第五章(3)
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ステージの上では、司会の男子生徒が歓迎会についての簡単な説明を述べている。
この会は部活動及び委員会活動の勧誘のためのものであること、生徒主導で催される会だから、堅苦しくしなくて構わないこと、この会の後から各活動の見学が解禁になること……。
そういった内容を、学校行事には不似合いな流行りのJ−POPをBGMにして、流暢に楽しげに説明していく様子は、まるでラジオのDJのようだ。
初めのうちは気持ち縮こまっていた新一年生たちも、だんだんと表情をほころばせ始める。
中には司会のジョークを聞いて小さく笑い声を上げる者もいた。
掴みはバッチリといったところなのだろう。
しかし、それを舞台袖で見ている俺たち軽音楽部の面々は、はっきり言って気が気じゃなかった。
バンドの中心的人物である黒峰が、先程の予期せぬ来客に、すっかり動揺してしまっていたからだ。
彼女はいつも通りに振る舞おうと努めていたが、その今にも涙が滲むのではないかという痛々しい笑みからは、一切の余裕なんて感じられなかった。
つい五分前までは万全のコンディションを整えられていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのか……。
いや、原因ははっきりしているんだけど。
桜庭先生には悪気はなかったのだろう、俺たちを鼓舞しようとしてくれたのだろう、頭ではそう理解できても、俺は桜庭先生を恨まないわけにはいかなかった。
「アカネちゃん、辛いのは分かるけど、今はステージに集中しなきゃダメよ。せっかくがんばってここまで来たんじゃない。今やるべきことを精一杯やらないと、きっとあとでもっと後悔するわ」
いつも穏やかな表情のカオルちゃんが、やや強張った真剣な面持ちで黒峰に声をかける。
しかし黒峰は顔を伏せたままだ。
「うん……そうだね。でも、ちょっとこのままじゃマズいかな……」
そう言いながら、黒峰は胸の前に掲げるように両手を上げた。
「手が、震えちゃって……止まらないんだ。これじゃ、マトモに弾けないかも……」
黒峰の手は、薄暗い舞台袖でも分かるくらい、小刻みに震えていた。
相変わらず皮がめくれてボロボロの小さな手がとめどなく震えている様は、あまりにも痛々しい。
俺は、それが見るに耐えられなくなって——
——衝動的に、彼女の手を握り込んだ。
「だ、ダイダイ?」
驚いたように、黒峰は勢いよく顔を上げる。
全く予想外の出来事だったのだろう、目を丸くして俺の方を見つめてきた。
そんな彼女に、俺はゆっくりと声をかけた。
「……安心しろ、黒峰。仮にお前がどれだけ酷い演奏をしたって、俺がそれをフォローしてやる。俺がこのステージで一番目立ってやる。お前の方を見るヤツなんていないくらい、観客の視線を独占してやる。だから——」
そこで俺は言葉を切った。
自分がどれだけ無茶苦茶なことを言っているかは分かっていた。
俺にそんなステージングができる技術なんてないことは誰の目にも明らかだった。
それでも、それでも……俺は黒峰を励まさないわけにはいかなかった。
今日までの一ヶ月間、黒峰はずっと俺を助けてくれた。
目的こそ部の存続のためとはいえ、俺が音楽に向いていると言ってくれて、俺にギターを教えてくれて、楽器屋に行き、スタジオに行き、たくさんの言葉を交わしてくれた。
彼女に出会う前では考えられないほどの新しい経験を、彼女は俺に与えてくれた。
なんとなく気恥ずかしくて、今まで素直に認められなかったけど、今なら分かる。
この一ヶ月間は、俺にとって本当に、本当に、本当に特別な時間だった。
「——だから、そんな辛そうな顔は、もうしないでくれ。俺は笑ってるお前が好きだ。俺がテンパって慌ててるのを見て笑うお前が好きだ。俺とアンナが言い争ってるのを聞いて笑うお前が好きだ。ギターを弾きながら楽しそうに笑うお前が好きだ。だから今日のステージでも、お前には心から笑っていてほしいんだ」
俺は勢いに任せて、思いの丈をぶちまけた。
アンナが横から物凄い形相で俺を睨みつけているのが分かったが、今はそんなことはどうでもいい。
俺はただ、黒峰を見つめ続けた。
「……ねぇ、ダイダイ。それって……」
『さぁ、それでは最初の部活動を紹介しましょう! 一番手を務めるのは、二年前に新設されたばかりの軽音楽部です! 去年は簡単な活動の説明だけでしたが、今年はバンド演奏を披露してくれるそうです! どうぞご期待ください!』
黒峰の言葉を、会場からのアナウンスが遮った。
司会役が舞台袖に戻ってきて、俺たちに壇上に上がるように促す。
どうやらここでタイムアップのようだ。
「……行こう、黒峰。全校生徒が認めるような、すごいステージにしてやろうぜ」
俺はそう言って、握りっぱなしになっていた黒峰の手を離した。
少なくとも、彼女の震えはだいぶ収まっていた。
多少は落ち着いてくれたのならいいのだけれど。
「……うん。みんな、心配させちゃってゴメンね。もう大丈夫だから」
黒峰はメンバーに視線を巡らせながら言う。
カオルちゃんは先程までの表情の強張りがとれて、いつもの笑顔に戻っていた。
アンナはなんだか釈然としないといった様子だが、とりあえず今これ以上何か言う気はないらしい。
「ダイダイ、ありがとね」
「さっきも言っただろ。その言葉は、ステージの後に聞かせてくれ」
それだけ言うと、俺は壇上に目を向け、ゆっくりと歩き始めた。
スポットライトに照らされる、歓迎会のステージへ向けて。
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