第五章(2)
「おぅ、お前達。元気そうだな」
声の主の方へと視線を向けると、そこにはひとりの教師が立っていた。
歳は恐らく二十代半ばから後半くらいだろう。
この学校の教師にしてはかなり若い方だ。
俺は一年間の高校生活を思い返したが、少なくとも俺には見覚えがなかった。
おそらく他の学年の担当なのだろう。
「あらぁ、桜庭センセ。ずいぶん久しぶりじゃない」
「年度の変わり目は忙しいんだよ……。まぁ、お前たちならおかしなことはしないだろうから、多少放っておいても問題ないだろ」
「ふん、相変わらず無責任な人ですね。早くもっとマトモな人が顧問になってほしいです」
桜庭と呼ばれた教師は、カオルちゃんからかけられた言葉に飄々と答えた。
それにアンナが噛み付いたが、その教師は小さく肩をすくめただけで取り合おうとはしなかった。
そしてぐるりと俺たちを見回すと、俺の前で視線を止めた。
「ん? 新学期始まったばかりだってのに、もう新入部員が入ったのか?」
「あ、いや。俺は二年の大泉っていいます。歓迎会のメンバーが足りないってことで、助っ人で参加してるんです」
俺がそう説明すると、その教師は「ほぉー」とか言いながら大きくうなずいた。
「なるほどな。俺は一年の現代文を担当してる桜庭だ。軽音楽部の顧問もしてるが、まぁあまり頻繁には顔を出せないから、そんなに気にしないでくれ。どうだ、ウチの部は楽しいか?」
言葉遣いはやや乱雑だが、人懐っこそうな笑みを浮かべてそう質問をしてくる桜庭先生は悪い人には見えなかった。
人との距離が近いタイプ……というか、人の懐に飛び込むのが上手いタイプなのかもしれない。
「はい、楽しいですよ。まだ正式に入部するかは決めてないですけど、黒峰が丁寧に教えてくれるんで、なんとか一ヶ月でステージに立てるところまで来られました」
「ほぉ、そりゃすごい。黒峰は教えるのが上手いからな。良い後輩を見つけたな、黒峰」
俺の言葉に関心したのか、桜庭先生はそう言って黒峰の方に向き直る。
しかし声をかけられた黒峰は一瞬ビクリと身体を縮こませると、俯いたまま苦々しい表情を浮かべた。
「……はい。ダイダ……大泉くんは、すごくがんばってくれました」
「そうかそうか。それじゃ、みんな精一杯楽しんでこいよ。新入生だけじゃなく、全校生徒にお前らのステージを見せつけてやれ」
それだけ言うと、桜庭先生はサッと踵を返して去っていってしまった。
ステージ前の激励に来てくれたのだろうが、なんというか掴みどころのない人だったな。
「すみませーん。そろそろ会を始めるんで、出番が早い部活は準備をお願いしまーす」
桜庭先生の背中をポカンと見送っていた俺たちに、進行役の生徒会役員から声がかかった。
まず最初は彼らが開会の挨拶を行い、そのすぐ後は俺たちの出番だ。
俺は胃がキリキリと締め付けられるような感覚を覚えながら、改めてメンバーのみんなに視線を向け……そして、黒峰の異変に気付いた。
俯いたままの黒峰の顔色は真っ青になっていた。それでいて脂汗が額に浮かんでいる。
自らを抱きかかえるようにして胸の前で両腕を交差させ、小刻みに震えていた。
「先輩……? 大丈夫ですか?」
「……ん。大丈夫、大丈夫だよ……」
それに気付いたのは俺だけではなかったらしく、アンナが心配そうに黒峰に声をかける。
黒峰は気丈を装ってそれに答えるが、無理をしているのは明らかだった。
「あはは……。なんでこういうタイミングで来るかなぁ、あの人。ホントに空気読めないというか、マイペースで困っちゃうよ」
ポリポリと頬をかきながら、黒峰が呟く。
俺にはなんのことだか分からなかったが、それを聞いたアンナは思い当たることがあったらしく、眉根を寄せて黒峰に問いかけた。
「……もしかして、アイツですか。その、例の……」
ずいぶん遠回しな言葉選びだったが、それを聞いてやっと俺も頭の中で話の筋が繋がった。
どうやら俺は、また思い違いをしていたらしい。
やがてゆっくりと、沈痛な笑みを浮かべながら、黒峰は口を開いた。
「……そうだよ。私が告って、フラれたの、桜庭先生なんだ」
黒峰がそう打ち明けるのと同時に、会場の方から割れんばかりの歓声が沸き上がった。
司会進行役の生徒会役員がステージに出ていったのだ。
俺たちの困惑など全く勘案してくれないまま、新入生歓迎会が、始まろうとしていた。
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