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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第2章
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史上最強の眠り姫63

 元気に道を進む。あと3つ4つ角を曲がれば大通りに出られるはず。案の定、耳をすませば賑わう声が聞こえてきた。

 本来なら大通りに向かうのは得策ではない。遠回りになるし人通りも多い。疲労が溜まった今の状況考えると人通りの少ない最短ルートやるべきなんだろう。

 それでも私たちの『意地でも観光したい』と言う煩悩が疲労を上回った。


 「やっぱ服は見たいよねー。あと食べ物! 歩きながら食べられたら最高じゃん!」


 指折り数えながら隣を見上げる。目を輝かせる私に対してサーラは複雑な笑みを浮かべる。


 「少々はしたないかと……それに仮にも聖騎士団なのですから。武器やポーションを見るべきでは?」


 「いやー、私武器屋のおじさん苦手なんだよね。大体みんな怖いし無表情じゃん。客商売なら笑顔じゃないと」


 「さすがパン屋の娘ですね」


 「でしょ? でも私は接客苦手。知らない人に笑顔で接するなんて無理」


 「……発言が支離滅裂です」


 「いいじゃん、いいじゃん」と呆れるサーラを笑顔で宥める。


 久しぶりの買い物なんだ。楽しめる時に楽しまないと。


 最後の曲がり角が見える。走り出したくなる気持ちを抑え、軽快な足取りで目指す。その時だった。


 体の芯まで振動が伝わるほどの地響きと、何かが爆発するような音が遠くでした。

 音の聞こえ方から考えると爆発はさっきまでいた門の方向であったみたいだ。


 魔物か敵襲か、はたまた私たちを誘い出すための罠なのか。


 忘れかけていた『警戒』という言葉が頭をよぎる。緩んでいた気を引き締め、周囲に神経をめぐらせた。


 「ネムさん、あれを!」


 隣にいたサーラが空を指差す。つられて私も上を見ると、そこには異様な光景が広がっていた。


 白い雲が点々と浮かぶ青い空に、一際暗い藍色の煙の塊が浮かぶ。何事もなく留まるだけかと思った瞬間、堰を切ったかのように自由に動き始めた。

 国の上空を子供が描き殴った絵のように動き回る。理解を超えた目の前の行動に体が動かない。


 ただ、見上げることしか出来ない私たちを我に返したは扉の音だった。


 立ち並ぶ家の扉が一斉に開く。

 転がるように家を飛び出たおじさん達。しかし家を出てしばらくすると、気持ちばかりの小走りに変わった。

 

 穏やかな道が一瞬にして不満顔で埋まる。

 よく見ると全員、部屋着姿で中には靴をしっかり履けていない人もいる。追加された訳の分からな光景を前に考えることを諦めてしまう。


 「ほら、早く! 急がないと売り切れるでしょ!」


 「走れ! 買えなかったら今日のあんたのご飯ないから!」


 「お金持った⁈ 前みたいなことしたらお前のコレクション全部捨てる!」


 「ほら! お隣の旦那さんも行ってるでしょ! あんたも早く!」


 「金余っても余計な物買って来んなよ!」


 不満で埋め尽くされた上空を怒号が飛び交う。

 窓や玄関から現れた臨戦態勢のおばさん達。それによって人の流れが加速する。


 「ネムさん!」


 道の端へと引っ張られる。おかげで押し寄せるおじさんの波から逃れることが出来た。


 「あ、ありがと」


 目の前の光景に気圧されながらもお礼を言う。斜め下から見上げるサーラの顔が妙に凛々しく見えた。


 「気にしないでください。にしても凄いですね。意気というか殺気というか」


 「……」


 肩をぶつけながら走る。他より少しでも前に出ようとする姿はサーラの言う通り殺気に溢れている。


 『運動は気分を晴れやかにする』

 学生時代に先生から言われたことが本当なら、目の前を駆け抜ける表情は何なのだろう? 


