幽言部屋 その14
「大体情報はそんな感じです」
――併し飯田了也という青年は、中々に面白い性分だね。
「面白い、ですか」
――ああ。例えば、硬貨を投げたのは1階からと言うことになるだろう?
「そですね、その後に上がってきたので」
――だとするならば、手摺壁を越えて、入り口直ぐと言え室内の男に当てるには、角度を考えたならば建物からはある程度離れた位置から投げる必要があるだろう。
「そですね。うぅん、近くにいたなら、態々投げる為に離れるくらいなら、まず登ってくるはず。てことは、ここに向かってるときに言い争う声が聞こえて、硬貨を投げてそのまますぐ走って2階に登ってきたって感じでしょか」
――そう考えるのが妥当だろうが、飯田了也は御堂司とも面識がなく、単に男二人が言い争っているのが聞こえただけの筈。にも拘らず、片方の男に硬貨を投げつけ、階段を使わず壁から2階に登り、そしてそのまま状況を君達に確認することなく男を絞め落としたという訳だ。
「言われてみると、目茶苦茶ですねぇ」
――併し目茶苦茶でありながら、最短にて最適の結果を出している。更に其の後も亦然りだ。
「その後、ですか?」
――普通であったなら、男の異常な行動について、もっと男を調べようとするものだろう。身体や持ち物に妙な所は無いかだとか、或いは縛った上で意識を戻して、其の様を見てみるだとか。
「うぅん、そですね。でも、わたしの視た限りだと、多分、普通の目で見て判るものはなかったと思います。それにあのまま意識を戻してというのは、あの男性が危険だったかもしれません」
――やはり目茶苦茶な様であり乍、最短最適と言うことだよ。まるで現世の台本をなぞり演じる、性急な役者の様じゃあないか。
「あや、それって全部自作自演、了也さんとあの男性が、協力してるってことでしょか……?」
――其れにはあの男に些か正気が足りないというものだろう。加えて、今此処に居ない飯田了也の勘の良さを鑑みれば、別の答えが浮かんでくるというものさ。
「別の答え……異常なほど察しが良い人、特異能力者……!? 例えば精神感応能力者で、わたしの心を読んだとか……?」
――或いは別の力にせよ、何れ彼が特異な能力の持ち主であるとしたならば、君にとって、コクリ様に近付く上でも有用な人物ともなり得よう。
「……でもそれは…いえ、考えておきます」
――さて此処迄は余談というもの。本題に入るとしよう。先ずは男の霊障についてだが、御堂司の其れと、原因を同じくするものだろうと君は言ったね。
「あ、はいぃ。同じ模様だったと思います」
――男の其れが原因という可能性は?
「うぅん、そこも、御堂さんのと同じ感じで、本体みたいなものじゃなかったと思います。ただ、御堂さんの時よりも、かなりしっかり根を張ってるみたいでしたけど」
――では、未だ見ぬこの部屋の怪異が、やはり双方の原因であると、今は考えておくべきだろうね。若し、あの男を正気に戻し話を聞けるのならば、良い情報を得られただろうが――
「わたしとそうたくんじゃ、あんなに根を張ったのを祓うには大分力を使うので、今夜何かあっても対応できなくなったと思います。……了也さんに言われなかったら、やっちゃってましたけど」
――詰まりは、まともな男に話を聞くのであれば、明日から先という事だ。併し、だとしても、判った事は幾つか有る。特に一つ、とても大事な事が判ったね。
「大事なこと、ですか?」
――此の怪異が、人の正気を失わせ得るものだと言う事さ。
「あやあや、そっか、それは当たり前でないことですもんね。それに、御堂さんもああなっていたかもですし」
――其れも、答えを手繰る糸の一つだ。即ち、何故あの男はああも正気を失って、何故御堂司は無事であるのか。
「普通なら、接触の量や密度が違うからでしょか」
――無論其れも一つの要因として考えられはするだろう。併し、御堂司が毎夜声を聞いていたと言うのなら、何もなく大きく接触に差が出来るとは考えにくい。あの男は、小さな子供がいて不思議は無い年齢だったかな?
