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生命線上に独白の告発を  作者: 為世 斐文


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第10話「――ないキーホルダー4」

 少しして落ち着いた私は、玄関近くに立ち止まりたくなくて、自室に戻ってから現状について説明した。李月くんは分かりやすく怒っていた。

「俺がどうにかする。絶対にどうにかするから、もう……泣くなよ」

 李月くんはティッシュで優しく私の涙を拭った。

「確かに、道中で佐江月っぽいやつはさっき見た」

「え……」

 震えた。李月くんが近くに居てくれているのに、私は体が小刻みに震えた。

「ちょっと話つけてくるけど……一人じゃ心細いよな」

 そんな様子を見てか、李月くんもどこか昔のような顔を見せた。

 そして李月くんは初めて、私の心の内を打ち当てた。

「行かないで……」

 そう言ってしまった私に、李月くんは本当に優しい目をした。

「そうだよな……」

 視線をずらした李月くんは何かを発見したのか、目を見開いた。

「玉乃さん……あのぬいぐるみまだ持ってたの」

「あ……うん」

 李月くんの言うぬいぐるみとは、私の誕生日にクレーンゲームで李月くんが取ってくれたぬいぐるみだ。

 捨てるはずもない。捨てたくもなかった。大事な思い出だから、まだ消したくはなかった。


『あと千円。あと千円のうちに取るから』

――あわてなくて大丈夫だよ

『おしー……、次でとる。行ける気がする』

――ほんと? お金大事だよ

『あ、みろ、ほらくるぞ』

――お、おお、

『え、これって取った判定になるのかな』

――ふふ、どうだろうね。聞いてみようか


『これやるよ』


 なんで、こんな時に出てくるかな……

「これ、俺だと思ってとか出来ないしキモイよな……」

 李月くんはまた出てきた私の涙をティッシュで拭った。

 あの時の李月くんははっちゃけていた。ずっと笑顔で、ずっと喋ってて、ずっと私を笑わせようとしていた。それがちょっと苦しかったんだ。

 〝あなたはあなたらしくいていいんだよ〟って、ずっと思っていた。

「絶対に十分後には戻ってくる。この条件じゃ駄目か」

 李月くんはまた優しい目を浮かべた。でもどこか決意があって、意気揚々としている。この表情の時、絶対に約束は守る人だ。

 私は知っている。クレーンゲームのあの時と一緒。運も味方につけてこなしちゃうんだ。この人は。

「分かった……絶対に帰ってきて」

「まかせろ」

 そうして李月くんは家を走るように出ていった。

 最後にちらっと見えた顔は怒りに染まっていた。

 きっと大丈夫。李月くんがなんとかしてくれるはずだ。

 私はぬいぐるみを抱きしめて、布団にくるまった。



 佐江月のやろう……絶対に許さない!

 県大会のための練習の最中、学校にまで来て古河さんが伝えてきた。早く玉乃さんの場所まで行ってあげて、と。

 その必死さと言ったら、強面の顧問と、頑固な顧問どちらも唸らせるほどだった。

 だから俺は顧問の先生と先輩たちに丁重に謝ってすぐに向かった。何も言ってくれなかったが、多分急を要する一大事だったんだろう。

 その予想は当たっていた。家に行くとボロボロで泣き続けている玉乃さんがいた。

 説明を聞くと、俺は居ても立ってもいられないほどに、玉乃さんに飛び火が行きそうな勢いで、怒りの感情が爆発した。

 あの夜、俺はしっかりと伝えたはずだ。玉乃さんがなんで「らしくない」と言ってきたのか。これからの行動は何をしたらいいのか。ちゃんと謝って、別れを受け止めて、次に活かすしか道はない、と。

 俺はしっかりとそう伝えて、佐江月もその言葉に耳を貸して頷いていた。

 しかも、あの時に玉乃さんは犯罪を犯した佐江月を許したんだ。

 その恩もあるというのに、今、佐江月は完全にストーカーと化して、かつて好きだった玉乃さんを困らせている。

 しかも、俺の県大会を賭けた練習の時間と、チームメイトや顧問の信頼までも失わせた。この恨みは強い。

 いやがったな……!

 俺は佐江月に向かって一直線に走った。

 その佐江月は一点だけを見ている。その方向はやはり、玉乃さんの家だ。しかも随分と仲が良かったのか、玉乃さんの部屋の窓を見ているようにも見えた。

 俺はいろんな怒りが込み上げて、走った勢いのまま、足で佐江月の顎を蹴り上げた。佐江月はその間、俺に見向きもしないでじっと、ただ何かの動きを待っていた。

 この野郎は許さない……!

