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第四章(7)

「ハルカはね、DTMをやってるんだよ」


 長谷先輩と黒峰が、悠々といった感じで返答する。

 しかしまたなんか知らない単語が出てきたので、俺とアンナは首を傾げた。


「で、でぃーてぃーえむ?」

「そう。デスクトップミュージック(DeskTop Music)の略称ね。ハルカはパソコンを使って、音楽を自作してるんだよ」


 間の抜けた俺の言葉に、黒峰が補足を加えてくれる。


「……だから、各パートのバランスを取ることには慣れてる。安心してくれていい。……あとアカネ、私が使ってるのはマック。パソコンじゃない……」

「はいはい、そういうよくわかんないコダワリは今はどうでもいいから。とにかくアンナもダイダイも、ハルカの耳は信用してくれていいよ」


 長谷先輩の抗議を黒峰が軽くあしらう。

 俺としては音楽を自作するということ自体が未知のことすぎて今ひとつピンとこないが、少なくともただ仲良しだから連れてきたってわけじゃないことが分かっただけでも多少は納得できた。

 それに、歓迎会でのステージを少しでも良いものにするためには、味方はひとりでも多いほうがいいだろうしな。


「それより、そろそろ練習を始めようか。カオルちゃん、そっちはどう?」

「えぇ、もう完璧よぉ」


 黒峰に呼びかけられて、それまで黙々とスネアドラムをチューニングしていたカオルちゃんが親指を立てて応えた。

 ギターはチューナーを使うことで簡単に適切な音程を得られるが、ドラムのチューニングは経験の数がものをいうデリケートな作業らしいことを、以前カオルちゃんから聞いていた。

 それをテキパキと行えるのだから、カオルちゃんはかなり扱いに慣れているのだろう。


「ドラムセットとボーカルマイクが無いのはアレだけど、そこは想像力でカバーしてね。それじゃ、本番を想定して、ハルカに指示を貰いながら音を合わせよう」


 そう指示を受けて、俺たちは各々演奏の準備を始めた。


 俺は借りているストラトキャスターをケースから取り出しながら、思索を巡らせる。


 なんだかんだで今週末も予定が合わず、今日の部室での練習が本番前の最後の練習になる。


 歓迎会は、明々後日。月曜日の放課後だ。


 思い返してみると、この一ヶ月間は非常に長く感じられた。

 初めてのことばかりだったから苦労や失敗の連続で、正直言って本当に気が休まらない一ヶ月だったように思う。


 しかしそれと同時に、この一ヶ月は本当にあっという間でもあった。

 不思議な感覚だ。

 あの日図書室のベランダで黒峰の歌を聴いたのも、半ば騙されるような形でギターを弾き始めたのも、傷心の黒峰と唇を重ねたのも……すべてが昨日のことのように思い出せる。


 全ては三日後、新入生歓迎会で終わる。

 そう思うと、俺はぐっと胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


 正直言って、歓迎会の後もギターを続けるかどうか、俺はまだ決めかねていた。

 楽器を弾くということがこれほど楽しいものだとは思っていなかったのは間違いない。

 しかし、これからもずっと続けていくとなると、解決しなければならない問題も多い。

 マイギターを買うのだってかなりの金がかかるし、部活をやるとなるとプライベートの時間も減る。

 そういった諸々を載せた天秤は、まだどちらに傾くということもなく、俺の頭の中でゆらゆらと揺れ続けていた。


「ダイダイ、どうしたの? ボケっとしちゃって」


 感傷にふけっていた俺に、黒峰が声をかけてくる。

 ハッとして意識を現実に引き戻すと、どうやら俺はギターを抱えた状態のまま、アンプの前でしばし棒立ち状態になってしまっていたようだ。


「あぁ、悪い。ちょっと考え事してた」

「もう、しっかりしてよね。今日中になんとしても仕上げなきゃいけないんだから、集中してくれないと」


 ややムスッとした声色で黒峰が言う。


 彼女は、分かっているのだろうか。

 歓迎会の後、俺が去るかもしれないということを。


 彼女は、どう考えているのだろうか。

 新入部員が入ったら、俺はお役御免なのだろうか。


「……そうだな。俺が上達したことを、しっかり見せつけてやるよ」


 薄く笑いながら、俺は精一杯の虚勢を張る。

 今こんなことを思い悩んでも、何の役にも立ちゃしない。

 今俺にできることは、本番までに少しでも演奏の完成度を高めるべく努力することだけだ。

 解消しようのない問題は、とりあえず後回しにするしかない。


 俺はストラトキャスターから伸びたシールドを静かにアンプに挿し、電源スイッチを入れた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

第四章はここまでです。

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