幽言部屋 その23
「元々依頼が終わったら言うつもりだったんだけど、僕を、助手にしてくれないかな?」
cafe 91に戻ってきて、御堂さんがそう言った。
そう言うことを言われるような気はしてたので、驚くことはなかったけれど。
「やっぱり、コクリ様のことに巻き込むわけに行きません。それに、ウチに助手を雇う余裕はないですし」
だからわたしは淡々と、かぶりを振って返答する。
「ああ、その、助手って言っても、依頼があったときとか、必要な時に呼んでくれればいいし、給料……っていうかバイト代かな、その辺は、取り合えず当面いらないよ。さっきも同じようなこと言ったけど、取材費の代わりに手伝うって事だと思ってもらえれば」
そう言われては、お金は断る理由にできない。
もう一つの理由についても、御堂さんは続けて語る。
「あとそれから、コクリ様のことに巻き込むってことだけど、うん、巻き込むってのは違うかな。僕からしたら、僕が、コクリ様の件を調べるのに、月乃木さんを利用するっていうのが正しいから」
言葉の意味をやや計りかね、怪訝な顔を見せてしまうと、御堂さんは話を続ける。
「うんうん、つまり、月乃木さん無関係に、僕はコクリ様の件に首を突っ込むから、あとはそれを月乃木さんと一緒にやるかどうかって話で、あれ、そういう意味じゃ、むしろ僕が依頼人としてお金を払うべきかな。うーん、そこは、調査を手伝うってことで、まけてもらえると助かるけど」
そう苦笑する御堂さんに、わたしは唖然としてしまう。
「コクリ様は、本当に危険です」
「うんうんうん、まあそうかもしれないけど、だったら尚更、信頼できる人に手伝ってほしいしね」
「そうでなくて、興味だけで首を突っ込むべきじゃないんです!」
信頼できると言われたことは、少し嬉しく感じてしまう。でもだからこそ、思わず声を荒げてしまう。
だけどそれを聞いた御堂さんは、小さく何度か頷きながら、困ったように頭を掻きつつこういった。
「うんうんうん、まあ実際興味本位でだから、そんな軽い気持ちでって思うのもわかるんだけど、でも、興味本位が軽いか重いかっていうのも、その人次第っていうか」
少し座りなおしてから、真っ直ぐこちらを見て続ける。
「つまり、何が言いたいかっていうと、月乃木さんが思ってるよりは覚悟はできてるし、止めようって説得は、意味ないかなって話」
何を言っているかはわかるけど、言ってることがわからない。
「って言ってもちょっと強引かもしれないから、うん、ちょっと身の上話みたいなことでもしようか。それでわかってもらえるかはわからないけど」
この世界はアタシの都合でできてない。
だから自分が主人公みたいなつもりでちょっと冒険してみたら、サスペンス映画のわき役みたいな目にあって、そこからころころ運命ってやつが変な方向に転がっちゃったりもする。
見ちゃいけないものを見て、そのせいで、おどされることになったりとか。
キツネのお面をしたその人は、人形みたいに生きた感じがしない。
いつも機械みたいにアタシに命令して、アタシの報告を聞いて去ってく。
もしかしたらお面の下には、なんかの映画みたいに機械の顔があるのかも。
どうせだったら、アタシも機械になっちゃいたい。
今だって、ベロが機械になったみたいにシチューの味もわからないのに。
そうすれば、こんなモヤモヤもなくなるのに。
こんな、大切な友達をだましてるみたいな気持ちにならないのに……。
時間はもう夕食時。
cafe 91は、バーに切り替える準備中。
でも了也さんが特別に、まかないを出してくれた。
だけどわたしは、煮トマトの良い香りのそのスープパスタにまだ手を付けず、御堂さんの話を聞いている。
「大学の時にさ、ちなみに工学部だったんだけど、趣味で適当にアプリ作って出してみたら、何故かわからないけどヒットしちゃってね。いやいや、すっごいクソゲーなんだけど、何故か。それで、結構お金入っちゃったんだよね。調子に乗って3つだしたら、1つ目に比べたら大分減ったけどあと2つもそれなりでさ」
泡銭と言っていたのは、どうやらこれのことらしい。
「3つで1か月もかかってないのに、親が数年で稼ぐような額が入っちゃって、それで、色々考えさせられて、思ったんだよね。何十年も普通に働いて地道に生きるって、違うのかもって」
