史上最強の眠り姫76
幽体離脱した体で根っこの道を突き進む。歩きにくい凸凹道もプンプの奇襲も、重力すらこの体なら関係ない。
木で出来たトンネル。緑に溢れた人工的な空間を泳ぐ。幻想的にも不気味にも感じる。そんな非日常を心のどこかで楽しんでいた。はずだった。
「……遠すぎなんだけど」
何十回目かのカーブを曲がる。変わり映えのしない道に高揚感は抱けない。探検当初のワクワクも時間と共に着実に低下していった。
一度上空へ抜け出しこの迷宮の全容を確認した。
無数に存在する蛇行した一本道。中心に近づくに連れて葉が少なくなっていき、道も直線になる。
疑問はいくつもある。ただ、そのどれよりも疑問に感じる物体が中央にそびえ立っていた。
円状に集まった灰色の幹がトグロを巻くように高度を上げていく。土台となる太い幹に細い幹が絡まり合い、最終的には半円状のドームと成り果てていた。
自然に出来たとは、にわかに信じがたい光景だった。
プンプ討伐のためにも、まずはネストの核を潰す必要がある。あからさまな核の隠し場所に大きくガッツポーズをした。
しかし、問題はここからだった。幽体離脱をして直前距離で進めば楽なんだろう。でも、それだとサーラと逸れてしまう。少々手間だとしても道なりに進んだ方がいい。
そう判断したのが間違いだった。
長い道のり。目的地の方向が分かっているからこそ、意味のない曲がり道に腹が立つ。これで疲労が溜まっていたら諦める口実に出来た。しかし、残念なことに今の私は疲労とは無縁だ。楽して核を見つけたい。そんな気持ちが裏目に出た。
「……やっとだ」
何十回目の曲がり道を抜け、直線の道に入る。すると道の先にいつしか見たドームが見えた。
「……まったく、入り組みすぎでしょ! こっちは迷ったらダメだからわざわざ道なりに進んであげてるのに! これで核なかったら怒るから」
ぶつぶつと怒りを口に出しつつドームへと近づく。いつの間にか凹凸のなくなった広い道。その先にあるドームには綺麗な半円状の穴が開いている。建物の入口としては小さく大人が中腰になって入れる大きさだ。
そもそも人基準で出来た穴でないので多少は仕方ないかも知れない。
周囲を見渡しつつ、穴から慎重に中を覗き込む。
中には一切明かりはなく、同じ高さに均等に並ぶ入り口から微かに光が入るだけだ。
無駄にいい天気だったせいか目が慣れるのに時間がかかる。空気中に漂ったまま目が慣れるのを待った。
しばらくすると、ある事実に気がつく。
ここただのドームじゃない。この形は球状、いやこの急傾斜だと逆さまになった卵って言った方が正しいのかもしれない。
入口に入った瞬間、突如なくなる床。その落とし穴のような急傾斜の先には動物の骨らしき物と穴だらけの防具があった。そしてその上を100体以上のプンプが種を取り込んでは吐き出してを繰り返している。
この空間にも砲撃を放てる穴はたくさんある。特に入口よりやや高い位置には寒気がするほど穴があった。
ドドドッ
不意に遠くから足音が聞こえてきた。気味の悪い光景に気を取られていた私も、すぐ警戒体制に入る。
次第に大きくなってくる足音。さっきまで底で種の選別をしていたプンプたちも異変に気付き、近くの穴へと一斉に隠れる。
ほぼ全てのプンプが隠れ終わったその時、別の入口から赤紫色のプンプが飛び込む。
「女王個体⁈」
2度目の遭遇に驚きを隠せない私。そんな私に追い打ちをかけるように魔物が飛び込んできた。
鼻の尖った四足歩行の魔物。大きさは実家のベッドより一回り小さいくらいだ。名前は知らないけど明らかに獰猛そうで私じゃ勝てる気がしない。
