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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第2章
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史上最強の眠り姫62

 「おー! やっぱり新しいお店できてるねー!」

 

 周囲をキョロキョロ見ながら、見覚えのある知らない街を歩く。道は前と変わらない。店が少し違っているだけなのに、冒険をしているような、心躍る感覚がする。

 記憶の中の地図との間違い探しを楽しむ頃には、周囲の警戒なんてすっかり忘れていた。

 ただ、早く観光したい。その一心で私はとある場所に向かっていた。


 「その、今日ってお休みではないのですか?」


 「うん。普通に営業日だった気がする」


 「なら無理にお邪魔しなくても良いのでは? それに私までお世話になるなんて」


 「大丈夫、大丈夫! むしろサーラの方が歓迎させるかもよ?」


 「だと嬉しいのですが」


 不安げな表情を浮かべるサーラを鼻歌まじりで歩く。幼い時から何度も見たはずの景色が輝いて見えた。

 今思えばメレア以外の誰かとこの道を歩くのは初めてかも知れない。


 日の当たる小道を抜け突き当たりを曲がる。白い壁の家が並ぶその中に可愛らしい色彩の建物があった。


 明るい茶色のレンガで作られた一軒家。赤い布で出来た庇の下には本日のおすすめが書かれた看板が置かれている。


 変わりない景色につい心が弾む。

 小走りで店に駆け寄ると格子状の窓ガラスから店内に並ぶパンが見えた。庇があるにも関わらず店内は明るい。家具や床に木が使われているのもあって見ているだけで温かみを感じる。


 パパがデザインを考え、知り合いの大工さんに頼んで作った我が家。

 普通に建てるより金額はかかるし、大通りに比べると人通りは少ない。

 「こだわった割には……ね?」ご機嫌なパパを揶揄う時にママが決まって言うセリフだ。

 確かに大通りに建てたら繁盛していたのかも知れない。それでも道端にひっそり咲く花みたいな。そんな我が家が私は大好きだ。


 「サーラ、早くおいでよー」


 少し離れた場所で立ち止まるサーラに声をかける。

 

 「あの……本当に私の分もいいのですか? ほら、ネムさんより荷物ありますし。もしかすると置き場所がないかも」


 「大丈夫だよ。この際サーラのことも紹介しておきたいし。荷物くらい私が使っていた部屋に……あ、今バイトの子が使ってたっけ? まあ、どっちにしても荷物の置き場くらいどこでもあるでしょ」


 「そんな曖昧な感じで……バイトの子? あ、ネムさ――」


 「さあ、行こー! たっだいまー!」


 何か言いかけたサーラを置いてドアを思いっきり開ける。

 チリリンとベルがなり、小麦粉のいい匂いが一瞬で私の体を満たす。


 一緒に生活している間は鬱陶しいと思うのに、離れたら一緒の時間が恋しくなる。それが親という存在なんだと思う。


 今日はここに荷物を置いて観光する。到着する前から頭にあったこの予定も、小麦の匂いに吹き飛ばされてしまった。








 店に入って数分後、私たちは思い足取りで店を出た。

 観光のために置いていくはずだった荷物はそのまま。さらに手元には大量のパンが入った紙袋。


 足取りが重いのは物理的な部分もあるかも知れない。でも真の理由は他にある。


 「……すみません。すっかり忘れていました。記憶の改ざんがされていましたね」


 そう。1年前、メレアは私たちが犯人に仕立て上げられた時に、この国の人たちの記憶の改ざんを依頼した。

 街を破壊した人間の親が作っているパンなんて誰も食べないし、憂さ晴らしの対象になりかねない。


 そうなる事を恐れたメレアは先に手を打ったのだ。

 改ざん内容は『特殊部隊は国の外で助けた孤児の集まり』というもの。そのことを完全に忘れていた私たちは堂々と店に入り、終始不思議そうな顔をする実の母親と一方的なやり取りしていた。


