幽言部屋 その20
「いやいやいや、月乃木さん、ここでバイトもしてたんだ」
「いえぇ、ここお借りしてるので、土日は仕事が空いてる時はちょっとお手伝いをしてるだけでして」
御堂さんがやって来たので、お店の方は優子さんにお任せをして、わたしは前回と同じ店の奥へ。
「なるほどなるほど。あと、それ、ウェイトレスさんの制服が和服ってお洒落でかわいいね」
「あやや、はいぃ。ちょっと動きにくいとこもあるけど、落ち着きますねぇ」
このお店の制服は、男性は洋装だけど、女性の方は、質素な紬にエプロンという組み合わせ。
なのでわたしもその格好。
「えと、それで、少し調べてみたんですけど……」
「あ、それなんだけど、僕もルネッタって子について調べてみたんだよ。聞いてもらっていいかな?」
御堂さんはそういうと、ノートPCを取り出した。
「は、はいぃ、お願いします」
「うんうんうん、じゃあ。まずは名前…苗字だけど、木がどうのって話があったのと、マで始まるらしいってことだったね」
「はいぃ。でも、マの方は違うかも知れないものでしたけど……」
気を失う直前に、なおとくんで聞いた言葉で、間違っていてもおかしくない。
実は結論としては合っていたけど。
「うんうんうん、でも多分合ってるよ。翠蘭さんがシッターしてた子の名前、ルネッタ・マデールナで」
204号室に住んでいた、ブラウン夫妻の片方の、翠蘭・ブラウンさん。その人のベビーシッターの相手の子供は、わたしの方でも突き止めた。
その子は確かに御堂さんの言う通り、ルネッタ・マデールナという名前。
「あやあや、どうしてわかったんですか?」
「うんうん、簡単だよ、ポルトガル語の森がマデーラスって感じの単語だったんで、それに近い発音のイタリア系の苗字を探しただけ。イタリア系を探したのは、ルネッタって名前を調べたらイタリア系らしかったから」
確かにそれで、候補としては浮かぶけど。
「で、そのマデールナで検索かけたりして調べたら、SNSで、この特区在住のリコ・マデールナっていう、小さい子供がいるっぽい41歳の人のアカウントが見つかったんだよね」
そう言って、ノートPCをこちらに向ける。
そこに映るのはリコという人のプロフィール。
わたしが確認したのを待って、御堂さんは、またPCを自分に向ける。
「それから更に、旅行とかの特徴的な投稿をいくつか検索かけたら、このブログが、多分30代くらいの女性なんだけど、同じタイミングで同じ場所に行ってることが数回あって…あ、ハンドルネームを使ってるから名前からはわからなかったけど、そこで、6年ほど前に、娘が生まれたって投稿があった」
そしてわたしにPCを向ける御堂さんのその表情は、自慢気に笑みを浮かべている。
昨日の今日でここまでなんて、来利ちゃんの言う通り、やっぱりただのフリーターじゃあないのかも。
「はー…成程お見事です。それに、はいぃ、翠蘭さんがベビーシッターをしていたのは、ルネッタ・マデールナちゃんで合ってます」
感心しながらいうわたしに、御堂さんは目を丸くする。
「あ、そっかそっか、月乃木さんも突き止めてたのか、本職だもんね。ちなみにどうやって調べたかって…企業秘密?」
少し悔しさを滲ませながら、そう訊いてくる御堂さんに、わたしは少し困ってしまう。何せわたしが知ったその方法は、
「いえぇ…その、アントニオさんから思い出したっていうご連絡があったからでして…」
というものだから。
ブラウン夫妻と仲の良かった、401のアントニオさん。連絡先は伝えていたので、思いだしたと言うことで、昨夜連絡してくれたのだ。
それを聞き、御堂さんは顔に手を当て言葉を失う。
「あでも、裏も取れて助かりました。それに、住所がまだ4区ということまでしかわかってなかったんですけど、それももしかしたら、写真の位置情報で……」
「あー、それは残念。家や近所らしい写真には、位置情報なかったよ。その辺は割としっかりしてるね」
あっさりと言う御堂さん。あそこまで調べているなら、位置情報を調べているのも当然だとは言えるのだけど。
「あやあや、そうですか。ちなみに、翠蘭さんは、業者を通さず直接ベビーシッターしていたのか、近隣の業者に問い合わせても情報がなかったです……」
「なるほどなるほど。じゃあ住所をどうやって調べるかだけど……」
「一応、協会……探偵協会でデータベースの検索ができないか、問い合わせてはみたんですけど、わたしの免許の権限だと、事件性がちゃんとないと難しくって……」
俯きながらそういうと、御堂さんは興味深気に身を乗り出した。
