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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第2章
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史上最強の眠り姫78


 「……惜しいんだよね」


 体に溜まった疲労感。気を遣って時折隠れる太陽。朗らかな気温と吹き抜ける風のバランスもちょうどいい。ただ、あまりにも硬すぎる凸凹した地面に、私の二度寝は遮られた。

 これさえ無ければ任務ってこと忘れたのに……


 重い体を起こすと、掛けられていた毛布がはらりと落ちる。馴染みのあるカーキー色の布を見ているうちに、固い地面への不満は消え去っていた。


 「おはようございます、ネムさん。ネストの討伐が完了したようですね」


 ぼーっと毛布を見つめていると後ろから声をかけられる。振り向くと、背を向けて立つサーラの姿があった。

 棺を盾のように構え続けるサーラ。寝起きの私にかけられた優しい声にも隠しきれない緊張感が表れている。


 どこからくるか分からないプンプの攻撃を警戒し続ける。私が感じた地獄のような時間と同じくらい。いや、その何倍も辛い時間がゆっくりと流れていたんだろう。そして、それを今も続けるサーラ。

 私だったらネストの討伐完了が分かった時点で気を緩める。というか、討伐が終わる前に疲れて座り込む自信がある。


 「あ、毛布ありがとう。寒かったからちょうど良かった」


 「そう言って頂けると嬉しいです。それよりプンプはどうでした? かなりの量がいたかと」


 「うん。プンプも凄かったけど実は――」


 立ち上がり毛布についた汚れを叩き落としていく。慣れた手つきで半分、また半分と折り畳んでいく私の視界にとある物体を捉えた。


 一見ただの鉄板。汚れや傷も少なく曲線の多いパーツがいくつも積み重なっている。これといった特徴もなく、強いて言えば鉄板にいくつも穴が開いていることくらいだ。

 小さくなった毛布を抱え、ゆっくりとその物体に近づく。


 どうして、こんなに気になってしまうのか。意外にもその答えは早く出た。


 「私の甲冑じゃん!」


 固い根の地面に膝をつき、空いた手で鉄板を拾い上げる。

 時間をかけて着た甲冑。左右や着る順番を間違え、その度に何回も私の視界には入っていたはず。にも関わらず、こうして近づくまで存在すら忘れていた。

 確かに甲冑なんて着ていたら、毛布なんていらないくらい体に熱がこもっていたし、地面の凹凸も感じなかった。


 「すみません、脱がせたままでしたね。寝苦しそうだったのでつい。それにいざと言う時に『これ』に入らないので」


 振り返ると申し訳なさそうな顔が見えた。構えを変えて背中に背負った棺。それを担ぎ直すように上体を動かし私に見せる。


 そっか。一瞬、私が自分で脱ぎ出したかと思った。驚きはしたけど、それなら――


 納得しかけた私の頭に何かが引っかかる。些細なことなのかも知れない。しかし、明確にしておかなければ次に進めないことだってある。


 「サーラ、私って甲冑着てたら棺に入れないの?」


 「そうですね。ネムさんの体型を考えると甲冑の隙間はないですね。元から結構ギリギリだったので」


 「……だよね」


 「っ! その……いい意味で! いい意味でギリギリなんですよ! それに武器として扱う側としても軽い方がいいですし! ですから別にネムさんが太ってるとかではなくて」


 「……うん、もう大丈夫」


 失言を取り戻すかのように慌ててフォローする。しかし、言葉を重ねたところで何も変わらない。おそらくサーラ自身も自分で何を言っているのか分からなくなっているんだろう。


 「そ、それよりも! 先程言いかけていた内容とは?」


 「あ、そうだった。ごめん、忘れてた」


 「いえ、私に非がありますし」


 青空の元に広がる微妙な空気の中、ネストの核やプンプの数について話を始める。

 口に出すと自分たちの状況が改めて分かる。とても体型の話で盛り上がってる場合じゃない。


 「……なるほど、そんなことが」


 報告を聞いたサーラは少しうつむいて唇に指を当てて考え込む。


 「ただでさえ女王個体がいることが珍しいのに、それが2体いるんだよ? プンプだけで1000匹はいると思うし。正直私1人だったら諦めてた」


 「ですが取り込まれたのが偶然女王個体であっただけです。統率する女王個体の数は変わりません。それに女王個体を倒すだけなら意外と簡単ですよ」


 「本当⁈ じゃあ早く倒そうよ!」


 「ですが、今回の依頼はプンプの全滅。下手に女王個体を倒すと他が逃げてしまう可能性があります。ですからその前にプンプの数を減らさなければ」


 頭が消えたら弱体化する。単に統率がなくなるだけであって、プンプたちの能力は変わらない。1000を超える砲弾を保有した緑の魔物が一気に解き放たれる。

 それは聖騎士団にとってこれ以上ない敗北だろう。


 任務失敗は試験不合格を意味する。隠れ家を突き止められ、頼れる人もいなくなった今、私たちにとれる選択肢は多くはない。

 