 前が詰まって走れない。それなのに頭上を飛び交う怒号は止まらない。苛立ちに染まった空気の上に、むさ苦しい匂と土煙が塗られる。


 咄嗟に丸っこい手でパン入りの袋を閉じ、道路に背中を向けた。


 しばらくすると住宅街を走る人も減っていき、応援する声も消えていった。


 「……何だったのかな?」


 「そうですね。皆さん必死だったのはよく分かったのですが……少し見てきます。荷物をお願いします」


 背負っていた歪な形の荷物を何気なく片手で受け取る。

 しかし受け取った瞬間、地面に吸い込まれそうなほどの荷重が腕を襲う。


 地面に置くのは可哀想。そんな頭の片隅にあった優しさも、一瞬でどこかに行ってしまった。


 ……そうだよね。大きさも私のより一回り大きいし、形も変だし。重いのは分かってたけど、流石におかしいでしょ。

 パンがなかったら両手で持てていたとか、そんな次元じゃない。こんな岩みたいな荷物持ちながら私より速いペースで歩いてたの? ここまでくると凄いを超えて怖い。


 持つのは無理と判断した私は、取り残された優しさでゆっくりと地面に置く。


 「……ネムさん。こっち来れますか?」


 いつの間にか屋根の上へ駆け上ったサーラが私を見下ろす。なぜかその表情は困惑していた。

 きっと何か変な物でも見えるんだろう。


 「分かった。今抜けるー!」


 パンの袋を左手で抱えるように持ち、空いている右手を胸に当てる。そして何度も使ってきた魔法陣を展開する。


 「睡眠魔法」


 魔法陣の光と共に全身の力が抜け、地面に沈むような感覚が駆け巡る。ゆっくりと目を開けると私は私の体を抜け出していた。


 『うん。睡眠魔法&幽体離脱魔法成功! あとはテレパシーの魔法を――』


 サーラの元へ向かいながらテレパシーの魔法陣を展開する。


 この魔法も何度も練習した。国の中だから展開が遅いけど多分発動は出来る。


 そんなことを思いつつ上に上がる私。その視界の端にとらえた光景に意識を持っていかれる。

 端から端まで何度も視線を往復させる。いつの間にか展開途中の魔法陣は消えていた。


 『ちょっと待って! あれ何⁈ 何であんなものが……って、サーラ聞こえる? サーラー! もしもーし! ……あれ? 何で?……あ、そっか』


 魔法陣が展開できていないことに気付かず、頭の中で大きな独り言を呟いてしまった。

 自分のミスに照れ笑いしながらも、もう一度テレパシーの魔法陣を展開する。


 『あー、あー。サーラ聞こえる? 大丈夫?』


 『あ、はい! 大丈夫です……それでアレなんですけど』


 『……()()()()()()()()()()()だよね』


 フォーチュンフィッシュ。私たちが最初に戦った魚型の巨大な魔物。


 細長い体を空中を漂うように移動する。その体には割れると様々なトラップ魔法を発動させる純白の鱗を持っている。


 その特性のお陰で物理攻撃との相性は最悪。魔法も属性によっては効果が薄い。さらには勝手に落ちる鱗が作り出すトラップ地獄と、何度でも生え変わる鱗の再生力。


 そんな厄介極まりない魔物を乗せた荷台が、城へと続く大通りをゆっくり進む。

 荷台は全部で3台。それぞれにフォーチュンフィッシュが数匹ずつ乗せられ紐でぐるぐるに縛られている。


 フォーチュンフィッシュを運ぶためだけに作られたのか、縦に異様に長い荷台。それでも尻尾が荷台から少しはみ出している。

 馬だけで荷台を動かすのは無理なようだ。周囲を取り囲む聖騎士団も一緒に荷台を押し進めている。


 『凄い量だけど、こんな街中に運び込むなんて……何かの衝撃で鱗が割れたらどうするんだろ』


 『そうならないように、あの人たちがいるのでは?』


 『あの人たち? あ、ほんとだ。誰か乗ってる』


 サーラが指差した方をじっと見る。すると言った通りフォーチュンフィッシュの上に誰かが乗っているのが見えた。


 遠くからでも分かるオレンジ髪。身長はサーラより少し低いくらいかな。でも女の人にしては高い方だと思う。

 フォーチュンフィッシュの上で仁王立ちして、前を見据える。溢れ出す強者のオーラがここまで感じられる。


 彼女より大柄な聖騎士団員は荷台を押す中にたくさんいた。それなのに、その誰よりも迫力がある。


 『凄いね。足元の鱗が一つでも割れたら大変なことになるのに。あの人ってどこかの隊長さん?』


 『知らないのですか⁈ あの人は第1部隊副隊長のナリ副隊長ですよ! 同じく第1部隊のダリ隊長の妹で、部隊に関することは彼女が1人で行っているようです』


 『へー、副隊長であの迫力か。じゃあダリ隊長って人はもっと凄いの?』


 『1番後ろの荷台にいるのがダリ隊長ですね』


 『あ、隊長もいるんだ。えっと……どれ?』


 荷台は3台しかない。しかも積まれたフォーチュンフィッシュのせいで乗れる場所限られている。

 それなのに「ダリ」って隊長を見つけることができない。


 『んー? 1番後ろって青いゴミがついたフォーチュンフィッシュがいるやつだよね? 』


 『その青いゴミがダリ隊長です』


 『え゛⁈』


 サーラの言葉に耳を疑いながら、もう一度最後の荷台を見る。


 言われてみればあの青いゴ――じゃなくて塊は人に見えなくもない。

 フォーチュンフィッシュの上で仰向けに寝転がる男性。私が物体をそう認識するのに数十秒は必要だった。


 『凄い声が出ましたねテレパシーですけれど』


 『だ、だ、だって……』


 淡々とした口調で衝撃の事実を告げるサーラとは反対に驚きを隠せないでいた。


 もし、今私が幽体離脱をしていなかったら……

 足を滑らせ屋根から転げ落ちていた。なぜか自信を持って言える。


 幽体離脱した私の体は見えないし、声もテレパシーをしている間にが聞こえない。そんなことは分かっている。分かっているけれど、周囲を確認せずにはいられなかった。


 『待ってよ! 大体なんであの人甲冑着てないの? 妹着てるじゃん! みんなも着てるじゃん! それなのに何で⁈ あんなの私服じゃん! そもそも由緒正しき聖騎士団の団長が人前で寝るなんておかしくない? フォーチュンフィッシュが危ないとかそういう以前の話だよ!』


 『ネムさん。誤魔化したいのは分かりますが、必死になりすぎです』


 『そんなのじゃなくて! 私はただ変だって言いたいだけで……でも、他の人には内緒にして欲しいです』


 『分かっていますよ。実は私もゴミにしか見えませんでし――』


 何かを察知したサーラが振り返る。しかし既に手遅れだった。

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