第12話「“りつ”って呼びたいから2」
そこから一時間ほど過ぎたとき、試合開始のホイッスルがグラウンドを駆け巡った。一斉にみんなが動き出す。
ボールを巧みに扱い、パス、パス、ドリブル、パス、取られたら守備と、初心者ながら、誰一人として無駄な動きが見えないように感じる。
これは一回戦目だが、そうでもない人が二人見える。李月くんと佐江月くん。
二人だけ明らかに一対一を仕掛けている。まるで私に見ておけとでも言わんばかりだ。
「きゃーかっこいいー!」
「だろぅ!」
「流石俺らの李月だよ」
「あ、私佐江月くんファンなんで」
「な、なにぃー!!」
「誰だそいつ、浮気か古河さん」
「最初から一筋よ」
やはりここの三人は子供だ。私の隣でずっとはしゃいでいる。
どうやらストーカーの一件で、智花の中の佐江月くん像はすっかり元に戻ったらしい。むしろ今までよりも悪化しているようにも見える。
やれやれ……
でもそれよりも私は、やはり見にきてと言われなかったことの方が辛い。
確かに私はサッカーになんて興味はないし、観戦する気なんてさらさらない。
現に一時間も待たされて、応援くらいしかすることはなく、応援したところで喉が痛くなる。自販機も遠いし、秋とはいえ日差しは強いし、周りもうるさい。何も得することがない。しかも、時間つぶしでスマホを触るのもなんだか気が引ける。
でも、それは結構昔の自分。
今はそんな興味のないものでも、あの二人がいるから興味あるものへと変わっている。
言われなくてもわかる。私をかけた勝負をしていることくらい。私もそんなに馬鹿じゃない。
なのに、私には見せないつもりでいるなんて、何を信じろと言うのだろう。しかも、どちらかの応援もさせてくれないのは、普通に傷つく。
李月くんもそうだけど、佐江月くんも何か一言くらい言って欲しかった。
「李月の方がうめぇし! 負けんな李月!!」
「でもまだ一回も抜けてないじゃん!」
「これから抜くんだよ。李月はいつも分析から入るんだ」
一つの動作がチームの勝敗を分かつゲーム。
私にはそんな責任重大なことをする強さはない。だから素直にすごいと思う。
なんでそんなに他人に頼れるのかも、信頼を置けるのかも分からない。私なら試合中のチームメイトの顔を見て、素振りを見て、いろんな感情を読み過ぎて萎えてくるだろう。
でもきっと、今動いている人たちはそれを超えた信頼関係を持っている。きっと、いい関係なんだろう。
「玉乃さん」
「はい?」
李月くんを追う目を船本さんの手が遮断した。
「李月、連絡してなかったって聞きました」
「そうですよ。連絡してくれればよかったんですけどね」
少し怒りを表すと船本さんは笑った。
「ごめんなさい。やっぱりそう思いますよね。俺たち、ちゃんと言ったんですけどね」
「言った?」
「はい。玉乃さんも絶対に呼ぶべきだって」
友達にも言われたのに呼ばなかった……
私の鬱憤はまた積もった。
「でもあいつ、玉乃さんを呼ぶとそっちに集中してしまいそうで、調子が狂うかもって言ってました」
私に集中……
「多分、あいつも色んなことをあいつなりに考えてるんです。だからあまり責めないでほしいと言うか……」
船本さんはいい人だ。
「多分、まだあいつ玉乃さんのこと忘れられてないんだと思います」
「そう……分かった」
忘れられてない……か
船本さんの話しは私へも突き刺さった。
忘れられてない。そんなの知っている。忘れられるわけがないんだ。あんな曖昧な終わり方をしたんだから。
私だってまだ好きなんだ。佐江月くんと付き合っても、その気持ちは変わらなかった。
なんとか忘れようとしても、掘られた穴にすっぽり合うのはやっぱり元々あったものだけ。佐江月くんじゃ埋められるものじゃない。
四角の穴に、丸を入れたようなもの。誤魔化すことはできていない。
でも、だから私はここに来た。やっぱり私はあなたがまだ気になるから来たんだ。
