第128話 ダンジョン踏破の代償
バスクのダンジョンは弧月が350階を突破したが、まだ先はあった。巷では400階が最下層ではないかと噂されている。未だ踏破されていないベルリナのダンジョンの最深到達階層記録は478階層で500階が最下層ではないかと予想されている。バスクのスタンピードは過去のベルリナのスタンピードに次ぐ規模とされているので、最下層は400階層ではないかという安易な予想だ。
弧月はSSランクに恥じぬ勢いでダンジョンを攻略しつつあり350階層突破に要した期間は1年とちょっと。350階層を超えた今は攻略速度は落ちているものの、2年を待たずに400階に到達できるとみられている。
内情を知っているオレたちから見てもその見解は概ね正しい。350階層以降ともなれば魔物の強さ、悪意に満ちた罠、複雑かつ、広大な構造などでどうしても足は鈍る…が、そんな深層でもレイラとキャロルが大いに活躍している。レイラの気配察知は奴隷王により範囲は倍になっただけでなく、隠密系のスキルを看破できるようになった。ダンジョンでの魔物との遭遇タイミングのコントロールに一役買っている。キャロルの罠師にも奴隷王の恩恵があるのか、罠の看破、解除、宝箱の解錠にミスはない。レイラとキャロルを貸し出しているので、当然ながら弧月から報酬をもらうわけで、ここのところウチのパーティメンバーの装備が充実しつつある。つまるところ弧月のおこぼれにあずかっている形だ。
レイラは刀身にモヤがかかり、間合いが読みずらい短剣、魔剣「朧」を装備。
そして足音を小さくする無音のブーツを履いている。
キャロルは黒猫魔導士の服を着ている。ネコ耳フードが可愛らしくキャロルによく似合う服なのだが、その見た目とは裏腹に闇魔法の強化っぷりがエグい。闇魔法の威力2倍、消費魔力半減である。
フローラは精霊法衣を作った。顕現したアグニ様に、アグニ様が祝福した装備を作りたいと相談したら、ついでにシルフィにも祝福してもらおうと言い出して火属性無効、風属性無効の法衣が完成した。さすがに火と水の祝福は火と共存できないということでアクア様の祝福はない。
レベッカは身体強化が向上する魔剣、剛力の剣を、盾は魔法をも弾くアイギスの盾を装備している。
ミリアはヒヒイロカネの剣を装備している。何らかの特殊効果が付与されていればとんでもない価値になる剣なのだが、素材がヒヒイロカネなだけの頑丈な剣である。万人にとっては残念な剣ではあるが、聖気を扱うミリアにとっては好都合だった。余計な力が付与されてないので存分に聖気が込められる。
そしてラウラ。オレ以上の魔力を込めてアグニ様を召喚したことで大層アグニ様に気に入られる結果となった。なんとアグニ様から火の精霊石を賜り、拳よりでかい精霊石を埋め込んだ胸当てを作成した。作ったのはロドリゲスさんである。火属性無効、火魔法効果3倍、召喚術使用時の消費魔力半減という効果が付与された。
それに加えてバーバラの素材で作成した弓と杖である。
それにレイラとキャロルは深層について行ってるのでかなりレベルアップしている。それに負けじとオレを含めた他のメンバーは150階層付近でコツコツレベルをあげる日々を送っている。さすがにレイラとキャロル抜きで攻略階数を増やすつもりはない。比較的安全に活動できる階層に留まってる。恐らく弧月が400階層に到達するまでは、この状況が続くだろう。レイラとキャロルはオレと一緒に行動出来ないと若干不満を述べていたが、その分、夜に可愛がってあげているので問題ないだろう。
・・・・・・
そんな感じの日々を送り半年が過ぎた頃、遂に弧月が400階層に挑むことになった。400階層のボス部屋手前までは既に攻略済み。残るはボス戦のみである。ボスを攻略する際はレイラとキャロルは連れて行かない。弧月と言えどボス戦では油断できない。不測の事態が発生した場合、足手まといがいては生き残れないのだ。
そして400階層のボス戦。まさにその不測の事態が発生していた。