「……宝くじの高額当選した人が、人生狂っちゃう話みたいですね」
「うんうんうん、それ知り合いにも言われたけど、ちょっと違うんだよね。お金が手に入ったからじゃなくて、適当に作ったものが大きなお金になって、お金を稼ぐことっていうより、社会とか経済ってものに、失望……とは違うけど、そこに軸足を置きたくないなって思って」
贅沢な話ではあるけれど、少しだけ、解らないこともない。
「まあ結局、お金もあるし好きなことするかって結論だから同じかもしれないけど。あ、冷めちゃうしお腹も空いたから、食べながらでいいかな?」
そう言って、わたしにも手で勧める。
気が乗らないけどお腹は確かに空いていて、わたしもフォークを手に取った。
トマトの旨味ともっちりとした食感に、少し気持ちが落ち着いてくる。
「んまいね、これ。で、そう考えたら…社会の中に溶け込まなくてもいいなら、同時になんだか、別に長く生きなくてもいいのかも、とも思って。でもそれって、若気の至りっていうか、死を意識できてないだけかもしれないでしょ。だから試しにというか、ゴシップ誌の記者の手伝いを始めてみたんだ。まあ、バカみたいな話だけど、危ない橋渡ったりできるかもしれない仕事って感じで」
「記者のお手伝い、ですか」
「そうそう、その人、結構ぶっとんだ人だけど腕はよくて、短い時間だったけどその人に色々教えてもらってね」
顔や名前をすぐ覚えるのも、その時鍛えたものなのかも。
「で、危ない目にあったこともあったんだけど、結局、平穏無事に長生きすることに興味ないなって結論になって。普通に生きてたって死ぬときは死ぬしね。つまり…メメント・モリって知ってる?」
「『死を忘れるな』という意味のラテン語ってことくらいは」
「うんうんうん、中世でちょっと意味が変わったけど、古代では、どうせいつか死ぬのだから、今を楽しく生きようという意味で言われてたらしいんだ、つまりそういうこと」
そして水を一口飲んで、御堂さんは一息ついた。
「そんなところかな。うん、まあ、月乃木さんみたいに優しい子からしたら、説教したくなるようなヤツかもしれないけど、つまりそういうヤツだから、その、諦めて、手伝わせてくれると嬉しいんだけど……」
わたしは黙ってパスタをフォークに絡めとる。口に運んで、また絡めて、絡めて、絡めて。
思い返せば最初から、答えは出ていたような気もする。だけど気持ちが混乱していて、コクリ様への怒りと恐れを、誰かと分かち合いたいと、そう思っただけなのかも。
だからちょっと、格好つかない気分になって、一言だけで返事をした。
「よろしくお願いします」
――それで、依頼は終了になったのかな?
「いちお、明日そうたくんで仕上げますけど、取り合えずそれで終わりです。スッキリしないところはありますけど、それはこれから別の話としてで」
――コクリコか。キミや御堂司も言う通り、コクリの子と考える可き名だろう。
「はいぃ。あと、御堂さんが言ってました。コックリさんは狐・狗・狸と字を当てる事もあって、これは人を化かす、霊力が強い獣という意味もあるとか」
――其方の意味からの名、と考えれば、成程益々腑に落ちる名だね。併し詰まりは、霊能力者の敵対者で無く、霊能力者の集団を示す名と言える。マデールナ夫人の聞いた言葉を信じるのであれば、霊能力者に依る、霊能力者を律する集団と言う事か。
「律するとしたら、なんで……」
――其れを調べる覚悟を、キミは決めたと言う事だ。
「――――はい!」
――ふむ、併し、結局のところ、会話する霊などおらず、精神感応能力者による妄想の共有だったとはね。会話の先には結局人の脳があったと言う、些か凡庸な結末だったのは残念といえるね。
「そう、ですけど、でも、あのままだったらもしかしたら独立してたかもですし」
――或いはそうで在ったとしても、屹度其れは、会話の出来ない妄執の塊でしかなかっただろうね。
「それは……」
――兎も有れ、依頼は完了し、キミは新たな伝手も得た。結果を見れば上々と言うのに不足は無いさ。
「はいぃ……そですねっ」
“先生”との話を終えて、わたしは一人、我が事務所を、日本人形が静かに佇む無人の物置を後にした。




