創製の文紙(そうせいのふみがみ) その3~妻の曝露に驚く~
数日後、登坂からお祓いをすると連絡をもらった我々は登坂の屋敷を訪れた。
登坂の屋敷は普通の六位貴族よりは裕福そうな立派なお屋敷。
今は何の仕事?
商売?
疑問に思ったがさっそく登坂の雑色に主殿に案内された。
御簾を押して中に入ると、赤茂と思われる白水干、紫括り袴、立て烏帽子姿のザ・陰陽師が、紙垂のついたしめ縄で四角く囲われた護摩壇に火を焚いて、その前で御幣串を振り回しながらブツブツ何かを唱えてた。
護摩壇の手前に並べて置いてある呪符にはまだ呪文の文字や記号が黒い墨で書かれたまま残ってる。
まだ式神の紙魚は抜け出してないぞっ!!
これから飛び出す瞬間が見れるかもっ!!
興奮が高まるっ!
なのに若殿はジッとしてお祓いの儀式を見ようともせず、主殿の隅に登坂を呼び出してコソコソと話してた。
目を皿にして儀式を見守っていたが、呪符から式神は飛び出さないまま儀式は進んでやがて護摩壇の炎は小さくなった。
儀式を終えた陰陽師の赤茂がこちらを振り向いて、登坂に向かって護符を見せ
「それではこの護符をいつものように、柱に釘で打ちつけて参りましょう。」
と歩き出すと、後ろをついていく列の先頭だった若殿が
「あっ!」
と素っ頓狂な声を出した。
赤茂が振り返ると、床から何かを拾い上げた若殿が青い紐のようなものを赤茂に見せ
「これを落としましたよ」
赤茂は青い紐を手に取り、じっくり見たが
「いいえ。私は落としてませんが。これは・・・・元結(*作者注1)ですか?」
若殿が微笑みを浮かべ、ウンと頷き
「そうです。
変わった元結でしょう?
青く染められているのは珍しい。
普通は赤か金ですからね。
それにこの紙縒りの紙はもっと珍しいものです。
普通の楮ではない材質の紙です。
どうですか?心当たりはありますか?」
赤茂は疑い深そうな目で若殿を見て首を横に振り
「いいえ。
全く知りません。私のものじゃない。」
若殿は面白そうに肩をすくめ
「そうですか。じゃ、私の袖から落ちたんですね。」
イタズラっぽく微笑むと、赤茂はなぜかムッとした表情になり、
「いやっ!やっぱり私のです!私の袖から落ちたんでしょう。返してください!」
そこに登坂が割込み
「あの~~~、頭中将どの、一体どういう事でしょう?
その妻の元結を、なぜ赤茂が落としたと言うんですか?」
若殿が口を開きかけた時、どこからか若い女性の声がした。
「それは、わたくしと赤茂が恋仲だと疑っておられるからだわ!」
振り向くと、扇で鼻から下を隠した優美な袿・単・緋袴姿の女性が立っていた。
どこから現れたのっ??!!
几帳の陰に隠れてたの??
登坂が困惑したように
「ああっ!お前っ!そうやすやすと若い男の前に姿を見せるでないぞ!
さぁ、早くっ!几帳の陰に隠れていなさいっ!」
噂の間男を通わせてた妻?は追い立てられようとしたが、逆にギロっ!と登坂を睨み付け
「何も隠し立てすることなど無いわっ!!
その元結はわたくしと赤茂の故郷の海の色よっ!
その紙縒りの紙はわたくしと赤茂の故郷の海藻で作った紙よっ!!
わたくしと赤茂は深い愛の絆で結ばれているのよっ!!」
はぁっ??!!
不倫を暴露っ??!!自白っ??!!
唖然としたのは私だけでなく登坂もだった。
あんぐりと口を開け、泣き出しそうな表情。
若殿は眉を上げ、面白そうにニンマリと満面に笑みをたたえ、
「そう!
だから赤茂から受け取った恋文の文字は時間が経つと消えてしまったんですね?
海藻を煮熱し褐色を薄め、乾燥・繊維化し、楮に混ぜて紙を漉けば、普通の原料である楮よりも吸水性に優れた紙ができる。
水分の多い紙に膠の少ない墨で文字を書けば、書いた直後は文字が読めるが、数日後には煤の黒色が紙の水分に溶け出し、文字が滲み、最終的には読めなくなる。
赤茂は故郷の越前国丹生郡に住む紙戸のひとりだが、上京して紙屋院に勤めているときに、その海藻紙を開発した。
当時の上司だった登坂はその紙が耐火性に優れているという報告を受け、その紙で屏風を作れば内匠寮を出し抜け、手柄を立て出世できると考え、屏風用の耐火性に優れた海藻紙の開発を赤茂に急がせた。
だが、開発した耐火性紙に何らかの不具合があり、完成できず結局、赤茂は越前国に帰った。
だから『完成には至らず、頓挫した』と言ったんですね?」
登坂に向かって問いかけるとウンと頷いた。
(その4へつづく)
(*作者注1:日本髪や相撲の髷の根元を束ねるのに使う、丈夫な和紙を撚って作った紐)




