第13話「“りつ”って呼びたいから3」
「稲吹、アップしとけ」
「はい!」
正直、玉乃さんがベンチにやってきた時は驚いた。
しかも俺をまた試合に出せと、あの顔だけは怖いで有名な顧問に直談判するなんて思わなかった。
こんなの少し浮かれてしまう。
でも、俺はこのもらった時間であの佐江月を抜いてみせる。きっと玉乃さんのことだ、俺の悔しさに気付いたんだ。
この勝負、絶対に勝ちにいく。なんとしてでも。
「二十一番と交代」
「稲吹! 点数獲ってこい!」
「はい!」
チームメイトの期待を胸に、俺の期待を、玉乃さんの期待を胸に、俺はもう一度グラウンドへ足を踏み入れた。
まず見るのは佐江月の位置。あいつはやっぱり強い。
前後半、どちらもフルで出ているのにまるで疲れが見えない。正直言って今の俺が勝てる相手じゃないかもしれない。
身長も足りないしフィジカルも足りない。足捌きではギリギリ優位に立てていても、読みがとにかく早い。
圧倒的に勝てるところと言ったら、足の速さだけだ。そこを狙うしかない。
佐江月をなんとか左右に振って、ボールを一度前に蹴る。それをディフェンスに取られないようにして、かわすしか方法がない。
きた……!
佐江月を前に、俺はフェイントをかけた。だがやはり佐江月はフェイントが効かない。完全に読まれている。
パスしようにも、俺の意地がそうさせない。
ここは右だ……いや、左か?
判断が鈍る。まるで佐江月が俺にフェイントをかけているみたいだ。
こんなの初めて経験する。多分、先生の言うとおり、先輩でも佐江月を突破するのは容易ではない。
やむおえない……
俺は左に走り込んできた先輩にボールを渡した。
「俺は抜けないか? 稲吹」
「いいや、抜ける。でも、今じゃなくていい。あとで抜いてやるよ」
「ふっ、出来っこないね」
くそ……なめやがって!
佐江月はトップスピードで先輩からボールを奪って、俺に向かってドリブルを仕掛けた。
ディフェンスなら、元々やっていた。さすがにボールは取れる。
「甘い、稲吹!」
その刹那、俺はボールを股に通された。
サッカーでは股抜きする相手は、もうほぼ相手ではないと言っているのと同じことだ。
それだけ相手に見抜かれている。動き方、身体能力、観察力、瞬発力、もろもろ全てが相手よりも疎っている。
負けだ。ここから一回抜けたとしても、股抜きに優るものじゃない。
「勝ったな」
ディフェンスが本職の相手に、ドリブルでも負けた。完敗だと思わざるを得ない。
「稲吹、慌てんな。守備に戻るぞ」
俺は先輩の声でまた動き始めた。
でも、体が重かった。
あっという間に試合終了のホイッスルが鳴った。
結果は四対二。俺らの高校が試合には勝った。
でも結局、佐江月に勝つことは出来なかった。
みんなから期待のルーキーだと言われ、先生にも、玉乃さんにも背中を押されたのに、決定機を作れても佐江月に全て止められる。
相手の守備圏内は全て、佐江月のテリトリーだった。完全敗北だ。
先輩たちはみんな喜んでいる。俺も喜んではいるが、どこか負けた気分がした。
試合後、私はもう一度李月くんの場所へ向かった。
「負けてなんていないよ」「私は李月くんの方が強いと思ったよ」そんな言葉をかけて上げられるわけがないのに、私はそれでも李月くんの場所へと向かった。
「それじゃあ、まずはお疲れ様でした。今日の試合。とてもよかったと思います」
顧問が話をしている最中、ちらっと現れた私にみんなが視線を向けた。
あ……しまった
「まあ、試合出てるやつは知らんだろうけど途中にね、惚気を見せられて怒ってた奴もいると、思うんですが」
みんなの視線が私から李月くんの方へと向いた。
「まあ稲吹。お前は一年なのによく頑張ったな。惜しいとこも沢山あった。辛かったこともあるだろうけど、ここまで出来るとは思っていなかった。それはきっとみんなも思っていることだ。誇っていい。お前がいたから相手の九番は思うように動けてなかった。正直、助かった」
――そうだよ。だからそんな悲しそうな、悔しそうな顔をするのはやめて
