幽言部屋 その15
「あれ、飯田さん外にいるね」
階段を登り、2階の外廊下にでた御堂司が、ポツリと言った。
富良永来利が遅れて廊下にでると、部屋のドアの横の壁にもたれた飯田了也が見えた。
「了也さん、ご飯買ってきたよー」
紬が一人になりたがっていたと考えていた来利にとって、了也が部屋の外にいることに不思議はなかった。だから疑問を示すこともなく、買ってきた中華料理の包みを掲げて見せる。
「あー、てきとーに買っちゃったけど、了也さんって苦手なものとかあった? ちなみに中華だよ」
「特には。余ったのでいい」
「えー、でもじゃー、好きなものは?」
来利が話を続けようとしていると、ゆっくりとドアが開き、月乃木紬が顔を覗かせた。
「あ、ご飯買ってきたよー」
「うん、ありがと。えと……」
来利に笑顔で答えた紬は、続けて了也の方をちらりと見ながら言葉に迷う。外にいる理由をどう説明するか迷っていることに来利が気付くより早く、了也が口を開いた。
「ちなみに、見張り。目を覚ますかもしれないから」
「えっ! あーそっかそっか、そりゃそうだ……」
205号室を指で示す了也に、3人ともが驚きと不安を顔に浮かべる。だが、了也は、そんなことは全く問題でないかのように、表情一つ変えず続けた。
「軽く縛ってるんで、理性がないなら起きてもすぐは動けないし、来ても止めるから大丈夫です」
先ほどあれだけ鮮やかな動きを見せた了也の言葉に、3人は安堵を見せる。
「じゃ、ご飯にしましょーか。一応御堂さんの部屋の方がいーよね、いーですか?」
「うんうんうん、空き部屋で飲み食いは流石に渋い顔されそうだしね」
「あやあや、いつ来るか判らないし、早く食べないと」
3人が203号室へ向かう中、了也だけは動かない。
「俺はここに」
「あやや、でも……」
「SPとでも。その方が気楽」
「なんかかっこいー……。でもご飯は?」
「ここで」
「じゃー、了也さんは豚まんどうぞ。食べやすいと思うから」
「いくら?」
豚まんを受け取りつつ、財布を出す了也を、紬は慌てて横から止めた。
「あや! そんな、貰えません!」
了也にそう言うと同時に、代金を払ったのが来利か御堂であることを思い出し、更に慌てて来利の方を向いた。
「あやや、えとつまり、わたしが出すね」
「あれ、経費だと思って御堂さんに出してもらったよ?」
「うんうんうん、経費は出す契約だしね。あ、あの、勿論飯田さんの分も。助けてもらったんで、出させてください」
「ご馳走さまです」
笑顔で話す司と、あっさり引き下がる了也の間で、紬は右往左往してしまうが、来利がそれを、203号室へ引っ張っていく。その背中に、了也が思い出したように言った。
「因みに、霊感はないから、そっちの何かが起きても気付かない」
「え、なんかすっごく意外。霊感とかメッチャクチャ鋭そうなのに」
驚く来利に、了也は豚まんをくわえながら肩を竦めた。
気付けば既に7時の手前。
8時がいつもの時間だけれど、ずれないとも限らない。早めに準備を済ませないと。
わたしはご飯を食べるのが、あんまり早くはない方だから、ちょっと慌てて食べ始める。
「そーいやー、アタシと御堂さんはこっちで待ってた方がいいのかな? 紬はあっちで待つんでしょ?」
カップに入った焼きそばを、箸で掬ってもぐもぐしつつ、来利ちゃんに首肯を返す。
あっちの部屋に変化があると、出てこないかもしれないけれど、それでも何かの変化はあるはず。
もしも何もなかったら、それはそもそも今日は外れという話。
「ところで、僕たちが買い物にいってる間に、何か分かったこととかあった?」
まぐまぐしつつ考える。
“先生”とのさっきの話は、横路の話ばかりしてしまい、本筋が足りなかったと思い出す。だけどそれでも、浮かんでしまったあの考えは、今はまだ、言葉にしたくはないもので。
そんなことを思っていたら、ふと横路が頭に浮かんだ。