「データベース! それって警察みたいなデータベースを協会が持ってるってこと? でもそうか、免許があれば誰でもいつでも閲覧できるんじゃまずいのか。なるほどなるほど……」
「あやや、はい、警察みたいなっていうか、警察のデータベースみたいです。裁判所の許可があれば、照会できるんですけど……」
わたしの補足に、大きく頷く御堂さん。
ちなみに同じ権限で、住民票も閲覧できる。
「でも、御堂さんの見付けてくれた写真に写ってるものから、絞ることは出来るかもです」
嬉しそうに、笑顔で頷く御堂さん。
その後ろには、優子さんが近付く姿が見てとれた。
「お茶菓子。よかった? 持ってきて」
そう言って、2杯のお茶と、お煎餅をテーブルに置く優子さん。
それはお店の品物でなく、来客用のわたしの私物。
「あやや、優子さん、態々有り難うございます」
「社長なら」
「あや?」
ポツリ呟かれた一言に、わたしが首をかしげると、一瞬の逡巡の後、仕切り直して話し出す。
「ごめんなさい、聞こえて。社長に頼んだら、データベース、すぐに照会できるはず」
一般人の住所程度の情報ならば、王社長の免許でだったら、確かにすぐに照会できる。
「聞こえたのは、データベースという声と、裁判所の許可ってところから。ごめんなさい」
話を聞いてしまったことを、何度もあやまる優子さん。むしろわたしが悪いので、それを言おうと息を吸ったら、吐き出す前に話が続く。
「それと、食材配達サービス」
「あやや?」
「写真、テレビの反射。もし住所なら、調べるなら手掛かりになるかも。でも、画面みたこと、ごめんなさい」
「あや、そんな、わたしがちゃんとしないといけないことですし……」
またも謝る優子さん。今度はちゃんと、フォローを言えた。
その一方で、御堂さんは、食い入るように画面を見る。
「ホントだ、テレビの画面に反射して、ロゴが映ってる……。いやいやいや、ありがとうございます!」
驚きに満ちた顔を上げ、優子さんへお礼を言う御堂さん。
優子さんは少し微笑み、
「ごめんなさい、レジ」
そう言ってレジの方へと戻っていく。その行先には、ちょうどお客も向かっていた。
「……ええと、もしかして今の人って、飯田さんの妹さん?」
「あやあや、そです。わかりますか?」
「なんだか色んな意味で似てたし、優子さんって名前だってのは昨日富良永さんが言ってたしね」
言ってたっけそんなこと?
言ってたような気もするけれど。
「えと、それで、その、じゃあ、王社長…あや、ここの、91探偵社の社長ですけど、ちょうどそこにいらっしゃるのでお願いしてきますね。あ、その費用は…わたしの力不足が原因なので、必要経費に含めませんので……」
正直ちょっと手痛いけれど。
そう思ったら、御堂さんから意外な提案
「いやいや、まって、もうちょっと、写真から調べてみない? あ、もちろんそれでかかった時間分の代金は出すから」
「あや、あやや、そんな、そういうわけには行かないです!」
「その代わり、僕にも一緒に調査させてほしいんだよ。その、ぶっちゃけ、探偵の仕事に興味があるから、取材させてもらうってことだと思ってもらえれば」
「あやや、そんな、わたしじゃあんまり取材の価値がないかと……」
来利ちゃんとの昨日の話もあることだし、意外ではないものの、突然のその提案に、色んな意味で、つい腰が引けてしまう。
だけどわたしがそう言うと、御堂さんは、大きく強く、かぶりを振った。
「いや、いや、いやいやいやいや、昨日だけでも何も解決しなくても元が取れるってくらい、貴重な体験をさせてもらったよ。単に体験ってだけじゃなく、興味深い人達にも会えたし」
確かに昨日の了也さんとか、興味深いのはよくわかる。
だとしても、来利ちゃんの言う通り、あまりに気前が良すぎるのでは。
「でも、その、お金、大丈夫でしょか……」
「あー、まあその、実は泡銭が入って、そこそこお金持ってるものでね」
苦い笑みを浮かべつつ、頭を掻く御堂さん。追求するのも失礼なので、ここまでにしておこう。
でも来利ちゃんの言う通り、何か秘密があるようなので、少し注意はしておかないと。
「はいぃ、わかりました。じゃあ、まずは写真を調べながら、配達サービスも調べてみましょか」
「うんうんうん、ああ、そう言えば……」
「何でしょか?」
「子供を亡くしたって投稿はなかったよ」
どんな顔で話したものか、決めかねた顔の御堂さんに、わたしは微笑み返事をする。
「はいぃ。たぶん、この件で死んでる人はいません」




