幽言部屋 その21
SNSで得た情報から、範囲を狭め、建物の特徴と組み合わせ、最後は食材配達サービスに、嘘の電話でカマをかけ、住居の位置を割り出した。
そして今、御堂さんとわたしは二人、そのマンションの前にいる。
「ここですねぇ」
木造のような外観だけど、8階の高さを持ったその建物は、焦げ茶の枠が彩っている昼間であれば白い壁を、今はもう、夕陽色に染め上げている。
「じゃ、時間も時間になってきたので、早速」
部屋番号と、呼び出しボタンを押してから、しばらく待つと、女の人の声が聞こえた。
『はい、どちらさまでしょうか』
「あ、わたし、月乃木探偵社の、月乃木紬と言うものです。少しばかり、お話うかがいたいこと有りまして」
探偵免許をカメラに向けつつ、頭の中で練習していた台詞を話す。
『……申し訳ございません、主人が留守にしておりますので、お引き取りいただけないでしょうか』
丁寧なお断りをする、礼儀正しいお母様。
でも一応、そう言われるのは想定内。
「いえぇ、多分奥様の方が良いかと思います。ルネッタちゃんの友達の、テオ・ブラウン君についてなので」
とは言えこれで袖にされたら、どうしたものかとなるのだけれど、幸いそうはならずに済んだ。
『……そちらに向かいますので、少々お待ちください』
「はいぃ。お手数お掛けします」
通話を切って、一息つける。
「私の話したルネッタちゃんが、こちらのお子さんっていうのは合ってたみたいですね」
「あぁ、うんうんうん、確かにそうだね。でも……」
軽快に頷いてから、一転して眉根を寄せる御堂さん。
「いやあの、来るって、ここで話すつもりじゃないよね?」
「そですね……こちらの素性もよく判らないから、家に上げるのを避けたのかもしれませんけど……」
「うんうんうん、でも、別のところにいくとしたら、いいのかな?」
「はい?」
「いやそろそろ、夕食の準備の時間かもしれないし、そんな時間にルネッタちゃん…小さい子を置いてていいのかなって」
言葉の割に、深刻な顔の御堂さん。恐らくそれは、ルネッタちゃんがもういないかもと考えたから。
その顔を見て、わたしも少し、考える。
今朝方に、“先生”との話を進め、出た結論。わたしが話したルネッタちゃんは、生きてその身で精神感応した。
その考えに自信はあるけど、確証までは確かに持たない。
「うぅん…もしかしたら、ちょっとしか話をしないつもりなのかもですね。ともあれ、話をしてみましょう」
「うんまあ、そうだね」
そしてしばらく待っていると、品の良い、黒髪女性が現れた。
わたしたちの方を見て、やや力のない笑みを浮かべて頷くように頭を下げる。
「初めまして。ルネッタの母親の、グェット・マデールナです」
アオザイ風の普段着のようなワンピースがよく似合う、手足の長いスタイルで、でもその顔には疲れが見える。
「お忙しい時間にすみません。月乃木紬といいます」
そう言ってまずは名刺を渡す。
グェットさんは、静かな動きで受け取って、先ほど同様頷いて見せる。
「僕は、その助手の御堂司と申します。ああ、あの、すみません、僕は名刺がなくて」
変な話にならないように、助手で紹介することに。最早実際間違えでもない。
「近くにカフェがあるので、そこでお話を伺います」
グェットさんのその提案に、御堂さんと顔を見合わす。
「えと、こんな時間にルネッタちゃん一人で、大丈夫でしょか?」
わたしが疑問を呈してみると、気付いたように眉を動かし、哀し気な目でこう言った。
「ルネは、あの子は、しばらく家に戻りませんから」
「あらライリー、なあに?」
ドアを開けて出迎えたのは、赤い髪の妙齢の女性。
リーシャという名の、来利の隣人だった。
「うん、昨日のお礼にシチューのおすそ分けって思って……。あ…ご飯食べちゃった?」
「ありがと、丁度食べに出掛けようと思ってたところだったわ」
