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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第2章
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史上最強の眠り姫77

 基礎魔法を習得し、次に何をしようかと迷っている昼下がり。窓から差し込む優しい木漏れ日が満腹の私を温める。そよ風が髪を撫でて、机の上に広げた魔導書のページをこっそりとめくっていく。

 なかなか目を覚まさない私に飽きたのか、更なるスリルを求めたんだろう。少しずつめくっていたページが一気にめくられる。さすがの私もこれには目を覚ました。

 寝ぼけた頭ですぐにページを手で押さえにかかる。しかし力加減の狂った私の腕は近くにあった紅茶を巻き込んでしまう。


 「ヤバっ!」


 カップは派手に倒れ、用意された紅茶は机の上に盛大に飛び散った。もちろん本も無事ではない。

 パニックになりながらも布で濡れた箇所を叩いていく。その必死さも虚しく、紅茶のシミ取れることはなかった。

 焦った頭でシミになった箇所を読めるか確認していく。破れた所はないか、文字が潰れてしまった所はないか。慌てて確認をする私の目がある文字を捉える。


 それが『振動魔法』との出会いだった。


 左右で別の魔法陣を展開し物体にかざす。そうすることで物体に含まれる水分を細かく振動させ温めることが出来る。

 私は修行熱心だったから、朝ご飯の時間に起きれないことが頻繁にあった。言うまでもないけど寝坊じゃない。健康管理も修行の一環だし、眠り姫にとって寝るのはサーラにとっての筋トレと何も変わりはない。


 修行に集中しすぎた日はいつも冷たい朝ご飯を食べていた。サーラの料理は冷めても美味しい。けれど温かい方が美味しいのを私は知っている。

 ゆっくり寝ていたい。それでも美味しいご飯を食べたい。そんな悩みを抱えていた私に一筋の光が差した。


 この魔法は戦闘向きじゃない。火傷するくらいまで温めるには時間がかかるし、その間相手の動きを止める必要がある。

 すぐ近くで攻撃を加えられているのに何もしない奴なんていない。それに攻撃する側も別の魔法を使った方が短時間で済む。


 本には『内部の水分を振動させることによって温めることができる料理系の魔法。食材によっては破裂することがあるので注意』と書かれていた。


 乾いてシワが出来た分厚い本を片手に 2人の元に駆けつける。「この魔法を極める!」と目を輝かせて豪語した時は分かりやすく顔を顰めた。

 「他の魔法の方がいいのでは?」「私利私欲じゃん」「難易度の割に実用性が……」「結局基礎魔法の方が楽ってなるよ」


 次々と出てくる反対の嵐。2人の意見も分かる。と言うより2人の意見が正しいんだろう。

 それでも私は反対を押し切り、理想のために努力を続けた。

 そしてついに魔法の真価を証明できる日が来た。


 核を取り巻くツタは切ってもすぐに再生する。根や幹にすら水分が大量に含まれているなら、このツタにも炎は効かない。

 でも逆に、それだけ水分が含まれているなら――


 展開された魔法陣がツタで詰め尽くされた空間をわずかに照らす。危険を感じ、うねうね動くツタと、それに間を揉まれるように移動し続けるプンプたち。

 悲鳴を上げて逃げ出したい気持ちを抑え込み、両手を核にかざし続ける。


 ここで逃げたら永遠に討伐は終わらない。サーラも1人にさせたままだし、何より今は早くこの地獄から解放されたい。


 目を固く瞑り、精一杯魔力を両手に流し込む。攻撃は効いているのか、あとどのくらい我慢すればいいのか。逃げることの出来ない闇の中でツタが蠢く音だけが聞こえる。


 不安と恐怖がじわじわ押し寄せるに連れて時間と空間の感覚が麻痺していく。

 耐えられなくなって目を開けるも、そこに広がる光景は何も変わらない。


 これ今どのくらい経った? 1時間? 2時間? それともまだ数十秒しか経っていない? 分かんない分かんない分かんない。今どうなってるの? どっち向いてる? 空はどっち? 怖い……逃げたい……誰か助けて。


 どうしようも出来ない現実に耐えられず再び目を瞑る。酸素の必要がない体が息苦しくなる。


 頭の中が恐怖で埋め尽くされ、まともな思考が出来なくったその時。瞼の向こうに光を感じた。


 「?」


 ゆっくり目を開けるとそこには透き通るような空が広がっていた。


 ふっと力が抜け、魔法陣の消えた両手がだらりと下がる。足元を見るとツタのドームが枯れていくのが見えた。

 絡まり合ってできた根の道は急激に萎びていき、美しささえ感じた幹の壁も直立する元気すら残されていない。だらしなく地面に横たわるものや、自重に耐えきれず折れてしまっているものもあった。


 木で出来た人工的な要塞。萎びて枯れ木の集まりになった方が自然味を感じるなんて変な気分だ。


 『倒した……倒したんだ! あははっ、私が倒したんだ!』


 遅れてくる討伐の実感に笑いが抑えられない。両手を高々と上げ空を自由に駆け回る。まだ任務は終わっていない。それでもこの喜びを全身で表現せずにはいられなかった。


 「っ!……もう限界か」


 目の前の景色が急にかすみだし、何もしていない体が本体の方へと徐々に引っ張られだした。

 すぐに目をパチパチして手のひらを見つめる。しかし結果は変わらなかった。


 この幽体離脱はかなりの魔力を消費する。時間と共に意識が朦朧として本体の方に引き戻されていく。

 こうなれば、私に出来ることは少ない。魔力切れになるまで待つか、無理矢理起床魔法を発動するか。


 魔力切れまで何もしなければ、幽体離脱した体は勝手に元に戻る。そしてそのまま寝てしまい、自然に目が覚めるまで何も出来なくなってしまう。

 緊急事態でなければそうやって寝るつもりだったし、隠れ家にいた時も合法的に睡眠休憩を取りまくっていた。でも今はそんなことしている暇はない。


 枯れ木の集まりからプンプが這い出てくるのが見える。それも霞んだ目でも分かるくらい大量に。

 あの量のプンプをサーラ1人に任せるわけにはいかない。要塞はなくなったけど女王個体はまだいるはず。分からないけど、きっと下にいるプンプのほとんどが種の補充を終えているんだろう。


 体の疲れはほとんど限界に近い。達成感も充分だ。

 でも私がしたのは下準備。依頼内容は足元に広がっている。


 「あと少し……これが終わったら帰れる……」


 勝手に視界に入る若葉色に染まった地面に心を折られそうになりながらも、必死に自分に言い聞かせる。もはや自己暗示に近かった。


 「よしっ」


 全てを受け入れた私はそっと胸元で魔法陣を展開した。

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