 佐江月は顎を抑えて立ち上がった。

「稲吹、お前か……」

 今気づきましたよと言わんばかりに、手を軽く上にあげて普通に会話を始めようとしていた。

 こいつまじかよ……

 俺は怒りを通り越して、呆れの境地に至った。

「なあ稲吹、今頃ずっと香澄を付けてるやつがいるんだよ……お前も来てくれたんだよな」

 その言葉を喋った佐江月を、俺は人権すらも疑った。

「ん? ああ。俺は一回見たんだ。なんだ、お前は見てなかったのか。さっきもいたんだよ。見失ったけど……前と同じようなキーホルダー持って、前のはGPS取れてよかったけど……付け替えようとしてるんだろうな……あいつ完全なストーカーだよ」

「それはてめぇだろ!!」

 佐江月に殴りかかった俺に、佐江月は目線だけを動かした。

「痛えな……もう、お前に対して怒るのはやめたのに……また怒りが込み上がってくるじゃないか……」

 佐江月は意味のわからない言葉を連ねて、立ち上がった。そしてその汚え面を上げた瞬間、佐江月は身構えた。

「おい稲吹。お前の言いたいことも分かる。けど、後ろを見た方がいい」

「なんだ、挑発して俺を殴りたいのか? つくづく、お前はゴミだな!!」

 俺がそう叫ぶと、佐江月は何も聞いていなかったのかのように、玉乃さんの家に向かって走り出した。

「おい待て!」

 横を通ろうとする佐江月の腕を持つと、佐江月は初めて俺を睨んだ。その目は俺を萎縮させた。

「香澄が危ないんだぞ!」

 佐江月は俺の鼓膜を破壊する勢いで、耳元でそう叫んだ。

 こいつ……!!

「お前さっきから何が言いたいんだよ! まるでお前以外にストーカーがいるみたいな言葉並べて!」

 俺も叫び返すと、佐江月は目にも止まらない早さで俺を殴った。

 その時、一瞬見えた。玉乃さんの家の前に、誰かが立っていた。

「これで見えたか!」

 佐江月は怒鳴って、地面に倒れた俺の前に立った。

「はっ、あいつがお前の言うストーカーだとでも言うのか?」

「そうだって言ってるだろ! ……って、あいつ⁉」

 俺が睨み返すと、佐江月はすでに走り出していた。

 くそっ……やっちまった!

 急いで追いかけると、佐江月は玉乃さんの家の前にいた男を取り押さえていた。

「お前まだ話は終わってねぇぞ……!!」

「は、離せ! ぼ、僕の玉乃ちゃん! 僕の玉乃ちゃんがぁ! お前、殺してやる! 呪ってやる! あの子は僕に笑顔を向けてくれたんだ! 僕の商品が可愛いと褒めてくれたんだ! 僕が玉乃ちゃんを守るんだー!!」

 は……?

 その光景に俺は、足がすくんだ。佐江月が言っていた男は本当にストーカーだった。

「何ボケっとしてんだ稲吹! さっさと警察を呼べ! 逃げられるぞ! 話はあとだ!!」

 俺は言われるがまま、スマホを取り出して警察に電話した。

 その時、取り押さえている男の手にナイフのような、何か鋭利なものを持っているのが見えた。俺は言葉を発するよりも先に、行動していた。

「離れろ佐江月!!」

「すでに知ってるさ! でも、逃げられるだろ!!」

 そう言ってすぐに、佐江月は手を甲の方から切られた。

「ぐあっ……っぁぁあ!!」

 それでも佐江月は声を張り上げながら、男の後頭部に頭突きを入れた。

 その瞬間、カランッとナイフが道に落ちた。俺の心でも何か、落ちていった。

 玉乃さんの家の前にいた男の動きは止まった。俺の心の動きも止まった。

「いてぇ……くそっ……! 警察には通報したんだよな稲吹!」

「もうした……もうしたよ……」

 俺はその言葉だけを発して、止血にしか思考が回らなかった。


 気づけば男は警察に連行され、佐江月は救急車で搬送されていった。

 残ったのは玉乃さんの家で立ちすくむ俺だけだった。

 十分……過ぎたな……

 そう思いながら俺は電話をかけて玉乃さんの家に入った。



 李月くんから事の顛末を聞いた。

 まさか佐江月くんが私を守ろうとしていたなんて思っていなかった。 そして真のストーカーはナイフとチンアナゴのキーホルダーを持っていたと知った。

 多分、ストーカーの真犯人は、水族館の店に居た人だ。

 もし私が李月くんを家にあげる時、会えた事の安心感に浸っていたら、それで鍵を閉めるのが遅れでもしていたら、もしかしたら最悪のストーリーになっていたかもしれない。

 あの日、家に戻ってきた李月くんはどこか虚ろな目をしていた。佐江月くんの血を手と服にべっとりとつけて、涙で滲んでいた。きっと私を落ち着かせるのに苦労したと思う。

 佐江月くんの手が眼の前で切られたんだ。見たくもないものを見てしまったはずだ。しかも、佐江月くんは悪くなくて、別にストーカーがいた。

 怒りに任せて走っていった李月くんの感情は、深い闇の中に落ちてしまったかもしれない。

 それなのに、その後には電話で私を安心させ、説明と共に、血で怯える私を落ち着かせてくれもした。

 本当に、疲れたと思う。全て、私が招いたことだ。

 前に李月くんは私に言った。「君は本当に何も悪くないよ」と。

 私はその時に思った。

 「そう……」としか言えなかったけど、本当に悪いのは私だ。

 今回の件も、別れた件も、全て私が悪い。

 二度も、いやそれ以上に私は、私の好きな人を傷つけてしまったんだ。

 こんな私は恥ずべきで、人間失格だ。


 ――ごめんなさい


 虚空に発した言葉はどこに届くでもなくて、ただ私の喉を締め付けただけだった。

※この作品は他サイトでも掲載しています。

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