 じわりと背中が冷たくなる。今になって甲冑の蒸し暑さが恋しくなる。


 「……一応、任務を成功させる方法はあるのですが」


 サーラが呟いた救いの言葉。それを聞き逃すほど私は愚かではなかった。

 サーラの目をじっと見たまま、ずんずんと距離を詰めていく。


 「ひっ!」


 咄嗟に棺を盾にして、その影に隠れるサーラ。けど、今更隠れたところで意味はない。

 サーラが必死に構える棺を私も負けじと揺らす。ガタガタと揺れる棺の音が不気味な雰囲気を醸し出す。


 「サーラ゛教え゛でよ゛ー!」


 「ネムさん、しっかりしてください! 瞳孔が開いてすごく怖い顔になっています! それに言葉も変です!」


 「教え゛でぐれだら、もどるー」


 「で、でも……」


 「はやぐー」


 敵の縄張りということを忘れてバカな絡みをする私。そんな私に観念したのか足元に何かがポイッと投げ捨てられる。


 「お?」


 投げ捨てられた物に警戒しながらも興味津々で近づく私。側から見たら今の私は人間より野生動物に近かったと思う。


 「これ、縄じゃん」


 端の方を人差し指と親指で摘んで持ち上げる。


 半分野生動物だったから気が付かなかったけど、冷静に見ると何の変哲もない縄だった。多分城の物置から取ってきたんだろう。中型の魔物をぐるぐる巻きにできるほど長くて丈夫そうだ。


 「これでどうするの? 即席トラップでも作るつもり?」


 「いえ、これでネムさんを縛ります」


 「ん?」


 「ですから、フォーチュンフィッシュの時みたいにネムさんを縛ります」


 「えっと……」


 「縛ります」


 何度聞き返しても答えは変わらなかった。しかも、いつの間にか棺の影から出てきてるし。


 あ、そっか。これ冗談だ。本当にサーラの冗談は分かりにくい。深刻な状況を和ませるために言ってくれるなんて。サーラは本当に優しい。


 「もー、びっくりしたじゃんかー。冗談は分かるように言ってよー」


 「冗談ではありません。本当に縛ります」


 「……一旦作戦を先に聞かせて」


 ここで立ち止まっては一生先に進めない気がする。作戦を全部聞いて、まとめて感情をぶつけてやろう。


 「私は隠れ家で修行と共に武器に関する様々な知識を得ました」


 両手を後ろで組みゆっくりとした足取りで歩き始めるサーラ。しっとりとした話し方も相まって雰囲気だけは完璧に出来ていた。


 「一般的な武器からクセのある武器まで、中には物語でしか見たことがない武器もありました。その全てを試し、私は遂に見つけたのです」


 「……」


 「戦いにおいて遠近共に攻撃手段があり、軽量で攻撃力がある。私にとっての最強の条件を満たす武器。それがクサリガマです!」


 「……」


 立ち止まり左手を腰に当て右手で私を指差す。しかし、呆然とする私を見て再度歩き始めた。


 「……鎌の持ち手に長い鎖と分銅を取り付けた武器。それがクサリガマです!」


 「……」


 もう一度立ち止まって、左手を腰に当て右手で私を指差す。多分サーラなりの決めポーズだったんだろう。


 どうしよう。武器名を言った瞬間に何かしら反応した方がいいとは思うんだけど……2回武器目を言ったのも私が一切反応しなかったからだと思う。


 そもそも私、『クサリガマ』って武器を見たことないし。遠距離と近距離どっちとも対応したいなら、学校で学んだ魔法と剣術で充分な気もする。

 まぁ、いいや。拍手だけしておこう。何もしなかったら3回目の決めポーズがくると思うし。


 形だけの拍手がその場に響く。讃える気も誉める気も一切ない乾いた拍手。それでもサーラは満足そうだった。


 「認めていただけて良かったです! 唯一の不安要素がネムさんの同意を得られないことだったので」


 「ごめん、まだ話が見えてないんだけど。そのクサリガマと私を縛ることって何か関係があるの?」


 「ですから、縛ったネムさんをプンプの群れの中に叩き込みます。プンプたちが群がったところで引き上げ、別の道具で一網打尽にします」


 「待って! 私縛られた状態で叩きつけられるの⁈」


 「はい。てっきり了承した上で拍手していたのかと」


 「そんなの聞いてないよ! 私嫌だよ! 絶対やらない」

 

 「…….ですよね。となると()()を採用するしかないですね」


 顎に指を当てて複雑な表情を浮かべる。


 どうやら私には選択肢はないみたいだ。

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