幽言部屋 その10
西棟の4階廊下は、2階に比べてより生活感が溢れてた。でもそれは、空き部屋の204と、物の少ない御堂さんの203が特別で、
「じゃ、呼び鈴押すよ」
401のドアの前、御堂さんの確認に、来利ちゃんはしっかり頷く。
それを受けて、御堂さんがボタンを押した。
「そう言えば、これがブザーっていうのも、レトロ感あるっていうか、この島っぽいよね」
「あや、そう言うものですか?」
わたしが問うのとほぼ同時に、インターフォンがノイズを鳴らし、続いて初老の男性の声。
『はいよ、どなたかな?』
「あ、アタシ、富良永っていうものですけど、突然すみません。204号室に以前お住まいだった、ブラウン夫妻についてちょっとお聞きしたくって」
『ほほう、ちょっとまってな』
しばらくの間をおいて、開いたドアの向こうには、初老の笑顔のラテン男性。見たところでは60代、まだまだ元気がありそうで、御堂さんより肉体派かも。背もちょっとだけ高く見える。口元と目元の皺が、笑顔を好む明るい性格を思わせて、服装は、黄色のポロシャツに濃紺のジーンズと、簡素だけれど色味は派手目。両の腕には刺青が見え、首には銀の十字架が。
「こりゃ美しいお嬢さんだ。それと、可憐なお嬢さんに、ふむ」
さらりと笑顔でそう言われ、思わずはにかみ俯いてしまう。でも御堂さんへの言葉はないので、女性好きの方のよう。
「改めて、富良永来利です。で、えーっと、こっちは友達の紬、こっちの人は、ブラウン夫妻のお隣さんだった、203号室の御堂さんです」
「おう、アントニオ・メンデスだ。で、その203のにいちゃんにも、ブラウン夫妻の話を?」
「はいはいはい、聞かれたんですけど、いやいや、恥ずかしながら隣というのにそれ程親しくなかったもので。でも、こちらと親しいって話を前に聞いてた気がしたんで、すみません、お連れしました」
「今時親切なにいちゃんだね、ま、こんな美人二人に頼まれたんじゃ断れないわな」
曖昧に苦笑を返す御堂さん。
「とりあえず上がんなよ、散らかってて悪いけど。俺もなんでも答えちゃうから」
「ありがとうございます!」
「あや、ありがとうございます」
「いやー、すみません」
「ん? にいちゃんも?」
「え?」
上がろうとする御堂さんに、アントニオさんは首をかしげる。
確かに普通に考えたなら、案内をすれば役目は終わり。一緒に上がる理由はない。
「あー、乗り掛かった船かなぁって」
「お、こりゃ、どっちかに気があるね、狙ってんだろ?」
「え、いやいやいや、単に、ホントに、興味というか……」
どんな顔をしたものか、俯いたままのわたしに比べ、来利ちゃんは明るい笑顔を崩さない。
「ま、とにかく上がって上がって。けどなんでまた、翠蘭とジェイのことを?」
リビングへと進みつつ、アントニオさんが訊いてくる。部屋は意外と片付いているけれど、キリスト教への信仰心と、釣りが趣味ということが、色々なものから見てとれる。
「はい、あの、上の弟が…あ、アタシ弟が二人いるんですけど、で、その上のが、前にこの辺で、白人と中国系のご夫婦に助けてもらったことがあって、お礼したいなーってさがしてるんですけど、ブラウン夫妻がそうかもって」
「今どき殊勝だねぇ。じゃ、メールで直接聞いたげようか。いつの話だ?」
3人固まるその言葉。しまったこれは予想外。
「あ、えーっと、3月の中頃です……」
誤魔化すだけなら問題ない、別人だったで済む話。だけどそれじゃあ話が聞けない。
「3月ね。後はアレだな、弟君の特徴も書いとくかね。つーても、迷子助けるなんざそうそうないからすぐ解るだろうけど」
「あ、あのぅ、実は……」
もう正直に話しちゃおう。
◇
「ぶははは! まぁ、あの管理人に睨まれたらビビっちまうわな!」
洗いざらい話したら、アントニオさんは笑ってくれた。
「あやあや、嘘付いて済みません……」
「ごめんなさい……」
「あ、言い出したのは僕なんで、その、申し訳ないです」
3人揃って頭を垂れる。なんだかちょっと、連帯感が嬉しくもある。あや、ごめんなさい。
「まあ別に悪いことしようってんじゃあないからな、構わんよ。それに安心しな、俺の口は亀の甲より固いからな!」
岩よりは軟らかそう。さっきだって夫妻のことを、何でも話すといってたし。
「えー、じゃあ、ブラウン夫妻のことも喋ってくれないんですか?」
「お、こりゃ一本取られたな。そこは美人の頼みは別ってことでな」
やっぱりそんなに固くない。
「ありがとうございまーす! っていうか、考えてみたら隠すことなかったんですよね」
わたしがハテナを浮かべると、来利ちゃんは自信を浮かべ、
「だって紬が解決しちゃうから、ウワサが広まっても、解決したってウワサでしょ」
そう笑顔で言い放つ。
「ぶはは! こりゃあ強気なお嬢ちゃんだ!」
「あやや、勿論解決するつもりではいるけど……。それに解決すれば噂が広まってもいいって訳でもないと思うし」
「そーなの?」
来利ちゃんは、丸くした目をわたしに向けて、御堂さんが、細めた目をして横から答える。
「噂が歪んで広まるかもしれないし、そうじゃなくても、解決しても、また起きるかもって思われるも知れないしね」
するとまた、胸を張る来利ちゃん。
「だったら広めちゃえばいーんですよ、この団地じゃーどんな事件が起きたって、天才美少女JK探偵月乃木紬がすぐに解決してくれるって都市伝説。そーしたら仕事もいっぱいくるだろーし!」
「わたし都市伝説になっちゃうの!?」
「カッコよくない?」
そんなわたしたちを見て、アントニオさんはお腹を抱えて笑ってる。
「いいお嬢ちゃんらだ、気に入った、何でも協力するぜ」
「ありがとーございます!」
「あやあや、よろしくお願いします」
ヒヤッとしたりもあったけど、結果を見ればこれ幸い。
「つーか、別に俺から細かく話をせんでも、本人に聞きゃあいいわな。メールになっちまうからすぐ返事は来ないかも知れんが」
「あや、そうしていただけると助かります! あでも、よろしければ、お話も聞けると助かります」
今日の夜の調査の前に、情報があれば知っときたい。
「そうかい、じゃあ何から聞きたい?」




