史上最強の眠り姫61
「到着ー!」
入国のチェックを終えた私は大きくジャンプして、両足で街の地面の感覚を味わう。そして拳を突き上げ、見慣れた懐かしい街を目に焼き付けた。
頬を撫でる風、行き交う人々の声、街の匂い。全てが繊細に感じる。
長い道のりを歩き、途中で魔物を倒し、重い荷物を背負ってクタクタになりながら帰ってきた。
蓄積されていく疲労と消えない不安。先の見えない未来に何度も心を折られかけた。
それでも、この光景を見た途端に溜め込まれた負の感情が爽快感に変わる。
「本当に遠かったですね。体力には自信があったのですが」
はしゃぐ私の後ろから落ち着いた声がする。振り返ると、緑髪の長身の女性が気持ちよさそうに伸びをしていた。
珍しく後ろでまとめたクルクルの長い緑色の髪と、汗ばんで少し赤みを帯びた顔。
異彩を放つ彼女の荷物など気にならなくなるくらいの色香にちょっとだけドキドキしてしまう。
「に、にしても、本当に戻って来れてよかったよー! 1年とかそれくらい? 意外と短い間だったけど懐かしい感じがするなー! この街並みとか匂いとか! ほら、サーラも深呼吸してみなよ!」
ドキドキを誤魔化すために、サーラに大袈裟に深呼吸をする。無駄に大きい棒読みのセリフにサーラは疑うことなく、深呼吸をする。
よかった。上手く誤魔化せたみたい……でも本当に帰って来れてよかった。
1年前私たち特殊部隊はこの国から追放された。
とある依頼を受けた際に運悪く魔王と遭遇。他の聖騎士団が来ないなか、私たちはベストを尽くして戦った。
それでも結果は惨敗。数回魔王に攻撃を当てることは出来ただけで、途中で魔王が帰らなければ私たちは今頃この世にいなかったと思う。
メレアの話によると、到着に遅れて何も出来なかった聖騎士団が周りから責められるのを恐れた。それを防ぐために私たちに責任を擦りつけてきたらしい。
最終的に私たち特殊部隊が街を破壊した罪をなすりつけられ国から追放された。いや正しくは罪をなすりつけられる前に逃げ出したんだ。
城での豪華な生活とは打って変わり、木々に隠れた場所で質素な生活を強いられた。しかも、かなり強めの魔物が発生しやすい場所だったようで、私たちは無理にでも強くならざるを得なかった。
メレアは魔法技術の向上に加え、体術に力を注いでいた。
転移魔法で持ってきたのか、体術に関する本を大量に持ってきて読み漁る。ある程度読んで知識を手に入れてから実践に入る。
最初はぎこちなかったけど、日を重ねるごとに上達していった。最終的にはドアノブをもぎ取るほどの怪力を持つサーラとも対等に戦えていた。
もちろんサーラも隠れ家に来てから強くなっている。メレアが持ってきた体術の本を読み少しずつ出来ることを増やしていく。
メレアと比べると成長速度は遅いけど、元から当たれば致命傷を与えられる威力はあった。体術に加え剣術も極めたサーラは、今では1人で中級の魔物を倒せるようになった。
私も2人に負けていない。学校では合格ギリギリだった魔法も初めから学び直して、基本的な魔法は合格レベルまで達した。魔王との戦いの時では全然だった幽体離脱中の起床魔法も発動できるようになった。
これまでの人生で1番努力で身を染めた1年と言っても過言ではない。肉体的にも精神的にも自分を追い込んだ。それなのに……
「……」
両手を広げ深呼吸するサーラを見つめる。
サーラの腕は相変わらず長くて細い。今は袖の下に隠れている肌も透明感があって綺麗だ。あんな腕なのに素手でドアノブをもぎ取るなんて。きっと話しても誰も信じてくれないんだろう。
出所の分からない彼女の怪力は私の七不思議の中の1つだ。それに比べて……
ふと下を見るとタプタプの腕が目に入る。意識しなければ大丈夫なのに、1つ気になると体のあちこちが気になってしまう。
この1年、私の体も何の変化もなかった。
食事は3人ともほとんど同じ量。人があまり踏み込まない地域だったので山菜も多く、元使用人のサーラがバランスの良い食事を作ってくれていたはずなのに……
「あの……どうかしましたか?」
二の腕を揉みながらじっとサーラを見つめる私。そんな私を不審に思ったのか、遠慮気味に声をかけてきた。
顔を覗き込んだ瞬間に耳にかけていた髪が垂れる。上目遣いで私を見つめたまま、再度それを耳にかけ直した。