「あや、そですね、30代後半とかだと思うので。それで、子供の霊が寄り付きやすい……あやや、もしかして、あの人が発生源って可能性も?」
――君には如何様に視えたかな?
「うぅん、そう言われると、違う気がします。あの人が纏ってたのは、あの人から出てるって感じじゃなかったので」
――ならばやはり、影響を受け易いと考えるべきか。其れについては、後であの男について、御堂司に幾つか訊いておくと良いだろうね。
「はいぃ、そうします」
――時に、あの男が叫んでいたと言うのは、まともな言葉なのかな?
「はいぃ。そだとおもいます。お名前……忘れちゃいましたが、ロシア系っぽかったので、ロシア語なんじゃないかと」
――成程、詰まりは、正気は失えど知性は失ってはいなかったと言うことだ。
「そいえば、御堂さんが聞いたのが日本語で、男性が喋ったのがロシア語ですけど、その、昨日の話だと、だからって意識を乗っ取られたんじゃないってことにはならないですよね」
――言葉が受け手の脳で作られていると考えれば、受け手の母国語となると言う事だね。
「そいえば、昨日のお話、続きがありそうでしたけど……」
――続き、と言ってしまうには本題からは多少外れた話となるのだが、『中国語の部屋』と言う思考実験がある。
「あ、知ってます。えと、小部屋に中国語が解らない人が閉じ込められちゃって、そこに中国語で質問が書かれた紙が入ってくる。
勿論読めないけど、その部屋には、この文字…その人にとっては全く読めない絵とか記号みたいなものですね、その羅列が来たら、この記号の羅列を返すって言う、ありとあらゆる指示が書かれた説明書があって、
なので、その通りにしておけば、中国語が解らなくてもちゃんと返事ができる。
でもそれは、部屋の外からみたら、中国語が解る人が中にいるように見える、
っていう…AIは本当に知能なのか…あ、そですね、意識と言えるものがあるのか、みたいな話ですよね」
――そう、言葉に対し、適切な返答を返すコンピュータが、併し言葉を理解しているとは言えない、と主張するものであり、そして呉れ呉れ、故にコンピュータには心が無いとの主張に繋げる事もある。
「心……あれ? ちゃんと返すけど心がないその話、想いだけだから言葉を返さない霊……」
――二つ。言葉や此方の行動を解せず、自らの想いを主張する霊は、心が無いと言うのだろうか。亦逆に、此の部屋の様に、空虚な装置としての霊は有り得るだろうか。
「何がなんだか、わからなくなってきました……」
――なに、先に告げた通り、此れは余談の類いさ。
「はいぃ……でもその、先生は……いえ、なんでもないです」
――では続き、子供の霊自体についてだが、御堂司は其れを男児と感じていたね。併し其の一方で、関係を疑い得る子供はルネッタと言う女児だ。
「御堂さんは、やんちゃな印象だから男の子って思ったのかもって言ってましたけど、やんちゃな霊っていうのが不思議な感じですし、直感的に男の子って思ったのなら、多分、男の子なんじゃないかなぁって」
――ああ、一先ずは其れが良いだろう。抑が、ルネッタ本人であれば、此処に来て『ただいま』と言うのも妙な話だ。
「そう…ですね。ん、でもちょっと引っ掛かります。それもあるかも知れないような……」
――ふむ、成程。例えば子守りの女性にひどく懐き、其の家に憧れを抱いたのであれば、確かに有り得る話ではある。
「……憧れた生活で、性別も変わってて、まるで…………」
――生まれ変わりのよう?
「……ルネッタちゃんは、生きてい」
コンコンコン。
秘密を囁くように優しく、だけどわたしの言葉を止めるようにはっきりと、その時ノックの音がした。