私の心の声はやはりうるさい。
「まあ、ちょうど玉乃さんも来てるみたいだし、一旦ベンチを捌けるのと、休息も大事だ。話しはまあ、あとにしよう。また校門付近で集まれよ」
気を遣われて、みんなが私の方を向き始めた。
「やっぱめっちゃ可愛くね」
「羨ましいー」
そんな言葉が飛んでくる。私はそれが少し嫌で隠れた。すると、後ろには佐江月くんが立っていた。
「やっぱりこっちに居るんだね」
ちょっと怖かった。
きっとそんなことはしない。でも、どこか殴られたりしないかって思ってしまう自分がいる。
私がなんて言葉を返そうかと思っていると、李月くんもやってきた。
「佐江月……正直、完敗だよ」
「だろうな。玉乃さんはもらってくぞ」
――りつ、私は……
「……そうだな」
――いいんだ、それで
「……行ってくるね」
「うん……」
試合には負けた。だが、俺はあいつに勝った。だからもう一度、玉乃さんを呼んだ。
「玉乃さんのお陰で心をいれかえれました。だから、もう一度付き合ってください」
俺の言葉に玉乃さんは笑わなかった。笑みを浮かべてくれなかった。
「……お願いできないかな」
勝ったんだ。俺は、あいつにプレーでは勝った。
左手の自由と代償にストーカーをも捕まえた。
この万全とはいえない状態で、俺はあいつに勝ったんだ。あんなヘタレとは違う。
なのに、なんで香澄はこんな表情を浮かべるんだ。
「……私は、あなたと付き合うつもりはないです。ごめんなさい」
完全に振られた。なんで俺が負けるんだ。意味がわからない。
「そうかよ……そんなにあいつが好きかよ……あんなヘタレのことが、好きかよ!」
「そうやって、また自分を悪に貶めるのはやめて。ストーカーがいるから守ってくれてたんでしょ? ずっとそれを伝えようとしてくれてたんでしょ? 今日の戦いもあったのに……」
なんで……なんでそこまで分かってくれているのに……
「なんで……」
「ごめんなさい……。私は断ることしかできない」
分かってる。どうやっても玉乃さんは俺を慰めちゃいけないことくらい。
でも、今日くらいはいいじゃないか……俺は、こんなにも君を想っているのに……!
こんなのあんまりだ。
また佐江月さんから告白された。
あの時の佐江月さんではない、顔が大層赤くなっていたし敬語だった。多分、本当の恋を知ったんだと思う。
本当の恋を知って、良い緊張の仕方をした。あれが本当の裕也。それが分かってくれただけでもいい。
きっと付き合ったら今度こそ、私のことを考えてくれる。自分の欲望に走ることはない。自分を失って、獣と化すことはない。
だけど、私は付き合わない。どんな気持ちで私の前に現れてきやがったんだって、怒りすら湧いていた。
ストーカーから助けてはくれたけど、私はまだ若干怖かった。やっぱり、一番最初の方はストーカー紛いなことをしていたんじゃないかって、深層心理で思ってしまっているから。
そして何より、付き合ってた頃の佐江月くんが復活してしまったら、私はまたトラウマを思い出してしまう。
その時に李月くんにまた迷惑をかけるのは絶対に嫌だ。
今の私は、李月くんを中心に考えているから、誰とも付き合えないんだ。
「さえゆう、どうだったの」
「……だめだったからここにいるんだよ」
「そっか……」
翠はいつも俺の隣にいる。
俺は最低な人間なのに。
周りの人は綺麗だ。何にも左右されやしない。自惚もしない。俺とは正反対だ。
あいつもそう見えた時があった。
それがとても、
――悔しい
俺は負けた。
試合には勝ったけど、佐江月のやろうに一対一で負けた。
あいつのフィジカル、瞬発力、着眼点、発想力、全てが羨ましく思えた。俺もあいつのようなプレーをしたい。少しでも追いつきたい。
きっと立場が逆なら俺は試合にも、強奪戦にも負かされた。ストーカーを見抜いたのも佐江月だ。
それが今とても、
――悔しい
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