幽言部屋 その19
――男の子とルネッタは、別の存在だが関わりはある。それは確定したと言って佳いだろうね。
「はいぃ」
――では次に、其々が肉体を持った人間かはどうだろうか。男児については、即ちは生き霊か否かとも言い替えても佳いね。
「うぅん……死霊の類いだとすると、どうも腑に落ちない感じです。あの部屋に拘る理由は見つからないし、怨念もなくて明るい感じで」
――では生き霊と?
「あでも、今の話は生き霊でも同じですね」
――死霊でも生き霊でもなく、ならば何モノなのかと頭を抱えるところだが、キミには考えがあるようだね。
「今までのお話を考えると一つ。それは――」
早めのお昼を食べた後、cafe 91でお手伝い。
喫茶店とは名ばかりの、探偵社の談話室のようなものなの。店員は、手透きの人が代わる代わるで、メニューもシェフの気紛ればかり。
そんなわけで、いつもお客は少ないけれど、日曜昼時ともなると、流石に少しは入ってる。
その内二人は、探偵社の人なんだけど。
「……以上により、当方の被害は軽傷1名のみ、マルタイも無傷での……」
その一人、JJさんことジェイコブ・ジョーンズさんは、わたしが近付いたのを見て、即座に言葉を切って黙る。
「えと、アボカドサンドイッチのハム抜き、とボロネーゼフエットチーネと豆花になります」
「フェットチーネ、だよ、レディ」
いつも細かいJJさん。「アボカド」を間違えないよう気にしていたら、違う方を間違えてしまった。
「つうか、んなのミートソーススパゲティーでいいだろうがよ」
面倒そうに口を開いた、向かいに座る男性こそが、91探偵社の代表、ナイン・王社長。
カラフルな、シャツとベストを着こなしつつも、それに反して気怠そうな雰囲気を纏う中国系の男の人。
30半ばの若さでいながら、少数精鋭と謳われる武闘派探偵を仕切る人。
「いえ、ボス、スパゲッティというのはロングパスタでも2ミリ弱の直径のものを言ってですね……」
「そんな違いのわかる舌じゃねぇだろお前。紬ぃ、悪いが、明日から名前をミートソーススパゲティーにしとけって、飯田兄に伝えてくれ」
苦笑しっつも頷こうと思ったら、後ろから、遠慮がちな声がした。
「ミートソースパスタ、でも、いいですか?」
流れるような黒髪に、透き通るような白い肌。だけどそのコントラストの強さとは裏腹に、淡く儚い印象が先に立つ。
お兄さんとはまた少し、違った浮世離れをしてる、了也さんの妹さん。飯田優子さん。
「おお、料理長」
優子さんは、わたしと同じく女給としてここにいるわけだけど、レシピもいくつか提供してる。今出したのも多分そう。
ちなみに今厨房にいるのはお兄さんの了也さん。優子さんに了也さん、この二人がいる時が、お店としては、多分一番当たりの時。
「スパゲッティは、細いから、味付け、変えないといけないです。それに、食感いいのが、スパゲティ、乾麺だと、なくて…」
「つうか、旨ぇなこれ。何の香りだ、レモンか?」
優子さんが説明する間に、一口運び、感想を漏らす。
「それは、山椒、挽きたてのと、カルダモン、少し。他にも、スパイス幾つか入ってます」
「山椒ってこんな香りだったか? ま、違いの分かる料理長に言われたんじゃしゃあねぇな、好きにしとけ」
面倒そうに、追い払うように手を振る王さん。でもその口角は上がってる。
その王さんに、ぺこりと頭を下げてから、優子さんは、JJさんに水を注ぐ。グラスが減ったことに気付いて、水を注ぎに来たところだったよう。
追い払うよう振った手が、少々行き場を失って。そんな自分がツボに入って、王社長は、大きく肩を揺らして笑う。
そんなことも気に留めず、再度ぺこりと頭を下げて、その場を離れる優子さん。わたしも一緒についていく。
