって、体を引き寄せた。
「こんなけ稲吹さんに愛されてる香澄にも、香澄がそれだけ愛してる稲吹さんにも」
智花は私と全く違った考えを持っている。
私は自分のことを最悪の人間だと、そう思っていた。でも智花は、むしろ「えらい」と今の醜い私を誉めた。
こんな甘えてばかりで、傲慢に相手に怒って、突き放して別れてしまったのに、未練たらたらで、全て相手が悪いなんて考えを持ってしまっていたのに、それでも智花は「嫉妬する」と、まるで今の状況を欲しがっているようにも言った。
「私は……そんないい人じゃない」
「えー……それなら、私友達やめてる」
そう言われた瞬間、私の思いが浄化された気分がした。でも同時に、負けた気分というか、ここで終われないと、変に奮起する自分もいた。
「悪い人なら、今からでも私は突き放すけど……香澄は、そんな人じゃないから、無理そう」
「違う! 私は悪い人。りつは何も悪くないのに、全部りつが悪いって本気で思ってた……悪いのは私のほうなのに! 全部、全部りつが包むから……」
智花は穏やかに微笑んで、まるでりつのように、私の言葉を包み込んだ。
それに私はまた、罪悪感という重しで体を押しつぶされた。
「智花まで私を包み込まないでよ!」
気づいたら怒鳴っていた。
智花は驚いた表情の中、笑った。
それはまるで、りつが最後に見せた表情のようだった。
「ごめ……」
「いい、いいんだよ」
「ごめん……ちがう、私……」
「大丈夫だって」
「ごめんなさい……」
心が抉れる。本来言いたくなんてない。
なんでこんな言葉を言ってしまうんだろう。
「智花……」
「うん」
智花はまた、私を抱きしめた。
「香澄は、背伸びしすぎだね。流石につま先から疲れが全身に回っちゃったんじゃない?」
「何言ってるの……」
「比喩だよ」
一言そういって智花は私の頭を撫でた。
「香澄は、精一杯やってるよ。えらい、えらい。私怒ってなんていないから」
智花の優しさに、また私は涙があふれた。
「きっと、吐き出したかったんだね。香澄は」
優しさが心を苦しめるけど、やっぱり心地がいいと感じる私もいる。
「自分を愛せるようになったら、きっと稲吹さんとも上手くいくよ。私、いつまでも二人の事は応援してるから」
「うん……」
「話してくれてありがとう」
「うん……」
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