幽言部屋 その22
コクリコに、ルネッタちゃんを連れていかれた。
グェットさんのその言葉に、唇を噛み締める。
「だから、彼らのことを知りたいのです」
真っ直ぐなグェットさんの視線の下で、グラスの中で浮かぶ氷が、カラランと音を立てる。
「ええと、いや、ちょっと待ってください、次から次に話が出てきた」
黙っているわたしに代わり、御堂さんがブレーキを踏む。
「まず204号室の怪異とルネッタちゃんの関係を整理したいので、もう少し詳しい話を聞きたいんですが、月乃木さん、それでいいかな?」
テーブルに腕を乗せつつ、わたしたちにそう訊ねる。
わたしは気持ちを落ち着けるべく、一呼吸つけてから、話を聞くかという問いに、直接答えず、“答え”を以って、その答えとした。
「テオくん…204号室の怪異は、ルネッタちゃんの想像力が生んだもの、だと思います」
その答えに、二人ともが一時固まる。
「え、まってまって、イマジナリーフレンドを実体化…ちがうな、具象化したってこと? でも、昨日の話じゃ、一人じゃ普通は出来ないんじゃ?」
「テオくんは、ルネッタちゃんと繋がってました。だからその、存在がつくられたんでなくて、あれは、精神感応で想像を共有したんだと思います」
だけどあの時、もしあのままに放っておいたら、ルネッタちゃんの支配を離れ、独立していたかもしれない。
詰まりのところ、ルネッタちゃんの能力は、並大抵のものじゃない。
ところでどうでもいいことだけど、イマジナリーフレンドって言葉を初めて知った。想像上の友達って意味だよね?
「テレパス……。でもじゃあ、どうしてあの場所、204号室に……?」
「その、“ともだち”の設定として、ブラウン夫妻の子供と言うことにしたんだと思います」
「設定?」
「はいぃ。ブラウン夫妻…翠蘭さんに、子供が出来たら一緒に遊んでと言われてたのかもしれません。それで、20時頃遊びが終わって、そしたら、テオくんが両親のいるあたたかいお家に帰るところを想像したんじゃないかと」
理想の家庭を夢に見て、だけどその妄想に、外から異物が入り込む。御堂さんが声をかけると、それを父と認識し、でもその“父”は、テオくんを拒絶した。それで昨夜のあの暴走。
それがわたしと“先生”の出した一つの仮説。
俯いてしまうグェットさん。零れ落ちる大事なものを、嘆くようなその瞳。
「……20時頃というのは、私が帰宅する時間です。私と主人は忙しにかまけ、あの子を蔑ろにしておりました。そんなあの子は、翠蘭によく懐いていて……。翠蘭の子として、その、イマジナリーフレンドを、テオという子を想像することで、憧れの家庭を見ていたのかもしれません……」
親とは距離があるのだろうとは思ってたけど、毎夜のように20時頃まで両親ともにいないのは、6歳の子には、酷というもの。
だからこそ、翠蘭さんへの想いの強さはどれほどか。
「ええと、その、翠蘭さんがいなくなってから、シッターは?」
「居りました。ですが、翠蘭のようにはあの子は懐かず……。それに、その、あの子のことを……不気味に思っていたようです」
御堂さんの質問に、グェットさんは躊躇いがちにそう答える。
近くにいれば、テオくんの声も聴いただろう。怖れるのも仕方がないかも。
「まってください。居た、と過去形なのは?」
「一昨日に、もう耐えられない、と」
「ああ、なるほど。……ん? 一昨日?」
それはテオくんの来なかった夜。
「そいえば、一昨日は現れなかったです」
「あれあの、それは月乃木さんの人形の力じゃ…いやいや、それよりも、じゃあ、なんで昨日もほぼいつもの時間に? ベビーシッターはいなかったんですよね?」
そういえば。母親の帰宅によって、テオくんも帰るというのなら、昨日はどうだったのだろう。
グェットさんに目を向ければ、その眉間には、強い悔恨が刻まれている
「昨日も…仕事で……。急にベビーシッターが居なくなったので、朝から…食事の準備だけは、3食分……」
ミルクを入れたコーヒーでなく、水のグラスを手に取って、御堂さんはそれを飲み干す。そしてガタリと置いた後、短く強い溜息を吐く。
でもグェットさんのこの告白には、まだ続きがありそうに見えた。
「あや、その、帰ってきたとき、ルネッタちゃんの様子はどうでしたか?」
「あの子は見えない友達と話をしていて……。それを見て、私は……その癖の所為でベビーシッターが居なくなり、どれだけ私が……いえ、ベビーシッターが居なくなったのに、と、その、身勝手にも、カッとなってしまって……」
わたしの仮説はまだ少し、足りない部分があったと言うこと。これでテオくんが否定され、それで昨夜のあの暴走。
「……えと、その、後悔、されてるんですね」
沈黙の中、やっと探した言葉を言うと、グェットさんは何度も頷き、その度に、俯き見えないその顔からは、光るものが零れ落ちる。
「それじゃなんで、コクリコにルネッタちゃんを連れて行かせたんですか?」
御堂さんから初めて聞いた、熱を含んだ冷たい声。だけどそれを、グェットさんは静かに受ける。
「その方々に、ルネッタの力について話をうかがい、そして言われたんです。『このままでは周りだけでなく自分すら傷つける。そうなる前に制御の術を学ばせるために預かる』と」
つまり救うために連れ去ると、そう語るグェットさん。
わたしの思考は暫し止まった。
「制御の術……。ああ、そっかそっか…! コクリ様の都市伝説も、超能力の濫用を防ぐ組織の話ってことか……!」
そう、そう考えれば辻褄は合う。“先生”が言っていた、誰かが広めているというのも、警告を、広めるためだということに。
だとしたら。救うためにというその言葉、それがもし、本当だったら、本当だと言うのなら。
わたしのお母さんは、どうして帰ってこないのだろう。
〇〇〇〇〇
わたしのお母さんは
とっても強い霊能力を持っていて
色んな道具を作ってくれた
それはわたしだけでなく
色んな人に作ってあげた
やさしくて 明るくて
みんなに好かれる人だった
だけど2年前の夏の日に
心をうしなってしまって
わたしが何を言ったとしても
ほほえむだけになってしまって
そして少したった天気雨の日
どこかへいなくなってしまった
〇〇〇〇〇
「グエットさんは、コクリコが連れ去ったルネッタちゃんの様子を知りたいんですよね。それだったら、コクリコのことをグエットさんが知る必要はないかなと思います」
「……それは、何故でしょうか?」
「わたしがコクリコを調べます。ルネッタちゃんの様子も一緒に調べます。だからグエットさんが直接調べることはないかなって」
わからないなら、調べればいい。わたしは探偵なのだから。
「それは…よろしいのですか?」
「はい。だから色々教えてください。コクリコって名乗った人たちのことを」
コクリコがルネッタを連れて行ったという話の時から、隣にいる少女の様子が変わったことに、御堂司は気付いていた。
大らかで優しい笑顔でも、憐憫の哀しい瞳でもなく、貼り付けたような無機質な笑顔。
コクリコ、あるいはコクリ様か、その名に、強く思うところがあるのだろうことは容易く窺えるその変化。
コクリコに強い興味を惹かれた司でも、その紬の変化は、興味ではなく、胸を締め付けられる感覚を覚えるものだった。
だからその言葉は、好奇心からでなく、その仮面を外したいという思いから。
「うん、月乃木さんがそういうなら、僕も手伝うよ」
少女は丸く開いた目を、司へと向けるのだった。
予約忘れてた!