「あのきし麺みたいなパスタを、へ、フエ、フェットチーネって言うんですねぇ」
どうもファ行は発音苦手。
「そう、みたい。袋、書いてあった、から」
「あやあや、細いと味付け変えるとか、食感がとか、詳しそうでしたけど、そゆわけじゃないんですか?」
「ううん、よく知らない。でも、太さと形、見たら、大体わかるかな、ソースの絡み方。食感も、見たら、大体。……変、かな?」
料理が得意な人ならば、わかるものなのかもしれない。
ただちょっと、了也さんの察しの良さを思い出す。ソースの絡みや食感は、精神感応でわかるものではないのだけれど。
「えと、料理の才能があるんですね、やっぱり」
「……作るのも、上手いと、いいんだけど……」
少し不器用な優子さん、レシピはできても、料理をするのはのは苦手らしい。了也さんの方はというと、プロのような手際だけれど。
もしかしたら、その了也さんと比較して、下手だと思っているだけで、実はうまいのかもしれないけど。
うぅん普段の様子を見たら、そんなことはやっぱりないかな。
そういうわたしも上手い方ではないのだけれど。
そんな感じにお店の手伝いしていたら、予定の時間に20分ほど先駆けて、待ち人が来店した。
「…あ、お、え、っと、月乃木さんこんにちは」
「御堂さん、いらっしゃいませ」
上から下からまじまじと、わたしを見る御堂さん。
そんな風に見られては、地から足も浮かんでしまう。さっさと奥へ案内しよう。
「すみません、ゆ…」
「お店は任せて」
「はいぃ、お願いします。それじゃ、御堂さん、こちらへどうぞ」
そういって、前と同じく奥の席へと案内する
◆◆
「で、あの二人はどうだ?」
低い声で問う王に、JJは、紅茶で口内のサンドイッチを喉に流し込む。
「貴仁君は、頭もよく吸収が早いですね。ただ、少々危機感に薄い気もしますが」
「銃相手でも変わらねぇか」
「ええ。場慣れ…もあるように見えますが、それだけではないように思えます」
ため息を一つつき、王はパスタを巻いたフォークを口に運ぶ。
「もう一人、飯田了也の方ですが……」
言葉を区切ったJJに、王が視線を向けると、唾を飲み込み喉が動いたのが見えた。
「あれは、何者……いや、そもそも人間ですか?」
声を潜めてそう言うJJの目は真剣そのものだ。
「それほどか」
「石を投げて銃弾を逸らしました。偶然ではないでしょう。詳しいところを聞きたかったのですが、貴仁君が別件にいかせてしまい……」
「……距離は?」
「射手からは10メートル弱、自分からは3メートルと言うところでしょうか」
目を瞑り、背もたれに体を預ける王。
10メートルの距離、手元の覚束ないチンピラが射手、そして質が良いとは言えない拳銃。
その状況では、何処に拳銃弾が飛んでくるかなど、如何な手練れでも正確に判る術はない。
よしんば判ったとしても、それに3メートルの位置から石を投げ当てるには、一瞬で横切る弾のタイミングに合わせるのみならず、弾が発射される前から投げ始めなければ間に合わない。
「キツネツキだろうとは思っちゃいたが……」
「だとしてもどの様な能力なのか。地味に見えますが、正確さという点では、私の知る範囲では比較にもなりません」
「くかかっ、味方で良かったじゃねぇか」
畏れというより恐れ。そんな表情を浮かべるJJに、王は歯を剥き出し笑う。
「敵に回して、勝つ術が無いわけでもありませんが」
弱者を威嚇する肉食獣も思わせる剥かれた牙に、JJは、襟を正して強気を見せる。
「試すなよ。喧嘩は金を貰ってするモンだ」
「心得ております」
何時通りの澄ました顔を、取り戻した部下に、軽く頷くと、王は厨房のドアを鈍く光る眼で見つめるのだった。