― バスク ダンジョン400階層ボス部屋 ―
(ラーニャ視点)
「全く、想定外よ。厄介なことこの上ないわね」
ダンジョンを攻略すべく意気揚々と挑んだボス戦。準備は万端のはずだった。
恐らくはこのダンジョンのラスボス。ラスボスであるからこそどんな魔物が出現するか予想出来た。恐らくはスタンピードの際に出現したファフニールであろうと。その予想はある意味当たっていた。だがしかしー
『まさかアンデッド化しているとはね』
基本的にダンジョンの通常の敵がアンデッドでない場合、ボスがアンデッドであることはない。いや、今まで確認されていない。バスクのダンジョンにはアンデッドなんて一匹たりとも出現していなかった。そのため、アンデッドモンスターへの備えはしてこなかったのである。
しかし、目の前にはファフニールのドラゴンゾンビが瘴気を放って待ち構えている
倒せなくはない…が、問題は攻撃手段が限られることと、この瘴気だ。完全に物理のカインとゴンザレスの攻撃はドラゴンゾンビの行動を遅らせるだけで有効打とならない。魔剣を使うアレクと私の魔法の攻撃はダメージは入るけど、ボスだけあって耐久力が半端ないだろう。コツコツダメージを重ねるなんて悠長なことは言ってられない。
奴の瘴気がそれをさせてくれない。瘴気を大量に吸い込むと人は生きていられない。浄化は必ず必要だ。アイシャの浄化の魔法で場を清めながら戦うしかないわけだけど、コツコツやっていたらアイシャが魔力切れになる。そしてアンデッドに決定打を与える事ができるのも僧侶であるアイシャだけ。アイシャの負担が大きすぎるわ。恐らく私の指示が少しでもミスれば全員死ぬことになるわね。
ドラゴンゾンビの駄々漏れの瘴気と魔力から奴の核は胸にあるとしか考えられない。やるしかないわね。
「皆聞きいて!コツコツダメージを与えるなんて悠長なことをしてたらこっちが持たない。一気に勝負を決めにいくわ。まずカインとゴンザレスで私の詠唱の時間を稼いで。私の魔法で動きと瘴気を封じるわ。その間にアイシャは神聖魔法を放つ準備を。準備ができたらアレクに合図して、アレクは魔剣の最大出力で胸を切り裂いて核を露呈させること。いいわね』
『『『了解!!』』』
ドラゴンゾンビが爪で切り裂こうと攻撃してくる。
『そんな単純な攻撃が通ると思うたか、シールドバッシュ!』
ゴンザレスがドラゴンゾンビの爪を弾くとすかさずカインが攻撃を仕掛ける。
『乱れ突き!』
普通の魔物であれば戦いが終わってもおかしくない一撃が入ったが、相手はドラゴンゾンビ、全く怯まない。
『突きは動きにすら影響がないか、それならっ!』
大振りの攻撃がファフニールを捉える。
『無双連弾!』
ゴンザレスもそれに続き、メイスの重い一撃を食らわせる。
『ヘビィクラッシュ!!』
『グォォォォン』
2人の攻撃は前脚の骨を砕いた…が、砕いた直後がら骨の再生が始まる。
『二人とも、どいて!!』
出し惜しみはしないわ。
「プロミネンスチェイン!!」
超超高熱の炎の鎖がドラゴンゾンビの全身を縛る。相手の動きを封じるだけでなく、炎により瘴気を外に漏らさない。これでアイシャが神聖魔法の攻撃準備に集中できる。ドラゴンゾンビを拘束するため威力を高くしている分、消費魔力も半端ないけど、もとより短期決戦。後の事なんか考えていたら勝利をもぎ取れない。
しかし、ここでドラゴンゾンビが予想外の動きを見せる。ブレスを吐く予備動作を始めたのだ。
「ブレスを吐こうというの!?」
私達に向けてというより、拘束を解くだけのためにブレスを吐こういうのね。させるものか!
炎の鎖を数本増やし首と顎を縛るがあまり効果はない。ドラゴンゾンビからしたらブレスをまともに当てる必要はない。この拘束から逃れるために瘴気を拘束の外にまき散らすことだけを考えている。この拘束の炎はドラゴンゾンビの体から漏れ出す程度の瘴気なら外に漏らさず防げるが、ブレスに対応できるほどの力はない。
くっ、全身を拘束しているからブレスの対応まで手が回らないわ!