 私を娘と認識できなかったママだけど、かつて『街を救った英雄』ということは思い出してくれたみたいだ。

 その証拠が、この紙袋。全種類とまではいかないけど、ほとんどのパンが詰め込まれている。


 『英雄』か。随分と昔のことを覚えているな。あの時は自分がこんな目に遭うなんて考えもしなかった。


 潰さない程度の力で紙袋を抱きしめる。すぐ近くにあるはずの優しい匂いが今は感じられなかった。


 「ネムさん……」


 切ない声が聞こえる。顔を上げると困り眉をさらにハの字にする表情が見えた。

 無理やり口角を上げ、込み上げかけた感情に上書きする。


 「だ、大丈夫だよー! 昨日の晩御飯だってよく忘れる人だからさー。まあ、そのうち解決するでしょ」


 「ですが――」


 「本当に大丈夫だから」


 悲しくはない。多分、理解が追いついてないだけだ。このまま箱に蓋をして片隅に置いておく。存在を無視さえすれば、どうってことない。


 「そ・れ・よ・り! 荷物どうする? これじゃ店回れないじゃん! 一回城に行って荷物置いてくる? あ、喉乾いたから、お茶も飲みたいかも!」


 「そうですね……頑張って交渉します」


 「いやいや、冗談だから。さすがに荷物置き兼、喫茶店として使うのはまずいって」


 「あ、確かに」


 「サーラさんや、しっかりして下さいな。不本意だけど今回は観光は諦めるしかないねー」


 まだ地面に視線をやるサーラに陽気に話しかける。頑張った割には手ごたえは微妙だ。


 サーラは真面目すぎるから変に自分を責めてしまうんだろう。今だって誰が悪いわけでもないのに。

 重い荷物と張り詰めた緊張感。ずっと頑張ってきたサーラにこれ以上の負担をかけたくない。


 とにかく、ここを離れよう。私の大好きな景色の前で誰かが悲しむ姿を見たくない。


 「行こ?」


 静かに地面を見つめるサーラに声をかけ歩き出す。

 ずっと隣から聞こえていた足音が今は半歩後ろから聞こえる。人通りが少ないせいか、お互いしゃべらない無言の時間がより繊細に感じた。


 「……」


 「……」


 ……やばい。どうしよう。さっきまで普通に話してたじゃん! そもそも会話ってどうやってた? 


 脳内でもメレアのテンションを真似る。気を抜くと封じ込めた感情の正体に気付く。そんな気がした。


 あー、メレアだったらいきなり「競走しよう」とか言い出して街中を爆走するのに。私にはそんな度胸なんてないし。何か話題、話題は?


 血眼になりながら路地を歩く。修理を物色するように歩いてもこの状況打開できるようなネタ落ちていない。頭を使いすぎたせいか、焦っているせいか、路地に差し込む麗らかな日差しが暑く感じる。


 「あ!」


 いつの間にか、早歩きになっていた足を止め、頭から振り返る。じっと地面を見つめていた彼女と視線が合った。小首をかしげるサーラに一歩近づき、目を輝かせながら口を開く。


 「あの人仲間にしない?」


 「えっと……あの人とは」


 私の発言に周囲を見渡す。そして戸惑いつつ質問した。


 「ほら、記憶を改ざんした人! 私たちの味方だし絶対強いじゃん! 2人で探し仲間にしよう?」


 「それはいい案ですが…… 2人とも顔を知らないのでは?」


 「あ……まぁ、それは探せたらわかるでしょ。とりあえず今はそれを目標にしない?」


 「目標としてはいろいろ曖昧な気が……」


 分かりやすく呆れる顔をする。しかし、数秒の思考の末、首を縦に振った。


 「仕方ありませんね」


 路地を駆け抜ける風がクセのある緑髪をなびかせる。

 困ったように笑う表情。肩の力が抜けた自然な立ち姿。


 どんな同情の言葉より、それが一番嬉しかった。


 先の見えない不安。手がかりのない目標。この先に広がるのが過酷な道だとしても、彼女とならやっていける。そんな気がした。

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