入口のすぐ下にあるトンネルの穴に滑り込む女王個体。しかし、穴の存在を知るはずもない魔物はバランスを崩しながら急傾斜を転がり落ちていく。
底までたどり着いた魔物は体勢を立て直し脱出を試みる。しかし凹凸の少ない急斜面に苦戦して簡単に這い上がることは出来ない。
ここから先は一方的だった。
無数の穴からプンプが姿を見せ一斉にお辞儀する。雨のような砲撃が魔物の体を貫いた。1度発射したプンプは穴に戻り、まだ発射していないプンプが交代で出てくる。
胸が苦しくなるような叫び声と共に暗闇に肉片が飛び散った。壁が血で染まってもなお、プンプたちの攻撃は止まらない。
入れ替わりながら砲撃を続け魔物が動かなくなったのを確認すると、プンプたちは穴から一斉に飛び出した。
さっきまで魔物しかいなかった空間が一瞬でプンプで埋まる。死体の上に乗り飛び跳ねるプンプたち。最初は何をしているか分からなかった。しかし徐々にプンプの生態について思い出す。
プンプは養分になりそうなものを見つけると上でぴょこぴょこ跳ねる。
彼らだって魔物だ。命を奪って食事を取る。彼らにとっての食事がこの光景なんだ。
分かっていたはずの現実なのに、目の前の光景に耐えられず硬く目を瞑る。再び目を開ける頃にはドロドロの液体の中で種の選別をするプンプの姿があった。
もし、私があの時女王個体を追いかけていたら……
想像もしたくない結末に身震いしてしまう。
駄目だ。今は私に任されたことに集中しないと。ネストの核を破壊してコイツらを弱体化する。それが私に任された仕事だ。
なんとか気を保ってあたりを見渡す。暗さに目は慣れたけど、探し物をするには環境が悪すぎる。
どうしよう。この場所に確実にあるという保証はない。でも他に思い当たる場所もない。考えろ。私なら大切な物をどう守る?
これまでの私の行動を思い出す。
店番の時に食べていたパンの耳の袋。この前もらった大量のパンが入った紙袋。
私ならすぐ手の届く所に大切な物を置いておく。隠すことより守ることを優先するから。
この空間で1番守りが固い所といえば――
「斬風!」
風の刃をツタで覆われた天井に向かって放つ。切り落とされたツタの隙間から赤紫色の光が一瞬だけ見えた。しかし、その光も再生するツタによってすぐ遮られる。
今の光、女王個体の体の色に似ているような。それに再生速度も速すぎる。これだけ証拠が揃っていて何もないわけない。
「多分正解なんだろうけど……」
私は一般的な魔法を一般的な威力でしか使えない。このまま斬風を続けても何も変わらない。
「ん? あの魔法ならイケるかも……でも近づかないとなんだよね」
無数のツタに覆われた天井を見上げる。この距離でもプンプが所狭しと蠢いているのが見えた。
今の私はどんな攻撃もすり抜けられる。たとえツタの中にプンプが何匹いたとしても。
それでも魔物が一瞬のうちにドロドロにされたあの光景が頭から離れない。
怖いし、暗いし、気持ち悪い。けど、あの魔法は手で覆った範囲にしか効かなし。攻撃を成功させるには少なくとも上半身全部をツタに突っ込まないと駄目だと思う。
「あー! もうっ!」
ヤケクソになった私は覚悟を決めてツタの中に飛び込んだ。
薄目を開けて赤紫色の光を探す。すり抜ける体のせいで視覚はほぼ使えない。それなのにツタの間を何かがウヨウヨ駆け回るのだけはよく分かった。
何度も逃げ出そうとする気持ちを何度も押し殺し、探し続ける。
「あった!」
もがく私の目がようやく捉えた赤紫色の光。
多分、ほんの数十秒だったんだろう。それでも私には一生のように長く感じた。あとは魔法陣を展開するだけ。
赤紫色の光に両手をかざし、それぞれの手で魔法陣を展開する。
「振動魔法」
五感がほとんどない世界で私は勝利を確信した。