来利が胸の前に掲げる器の蓋を開け、肉のうまみとハーブで彩られた香りを楽しむと、リーシャは、猫のような瞳を来利に向けて微笑んだ。
「んー、いい匂いね」
「じゃ、はい」
「ん、お茶でもしてく?」
「あ…ううん、ウチもこれからご飯だから。じゃーね」
「そう? ん、じゃ、そっちの食後でいいわ。その頃には私も食べ終わってるし」
誘いを断り踵を返す来利に、家に寄るのは当然のこととばかりにリーシャは言う。
しかし軽い口調のその言葉に、背を向けた来利の肩は強く掴まれた。
「話したいこと、ありそうだもの」
振り返った来利が、作り損ねた笑顔でリーシャの瞳を見つめると、肩を竦めてこう言った。
「ん、それに趣味なのよ、可愛い女の子の笑顔を取り戻すの」
そして、いたずらっ子のように、犬歯を見せるのだった。
2階まで吹き抜けの店内は、バロックな装飾が施され、煩くはない程度の華美な空間を作ってる。
隅の席へと腰を下ろして、まずは事件のあらましを、わたしから説明をした。
「翠蘭の部屋に、男の子の幽霊が……」
「あ、あの、壺を売ったりとかそゆつもりは全然なくて、調査でお伺いしたので、マデールナさんからお金をいただくつもりはないです」
いきなりオカルト話をしては、訝しがられてしまうはず、と、慌て弁解を付け足した。
だけど返ってきた言葉は、予想もしないものだった。
「いえ、その様なことを疑ってはおりません。あなた方の様な方がいらっしゃることは、うかがっておりましたので」
「え、え、え。うかがってって……」
「その、どなたにうかがってたんでしょか……?」
グェットさんは、コーヒーカップに手を添えて、少し躊躇いを見せてから、淡々と言葉を紡ぐ。
「その方は、今日起きたことは吹聴するな、その者に不運が訪れる。ただ、近く来るだろう娘のことを調べる少女には、話しても良い、と」
そしてその黒い瞳は、わたしではなく御堂さんへ向けられる。
「ああ、ああ、なるほど。でもうん、僕の安全の問題なら、どうぞ話してください。聞きたいです」
「あや、でも……」
躊躇うわたしに御堂さんは、苦笑しながら頭を掻いて、こう言った。
「あー、『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』ってニーチェの言葉がこう言うときに引用されがちだけど、僕にとっては警告にはならないんだよね」
グェットさんと、わたしの方と、交互に見ながら話を続ける。
「うん、その、言ってみれば、覗きたいんじゃなくて、深淵に足を踏み入れたいんで。それに――」
そして体をわたしに向けて、ちょっと申し訳なさそうな顔をする。
「まあこれは、僕の問題で僕の責任だし、その、お金も払ってるんで……ね」
一筋縄では退きそうにないその様子に、わたしは弱く頷いた。
「宜しいのですね」
「はいぃ」
「彼らは、“コクリコ”と名乗っていました」
微かに頭に浮かんでもいた一つの名前。その名前とは少し違うけど、でも確実に関係のある、その名前。
“コクリコ”と言う、名が示すのは。
「コクリコ……コクリ様の子!?」
わたしの思うそのままに、御堂さんが声に出す。
おそらく違った思いを持って、グェットさんとわたしの視線が、御堂さんに集まった。
「ああ、いやいや、すみません、コクリ様というのは、都市伝説なんですが、ご存じですか? あ、月乃木さんは?」
わたしは首を縦に振り、グェットさんは横に振る。
「簡単に説明すると、力を濫用する超能力者の元に現れ……」
「御堂さん!」
それは、超能力者を別人にすり替えるという都市伝説。コクリコが、その名前から見込めるように、コクリ様の遣いとしたら。
「あや、その、深淵を覗くとっていうお話、逆に、グエットさんが色々知るのもよくないのかもしれないですし……」
それも嘘ではない理由。だけど母というものは、それで引き下がるものではない。
「いいえ、できれば詳しく教えてください。ルネッタは、コクリコを名乗るその方々が連れて行ったのです」