「あの、中国語の部屋って、知ってるでしょか?」
「中国語の部屋? 都市伝説か何か?」
「いえぇ、思考実験です。そこそこ有名なのなんですけど」
「思考実験って、シュレディンガーの猫みたいな? うーん、ごめん、知らない」
不思議そうな顔をして、かぶりを振る御堂さん。
来利ちゃんの方を見れば、自信満々に笑顔を浮かべ、親指を立てている。これは“当然知らない”の顔。
「えと、説明すると……」
「いーよ調べる。紬はご飯食べててー」
わたしの言葉を遮って、来利ちゃんはスマホを取り出す。
そして出てきた内容を、声に出して読んでくれた。多分これはWikipediaかな。
わたしはその間箸を進める。
「へぇ、なるほど。何だかAIの話みたいだ」
「あー、なんかそれっぽい?ことも書いてますよ。コンピュータのアナロジー?だって。うーん……」
「うんうんうん、チューリングテストの発展って言ってたしね。それで、あ、もしかして、今回の幽霊もこう言うものだって話?」
発端はそうだけど。
「それもあるんですけど、この話ってどう思います?」
「ああ、うんうん、AIみたいとは言ったけど、そもそも人間の脳だって、同じようなものかもね」
たしか反論の一つとして、そんな話もあったはず。
「でもそっかそっか、強いAIを考えるとき、知性とは何だって考えることになるけど、幽霊についても同じってわけだ」
深く納得したようで、しきりに頷く御堂さん。その斜めで来利ちゃんは、唇をとんがらせて首を傾げる。
どうしたのかと、わたしも首を傾げたら、尖った唇が開かれた。
「AIとかはよくわかんないけど、この話おかしくない? だって、こんなんじゃー、人がいるって思わないよね」
「あやあや、中国語が解る人がって意味だよね。どゆこと?」
「だって、これっておんなじ質問したら毎回答えおんなじなんでしょー? ゲームのキャラみたいなもんじゃん。あー、それとも、2回目はこう返して、3回目はこうでってゆーのも書いてあるのかな? そしたらその取説って、もう神様みたいなもんだから、なんか、ちがうく気がするー」
本題はそこと違うし、思考実験は神様みたいなものがいても良いものだけど、でも来利ちゃんが言ったことは、わたしにとって衝撃だった。
「1度目と2度目で答えが違う、今までのことで先が変わる……」
「あー、成程成程、元々あったものを返すだけじゃ、データベース、知識でしかない。インプットでアウトプットを変化させてこそ知性ってのは確かにそうだね。AIの定義でも、学習は一番大事だし」
またむつかしいこと言っている。そう言いた気な表情を、虚空に向ける来利ちゃん。
でも御堂さんの言う通り、それが知性というのなら。
「そだねぇ。前の話を覚えてて、それでちゃんと話を返すなら、空虚な装置なんかじゃないよね」
「空虚な装置?」
わたしが漏らしたその言葉、御堂さんが掬い上げる。
「あや、えぇと、気にしないでください」
“先生”が言っていたってだけだけど、何とはなしに説明を避ける。
そして残りの焼きそばを、なるたけ急いで口に運んだ。
「んぐ。……じゃあ、わたしはあっちで待機してますね。こちらでなにか危なそうだったら、大声出してください」
「あー、アタシも外いくー」
「あや?」
「せっかくだから了也さんと色々話してみよーかなーって。レアキャラだし」
お店では、接客に殆んど立たない了也さん。そういう意味なら、確かにレアキャラ。
「えと、じゃあ、そゆことで」
「ああ、うんうんうん、気を付けて」
部屋の外に出てみれば、了也さんが立っていたのは205の更に向こう。204の近くにいたら、霊の妨げになるのではとのことだった。
確かにそれはあるかもしれない。
そんなわけでと言うことで、了也さんと来利ちゃん、二人は205の向こうで待機。
そしてわたしは204へと入っていった。