何気ない日常的な動作。そんな動作に彼女の魅力が全部詰まっているような気がした。
私もこんな大人になりたかったな。
私より年下のはずのサーラに憧れを抱いてしまう。
私より頭一つ高い身長に長い手足。どこかの令嬢かと思うほどの美しい立ち振る舞い。本人は気にしている困り眉も彼女の魅力を一層際立たせている。
元からスペックが高いのに、しっかり努力しているから憎めない。前に偶然お腹を見た時があったけど、引き締まっていて腹筋も割れていた。
サーラには言えないけど、あの割れた腹筋を見た時はテンションが上がった。触らせてとは言わない。けど願わくばもう一度見たい。
「……ネムさん?」
「お腹見せて」
「ほ、本当にどうかしました⁈」
真顔のまま頼む私に、1歩、2歩と距離を取るサーラ。一瞬何が起こったか分からなかった。しかし、お腹を両腕で隠すように守る姿を見て、口が滑ったことを自覚した。
「あ、えっと、そうじゃなくて! いや、頭によぎったのは事実だけど……あ、ちょっとだよ! 今よぎっただけだから! 普段はそんなこと考えてないから! その……引かないで」
「……ふふっ」
慌てふためきながら必死に謝る私を見て、サーラの表情が和らぐ。焦りと戸惑いが入り混ざった顔のまま、楽しそうに笑うサーラを黙って見ていた。
「ふう。すみません。気付くのが遅くなってしまって。一瞬軽蔑の眼差しで見てしまいました。ですが全ては私を思っての言動だったのですね」
「?」
「勝手に街を破壊した犯人に仕立てた。それなのに最近になって手のひらを返したように私たちの所へ謝りに来た。こんな状況疑うなと言う方が無理がありますよね」
「……」
「この国に近づくにつれて、自然と全身に力が入ってしまっていました。それを察したからこそネムさんは、あんな冗談を言ったのでしょう?」
「……まあね」
腰に手を当てて得意げな表情を作る。少しうわずった声が咄嗟の嘘を正直に自白する。
聖騎士団を疑っていないわけではない。メレアが聖騎士団長を隠れ家に連れてきた時は焦ったし、メレアを連れて帰った後も2人で同じ話をした。
しかし『帰れる』という事実が、不安を大きく上回る。重い荷物を持ってここまで背負って来れたのも、その期待があったからなんだろう。
頭の中がお花畑の私に対してサーラはずっと不安と戦っていたんだ。思い返せば、ここ最近のサーラの雰囲気は少し怖かった気がする。その理由が分かってすっきりした。
恥ずかしい言動は消えない。それでもサーラが抱え込んでいることを知れて良かった。
「さてと、せっかく戻って来れたんだし、ちょっとお店見ていかない? もちろん周囲の警戒も忘れないようにね」
『警戒』の部分だけ気持ち強調してサーラに声をかける。するとサーラは決まりが悪そうな顔をした。
「……私が言えたことではないのですが、もう少し声を下げた方がよいかと……内容が内容ですし、帰ってきて早々に疑われるのは嫌ですし」
困りながらも言葉を選んで話すサーラ。彼女の言動を見て、慌てて辺りを見渡す。すると、街行く人々や門の所にいる聖騎士団の人がジロジロ私たちを見ていた。
……どうしよう。やっと疑いも晴れて、長い道のりを歩いてここまで来たのに。このままじゃ振り出しに戻されてしまう。
「……あ、景観! 景観も楽しみましょう!」
「そ、そう! 景観だよ! このために来たんだからー!」
「そうと決まれば行きましょう!」
「そうだね! 早く行こう!」
無駄に大きな声と酷い棒読みで話しながら、その場を離れる。
やっぱりサーラがいてくれてよかった。もし、隣にいるのがメレアだったら2人仲良く聖騎士団に捕まっていただろう。
「メレアさんは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃない? 結局、私たちが考えても答えは出ないでしょ」
少し低いトーンに対して普段通りに返事する。
そう、この場にメレアはいない。何故か聖騎士団長が謝りに来た時に一緒に帰ってしまった。
何やら魔王に関する取り調べを行うとか言っていた気がする。そんな1年前の話を今更と思った。でも、魔王と対等に戦えたのがメレアしかいないから仕方ない気もする。
色々長かったけど、また元の生活に戻れる。そんな期待を胸に抱きながら、私たちは足を進めた。




