第11話「”りつ”って呼びたいから」
もう来週が県大会か……
「裕也、さっさとアップすんぞ」
「すぐ行きます」
この試合、あいついるんだな……稲吹 李月。この前の暴行、全て返してやる……!
香澄のストーカーを捕まえたあの日、俺は選手権がなくなったと思った。何せ左手が半分以上ざっくりと切られたんだ。よっぽど磨がれた刃物だったんだろう。
骨の内部の神経すら剥き出しで、血も止まらず、何かの肉か脂肪かも見えていた。今でも痛む。
あの日からもう一ヶ月ほど経っていると言うのに、あまり自由に動いてはくれない。
でも、今左手があるのも奇跡だ。正直、感謝はしたくないが、止血してくれたおかげだと、簡単な処置をしてくれたおかげだと医者から言われた。
あの時アドレナリンで動けていたが、人体には逆らえずにすぐに眠ってしまった。
そのあとの処置はどんなことをしてくれたかなんて知らない。
知らないからこそ俺は、顎をサッカーボールみたく蹴られたことへの恨みは忘れなんぞしない。
キーホルダーについていたGPSを取ったのも、ストーカーを突き止めて捕まえたのもこの俺だ。俺が結果的に香澄を救ったんだ。
確かに、GPSを取ったときはちょっと誤解を生む嫌なやつだったけど、今はもう違う。
だから、俺は県大会でもあいつに勝って、そしてもう一度だけ香澄に告白する。
前までの俺はクズだった。顔がいいからってなんでも許されると思っていた。元カノがそうだったから、絶対に香澄も睡眠薬なんてなしで家に来ると思っていた。
だけど、それは違った。香澄はやんわりと、優しく俺を断った。その優しさと強さに俺は、心打たれた。
最初は可愛いから彼女にしたいくらいにしか思っていなかった。でも、違った。彼女は優しくて、強くて、賢くて、俺を変えてくれた。俺の全てだ。
絶対に俺は香澄を彼女にする。香澄のために体の一部を犠牲にできないようなあんなヘタレの稲吹とは違うと、見せつけてやる。
「ねえ、さえゆう聞いてる?」
「ん、ごめん」
「だから、水持ってきたよって」
「ああ……ありがとう」
「ん。集中しなよ。そっちのが……」
「そっちのが何?」
「なんでもない……」
この吉森 翠ってやつはなんなんだ……
俺が香澄と別れたって話しを聞いてからすぐに、サッカー部のマネージャーになったかと思うと、俺にばっかり話しかけてくるようになった。
よくわからん人だな……
もう来週が県大会。
俺は佐江月の一件の時の分まで取り返すように、練習を重ねた。
近所の公園でも走り込みと、ボールタッチを欠かさなかった。いくら筋肉痛になろうが、足を攣ろうが、お構いなしに努力を重ねた。
絶対に佐江月には負けない。
第一回戦。相手校の選手名簿に一人だけ同学年の一年がいた。それが佐江月だった。こんなの運命だとしか言いようがない。
もし、仮に優勝できなかったとしても、俺は絶対に佐江月にだけは勝つ。このままいいところを全てあいつが掻っ攫っていくことは、それだけは絶対に許せない。
佐江月は中盤のプレイヤー。あの身長から考えて守備から前線への供給が主な役だと思う。
俺は左ウイング。ポジション的にも都合がいい。ドリブルを仕掛けて、木っ端微塵に抜いてやる。
「やってやる……!」
それで、俺は玉乃さんとまた、話す機会を作るんだ。
今頃、周りの人が焦り始めているのを感じる。
部活動の人たちだ。きっと何か大会があるのだろう。あまり知らないが、きっと大きいものだ。
「香澄、そういえば応援行くよね」
「え?」
智花はさも当たり前の話のように私に会話を降ってきた。
「え、なんの話?」
「え、稲吹さんから連絡来てないの?」
「え?」
あまりにも普通の顔をして言う智花に私は、モヤッとした黒い感情を抱いた。
「ちょっと詳しく教えて」
「う、うん。分かった」
あ、しまった……
珍しい私の怒りの表情にか、智花は少し驚いている。
「私のとこには、来週に県大会があるんだけど私たちの高校と一回戦目であたるってことと、古江たちが呼んで欲しいって言ってきたって。どうも観戦仲間がいてほしいらしいよ」
智花のスマホを見ると、確かにそう来ていた。しかも二日も前だ。
順々に伝えていて後になったなんてこともない。確実に私には伝えていない。伝えることを避けている。
「え、まさか連絡来てないの?」
「……うん」
「ええ……本件は絶対に香澄の方でしょ」
静かにツッコんだ智花の言葉が私の胸を突き刺した。
私も正直に言って、そう思う。
なんで私には連絡してこないのか、全く理解ができない。私は一度も嫌なんて言っていない。
まただ。悲しくなる。やはり私たちはうやむやの延長線上にいる。線を手放せないでいる。
「私もそれ見に行く」
「あ、うん。そうだよね」
不機嫌に言うと智花は頭を撫でてきた。たぶん慰めのつもりなんだろう。
むかつく……なんで言わないの
そして晴れ晴れしない心のまま一週間が過ぎていった。
今日の試合は、どうやら私の高校のグラウンドが使われるらしい。
つまりいつもみたいに高校に行けば、李月くんは自ずとこちらにやってくる。
その時に一発だけ殴るつもりでいる。 でも痛くないように背中にしよう。プレーに支障をきたされては、私のせいにされては困る。
そうしてもやもやした気持ちで学校に行くと、ちょうど李月くんもやってきていた。
自信満々な顔だ。私はその顔に今までの色んな感情が上乗せされていった。
「あれ、玉乃さん? 何か用事でもあるの?」
こちらに気づくや否や、白を切る李月くんに私は無言で近づいた。殴るために。でも背中はバッグで守られていた。
「ばか」
私は唯一出ていた肩を軽く殴った。
「いて……。どうした?」
「なんでもない。私はあなたを応援するから。それだけ」
「そう……ありがとう」
嬉しそうじゃん……
また積もり積もる鬱憤は、私を李月くんから遠ざけた。
「じゃ」
「お、おう……」
私はいそいそと観戦用のベンチへ走った。
笑顔で会話をするんなら、私を最初から呼べばいいのに。そんなに嬉しそうにするなら、最初から来てくれって言ったらいいのに。
本当に、悲しくなる。
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