幽言部屋 その11
陽は団地の影に隠れ、雲の明るさと建物の影がコントラストを浮かべる時刻。3人で、戻ってきたのは204。
「それじゃ、話を整理しますね」
“先生”に倣った形で、まずは情報の反芻をする。
「この部屋に住んでいたのは、アメリカ人のジェイ・ブラウン、日本人の翠蘭・ブラウンご夫妻で、3年前ご結婚されてから住み始めて、2ヶ月弱前にアメリカにお引っ越し。理由はジェイさんがアメリカの本社に転勤になったからって話でした」
「ちなみに2人とも30代前半ねー。はっきり何歳かはわかんなかったけど」
「あ、うん、そだった。それで、ご夫妻の人柄とかは、どちらも明るくて、割りとハッキリものを言う翠蘭さんと、大雑把なところのあるジェイさんは、夫婦仲もとても良かったとのことです」
「なんかちょっと、仲のいい漫才コンビってイメージかも」
「あやあや、言われてみればそんなイメージになっちゃうかも。それで、子供好きだけどお子さんはいなくて、仕事がもう少し落ち着いてからというつもりだったそうでした」
「うんうんうん、それと、過去に妊娠してた様子もないから、死産したとかもなさそうってことだったね」
「あ、はいぃ、そでした。それで、でも、ベビーシッターのアルバイトを翠蘭さんはしていたそうで、そのお相手が、4区のナントカさんの娘のルネッタちゃん、5,6歳くらい」
「木かなんかそういう感じの苗字だった気がするって言ってたよねー。ウッズじゃないって言ってたけど」
「アントニオさん、ブラジル系のようだから、ポルトガル語かも知れないねぇ」
「あ、そっかー。……ポルトガル語って何語?」
「わたしも全然わからないけど、ヨーロッパだから英語と似てるんじゃないかなぁ?」
「同じインド・ヨーロッパ語族だけど、ポルトガル語は確かイタリック語派だし、似てるけどそれなりに違うかもね。僕も詳しくはないけど」
「……なるほどぉ。えと、あと夫妻は特に目立った趣味とかはなくて、でも多国籍料理店を始めるのが夢で、お金を貯めていたとか。だから、海外の旅行会社でお給料も悪くないだろうに、こんな…あや、その、」
「いやいやいや、気にしなくていいよ。やっぱ他のマンションより家賃安いし」
「あや、はい、家賃の安いこの団地に住んでたようで」
メモの内容はこれで全部。
「以上でしょか」
「細かい話もなんかあったけど、大体そんなとこじゃない?」
来利ちゃんがそう言うと、御堂さんも頷いてる。
「やっぱルネッタちゃん気になるよねー」
「うんうんうん。ただ、僕が聞いた声は男の子だと思うんだよね。自分のことを“ぼく”って言ってたし。まあ、ボクっ子って可能性もあるけど」
霊の言葉をどう捉えるか。
わたしは“先生”の言葉を思い出す。
「御堂さんは、『ぼく』って聞く前はどっちだって思ってました?」
「え、えーっと……」
視線が左を向いてから、上に行ったり下に行ったり。画に音にと記憶を辿っている様子。
「うん、なんとなく、最初から男の子のイメージだった。声がちょっと、やんちゃな印象だからかな。言ってなかったかもしれないけど」
「やんちゃな幽霊って、ちょっと珍しー感じするかも」
こちらを見て言う来利ちゃん。確かに普通、霊とやんちゃは繋がらない。
「うん。それじゃあ、御堂さんは、子供の霊って言うとどんなイメージあるでしょか? 男の子か女の子かも含めて」
「うん?うーん、どうかな、今は男の子のイメージ持っちゃってるから、なんかほら、あの映画のイメージ。白塗りで部屋の隅とかで黙ってるような」
「あー、呪怨の俊雄くん」
「そうそうそれそれ」
その映画、来利ちゃんは観てたっけ。わたしは観たことないのだけど、イメージだけなら何となくは解ってる。
「女の子だと、座敷童っぽい感じかな。おかっぱで、笑うんだけど大人しいっていうか……」
「はいぃ、何となくはわかります。どっちにしても、やんちゃな感じじゃないですねぇ」
「うんうんうん、やっぱり幽霊って言うと、しっとりしたイメージあるよね、普通」
つまりこの霊のイメージは、御堂さんが作ったものじゃないということ。それならこれは、霊本人、元の人の想念により、象られてるイメージなのか。
「うぅん……でも……」
わたしが考えあぐねていると、来利ちゃんが御堂さんに切り出した。
「御堂さん、晩御飯買いに行かないですか? 霊がくるって時間の前に食べときたいし」
「え? あー、うんうん、そうだね」
「紬はここで考えててねー。二人で行ってくるから」
“先生”と相談したいと思った気持ちが通じたのか、わたしを一人にしようと動く来利ちゃん。
“先生”には、秘密にと言われているけど、来利ちゃんは、何かしらは察してる。少し申し訳がない気がして、苦笑いで二人を見送る。
するとドアを出た御堂さん、誰かを見つけて声をかける。
「あ、どうも、こんばんは。……あ、その、これは……」
「――」
何か戸惑う御堂さん。そういえばここは空き部屋。管理側の人でもなければ、そこから出てくればそれは不審者。
だからこそ、微かに聴こえる責めるようなその声も、致し方ないことだけど、日本語ではないようなので、その内容は解らない。
「ウィア…ええと、インベスティゲイティング、だっけ。もちろん許可は…何て言えばいいん……」
「Убирайся из моей комнаты!」
説明の声をかき消すくらいの、激しい怒号が響き渡る。その声に、来利ちゃんは身を固める。
御堂さんは、その来利ちゃんを部屋に戻して、自分も部屋に転がり込んだ。
そしてドアを閉めようと、踵を返す御堂さん。でもそのドアは閉まりきろうというところで、逆に御堂さんを突き飛ばした。
「きゃう! っ……!」
それに一瞬悲鳴を上げた来利ちゃんが、開いたドアのその先を見て息を呑む。
それは長身和装の白人男性。部屋の奥を探るように動かした、その視線がわたしのそれととぶつかった。その憤怒の形相は、正気のものとは思えなかった。
「ら、来利ちゃん、こっち!」
その声に、足を縺れさせながら、こちらへ駆け出す来利ちゃん。
一方の御堂さん、果敢にも男性を止めるべく、その脚にしがみつく。
だけどそれは凄い力であっさりと蹴り飛ばされる。
「御堂さん!」
男性は、倒れる御堂さんの顔の辺りに足を進める。
わたしはポケットの中にある、いおくんを取り出した。
PCの電源がこわれた…