「頑張れ、りつ……!」
ボールを持った李月くんに、咄嗟に私はそう言葉が出ていた。
前半が終わり、スコアは一対二で李月くんの高校がリードしている。
このままいけば、私の高校は負けても李月くんの高校が勝つ。
でもまだ、李月くんは佐江月くんの守備を抜けられていない。きっと勝ちよりも価値のあるそれが出来ていないのは、李月くんとしては嫌に思っているだろう。
でも、後半のチームメンバーに李月くんはいなかった。
「李月くんは……?」
私がそう呟くと古江さんがこっちを向いた。
「李月、前半だけ出るんだぜ。あいつよく頑張ってたな。一年なのにスタメンとかすげぇよ!」
前半だけ出る……それじゃあ李月くんは負けで、また悲しむ……
私は走った。
智花が李月くんの高校の顧問を唸らせることが出来たんだ。私も話をすれば、きっと少しは分かってくれるはずだ。
「え、ちょっと香澄!」
「気にしなくていいよ」
「次はここから――」
「あの……!」
私は李月くんのいる場所まできた。
確かに怖そうな先生だ。しかも誰だと睨んでくる生徒もいる。
「可愛いくね。誰の彼女?」
「でもうちの高校にあんな子いたか?」
なんて言う人も、驚いている李月くんも横目に、私はがむしゃらに顧問の先生に話しかけた。
「どうやってここに入ってきたのかな。ここは関係者以外立ち入っちゃダメだよ」
「お願いします。李月くんをもう一度だけ出させてあげてください!」
顧問の先生の言葉を無視して、私は深く頭を下げた。
十分でも五分間だけでもいい。最後に少しだけ、佐江月くんとの勝負を見たい。このままで終わるなんて、李月くんは絶対に後悔する。
「もしかして、君が玉乃さん?」
顧問の先生は頭を下げ続ける私の名前を出して話しかけてきた。
「え、あ……はい」
驚いて曖昧に答えると顧問の先生は笑った。
「稲吹から聞いてるよ」
聞いて……なにを?
「でも、出させてあげようとかは言えない。早く上に上がりなさい」
「でも……」
食い下がらずにむしろ一歩前に出ると、顧問の先生は真顔からいきなり口角を突き上げた。
「お前ら、こりゃ断れないってもんだよな!」
顧問の先生は選手の方に向いて大声で笑った。
「こんな美人さんが――」
「先生、静かにしないとまた怒られますよ」
そう一人の女子生徒に注意された先生はきりっとした顔つきに戻って、また私の方を向き直した。
「何を知ってるか分からんけど、稲吹はまた試合に出す。あの九番と相性がいいようだしな」
多分、それは佐江月くんのことだ。
「本当ですか?」
「ああ。後半も後半の方だけどな。今の状況を見ると、あの九番を止めておけるのは李月くらいだろう。それに、点数が今一点しか離れていないからな、勝てる相手だ。できるだけ点数は稼ぎたい」
よかった……
「まあ、安心したなら帰りなさい。マネジャーってのも一応空いて――」
「先生?」
さっきの女子生徒から頭に手を置かれた顧問の先生はまた急にキリっとした顔付きに戻った。
「いや、冗談だよ」
「はぁ……」
女子生徒は溜息を吐きながら先生の頭頂をぐりぐりとし始めた。
「花? 痛いって。ま、玉乃さん。そういうことだから」
「あ、はい。お騒がせしました」
「いいえ。早く応援に回りな。警備員に捕まったら出禁になっちゃうぞ? なんて、いたたたた……!」
「は、はい。失礼します」
いい先生でよかった。
いや、これも全て李月くんの偉業だ。本当に李月くんはすごい人だ。
ちょっとだけ話しが出来るかもと思っていたが、チームメイトから李月くんは総攻めされており、それどころではなさそうだった。
ベンチに戻ると、私も三人から質問攻めされた。
試合展開は一対三。このままいけば李月くんの高校は勝利を手にするだろう。
李月くんも、きっと活躍する。
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