『ラーニャ!予定通り胸に一撃を食らわせる、ブレスの方もオレが何とかするからそのまま拘束しておけ!』
魔力を全開放しているアレクが叫ぶ。こういう時のアレクは本当になんとかする。普段とは比べ物にならないくらい頼りになる。
「胸の部分の炎を退けるわ、思いっきりやってちょうだい!!」
アレクがドラゴンゾンビに一直線に向かっていく。
『食らえ、エーテルブレイク!!』
え!?突進系の派生スキル?いくら高威力でもドラゴンゾンビの耐久力からして貫けはしないわ。下手したらドラゴンゾンビの体の中に埋まるわよ…いや、アレクはそんなヘマはしない!
その思い通り、絶妙な出力調整によりエーテルブレイクで核を露出させ、かつ、埋まることなく懐に潜り込んだ状況になった。そこからブレスの準備をしているドラゴンゾンビの喉に一撃を食らわせる。
『エーテルスラッシュ!!』
至近距離からの魔剣の派生スキルによる一撃、首は落とせはしなかったが、ブレスをキャンセルさせるには十分だった。
さすがアレクね、戦闘においてこれほど頼りになる仲間はいないわ、本当に戦闘の時だけだけど。アイシャの準備も終わったみたいね。
『皆、どいていてね…神よ、我に力を!ディオス・ホーリー!!』
アイシャが収束させた神聖な力は一瞬でドラゴンゾンビの核に直撃。その直後ドラゴンゾンビの全身を暴れるように突き抜けた。ファフニールのドラゴンゾンビがいくら耐久力が高かろうとも、その聖なる力には抗うことは出来ず、その存在は光となった…
『よっしゃー!!』
『やったな』
『勝てて良かった~』
ふぅ、何とか勝てたわね。結果的には超短時間、かつ、無傷で倒せたけど、内容からしてギリギリの勝利だったわ。アンデッド化についてはギルドへの報告が必要ね…あれ?何?何なの?何か変ね…あれは!普通なら消えるはずの"光"が消えていない!?
「全員油断するなっ!!何かがおかしいわよっ!!」
ドラゴンゾンビを浄化した光が集まり、眩い光を放ったと思った瞬間、アイシャを貫いた。
『きゃぁぁぁぁぁ』
『アイシャ!!』
アイシャが力なく倒れるところをアレクが抱きかかえるように支えた。
『アイシャ、アイシャ!』
アレクが呼びかけるが意識を失っているようだ。一体何なの!?アンデッドが浄化されてまで攻撃するなんて聞いたことがないわ。
『アレク、アイシャの傷を見せて』
『ラーニャ、それが傷があるように見えないんだ。光が貫いたように見えたが、服はどこにも穴はあいていないし、血は出ていない。どこに傷があるかわからないんだ…』
確かにアレクの言う通りだ。とりあえず息はしている。呼吸は安定している。外傷はないのかしら?だとしたら今の光は一体…
え??なに?コレ?体の1箇所から異常なまでの聖属性の力を感じるわ。脇腹かしら?徐にアイシャの服をめくると、そこには傷があった。
『こ、これは!?』
『ラーニャ?どうした?この傷は一体何なんだ!?』
アレクが不安そうに疑問をぶつけてくる。恐らくこれが何なのか、私には分かった。けどそれをアレクに伝えるの?どうしてこんなことに…
『ラーニャ、何か分かったのか?だったら教えてくれ!アイシャは無事なのか?』
黙っているわけにはいかない。どういう結果になっても伝えなくてはいけないもの。
「ええ、無事よ。私の予想が正しければこの傷は健康に全く問題ないものよ。しばらくすれば意識も戻ると思う」
『そうか、良かったぁ』
アレクが安堵する…でも安堵したアレクに酷なことを伝えなくてはいけない。
黙っているわけにはいかない。どういう結末になろうとも。
「アレク、覚悟して聞いてちょうだい。アイシャに刻まれたこの傷は恐らく…」
私の深刻な表情を見て、先程安堵したアレクの表情はまた不安なものへと戻る。
「"聖痕"よ」
この世界の聖痕は死の宣告に等しい。それがアイシャに刻まれた…




