幽言部屋 その12
男性が、御堂さんを踏みつけようと、足を上げたときだった。
何かに小突かれたかのように、男性の頭が振れたと思ったら、硬貨が落ちたかのような、チャリンという音がなる。
部屋にいる四人ともが、部屋の外へと視線を向けるも、そこには廊下と手すり壁が見えるだけ。
少しの間を置いた後、男性は向き直り、わたしと来利ちゃんの方を見た。標的を変えたらしい。
だけど今度は、視線がわたしとぶつかったりはしなかった。男性が向き直った直後から、わたしの視線は手すり壁から離せなくなったから。
その影は、2階の廊下に、壁を越えて現れた。
その動きは、ゆったりしてると感じるくらいに滑らかで、でもあっという間に手すりを越えて、わたしを睨む男性の背後に詰め寄った。
その直後、男性が膝を崩したと思うと、その首に腕が廻された。
そこでやっと、わたしは影がスーツの男性だと気付き、その人が知った顔だと気付いた時には、和装の男性は気を失っていた。
「りょ、了也さん!」
来利ちゃんより少し高いくらいの身長で、鍛えられてはいるはずだけど、スーツ越しでは判らないくらいの体つき。少し眠そうなその瞳は、この状況でも鋭さも冷たさも放たない。
普通の人に見えるのだけど、有川さんが自分よりも遥かに強いと言っていた、有川さんの相棒の、飯田了也さん。
「こんばんは」
何もなかったかのような調子の声で、挨拶をわたしに返し、何かを拾って財布に入れる。
ああ、なるほど。それを見てわたしは気付いてそのままに口を動かす。
「あや、さっきの、了也さんが硬貨を投げて当ててくれたんですねぇ。御堂さんが危ないところでした」
「え、ええっと、あ、ありがとうございます?」
状況に、頭が置いて行かれてしまったわたしの口は、思ったままに言葉を流し、御堂さんが、戸惑いながらに反応する。
気絶した男性を、丁寧にその場に寝かせ、了也さんは立ち上がる。
わたしがもう言葉もなくそれを見てると、そこで流れる妙な空気を、来利ちゃんが振り払う。
「まってちがくてそうじゃなくって!」
三人ともが、来利ちゃんの方を見る。
「えーと、そのお兄さんは紬の知り合いね、じゃーおいといてっ! そっちの和服の人は誰なのなんなのどーいうこと!? 御堂さん知り合いっぽかったけど!」
「あぁ、うんうんうん、205の、確かズーリャさんで、でもいつもは明るく笑顔を返してくれるような人なんだけど……」
話していて冷静になってきたのか、声のトーンは徐々に下がる御堂さん。
その様子に、わたしも少し落ち着いてきて、ようやく頭がついてきた。
「霊障? わかる?」
そんなわたしに了也さんが簡素に問う。
「あや、そですね、どうでしょう、視てみます」
その問いを受けてやっと、さっきの正気でない目を思い出す。確かにあの時真っ先に、その可能性が頭に浮かんだ。
「ってゆーか、その人……」
わたしが急いでみぃこちゃんを取り出す横で、倒れたその男性を、不安気に見る来利ちゃん。
その言葉が戸惑いで詰まる間に、
「落としただけ。生きてるよ」
了也さんは短く言った。
霊視の準備をする紬の元から少し離れ、来利は了也に近付いた。
「紬のお知り合い……っていうか、91の人ですか?」
了也はそれに軽く頷くと、名刺を取り出し、まず御堂司へと差し出した。
「91探偵社所属、飯田了也です。暴力が御入り用の際はご連絡を」
先程から全く変わらぬ無表情に威圧の色は見られない。しかし暴力という言葉と今見せられたあまりの手際に、司は引きつった笑みを浮かべる。
だがその傍らで、来利は明るく破顔する。
「飯田ってことは、もしかしなくても優子ちゃんのお兄さんだ!」
「妹がお世話になってます」
cafe 91のウェイトレスであり、有川貴仁とは幼馴染だという女性、飯田優子。その飯田優子と来利は、店で会えばよく話す仲だった。
その優子からは兄として、貴仁からは幼馴染みの相棒として、了也のことは、何度か話に聞いている。
「貴仁さんから、すっごい強いって聞いてたから、貴仁さんよりおーきいゴリマッチョな人イメージしてたけど、むしろJ系って感じなんですねー。あとやっぱ兄妹だから優子ちゃんと似てるー!」
その了也の言葉であれば、先刻の暴力発言も、意図を持った言葉に思える。来利の不安を受けて、司を牽制するために、貴仁が了也に言わせたのではと。
事実、司は了也に畏怖を抱いている。となれば、仮に司が紬にとって害をなすことを考えていても、了也と親しげにすればそれを躊躇うだろう、と来利は考えた。
ただ一方で、先程の、身を挺して男を止めようとする司の姿に、来利の司への不信感は薄くなっているのも事実であり、だからほんの少しだけ、罪悪感も覚えていた。
「あやあや、やっぱり霊障ですねぇ。うぅん」
みぃこちゃんで視てみれば、しっかり霊の気配が視えた。そのものではないものの、強い影響を受けてる状態。
そうたくんで祓うにも、手順も力もしっかり必要。
「重い?」
「うぅん、そですね。でもなんとかなると……」
「力は温存して。他に調べることは」
「あや、えぇと、一応ちゃんと見たので、大丈夫です」
それを聞いた了也さんは、倒れた男性の上でくるっと前転。そのまま担いで起き上がる。
「わっ、すっごー!」
「自室で寝かす」
「あやや、はい……」
そう言って、流れるように部屋を後にした。
「実物初めて見たけど、思ってたのと全然ちがってたー。でもすごかった! 最初にお金投げたのかな? ゼッツミョーのタイミングだったよね!」
「うん、ドキドキしたよねぇ。それにいきなり2階に飛び上がって来たし」
「え、マジで!? もうそれニンジャじゃん」
話をしていて、ふと何か、違和感のような感覚がした。だけどそれを手繰る前に、御堂さんから声がかかる。
「ごめんごめん、ちょっと話に着いていけてないんだけど、91探偵社って言ってたけど……」
確かに色々説明が足りてない。
「あやあや、すみません。91探偵社っていうのは、うちが間借りさしていただいてる喫茶店のオーナーが社長さんをしてて、色々お世話になってるところでして」
「ああ、へー、成程。……で、その、どんな感じのところなの?」
「どんな感じ…ですか?」
質問の意味を理解しかねていると、来利ちゃんがクスリと笑った。
「あー、護衛とかそーゆーアブない仕事ばっかりの、武闘派ってやつ?そーゆー感じのとこみたいですよ」
「あ、はいはいはい、護衛とかね、成程成程、そういう探偵もあるのか」
なんだかいたく納得している御堂さん。
「いやいやいや、『暴力がご入り用なら』何て言うから、こっち系の人かと思っちゃったよ。そうみえないけど」
そう言いながら、頬を縦に指でなぞる。
確かそれは、日系マフィア、いわゆるヤクザを示す仕草。
それにしても了也さん、そんな事を言ってたとは。
「あやあや、ちゃんとした探偵ですよ。むしろマフィアを相手に戦う方」
「うんうんうん。……え、戦う? いやいや、でもそうか……警察の代わりをするって考えると、探偵がそういうこともするのか……」
考え込む御堂さん。そっか本土の探偵は、こっちに比べて仕事の範囲が狭いんだっけ。
「あれでも、そんな人が、なんでここに?」
「あや、そういえば、何故でしょか?」
PC復活!




